第18話 「不思議な世界 四日目 ①」

 翌朝、エルフリーデはふと自室を改めてみようと思い立った。


(何か見つかるかもしれないわ……何かって何、って感じだけど。でも整理整頓ついでに、見てみましょう)


 探ってみるとどこもかしこも記憶に残っているままだったが、一箇所だけ違うところがあった。


(これは……)


 エルフリーデはそれを手に、考え込む。

 ベッドサイドテーブルの引き出しの奥深くに仕舞われていたのは、皮の表紙の冊子であった。エルフリーデにはまったく見覚えがない。


(なんだろう……、表に数字が書いてある……『七』……?)


 何の『七』だろうか。

 ぱらり、とめくってみて、エルフリーデは目を瞠った。


(え……、日記……? ……、わ、私の、日記……だわ、これ……)


 書いた覚えは全くないけれど、だが確かに自分の筆跡だ、とはわかる。

 呆然としながら開いてみると、どうやら今年のはじめからのようだ。念のためもう一度引き出しの中をのぞいてみたが、『七』以外は見当たらない。


(私、日記なんてつけてなかったのに……?)


 マリスや義母に読まれるリスクを恐れ、日記という形だけでなく、文章で自分の考えを書き残したことは一度もない。それがもう七冊目とは、一体どういうことだろう……?


(私の日記なんだから読んでいいわよね……?)


 ごくり、と唾を呑みこむと、エルフリーデはおそるおそるページを繰った。


(……、知っていることばっかり……)


 呆然とする。

 書かれている出来事は、すべて記憶がある。

 ギイと婚約することになった顛末も、マリスが騒いだのも同じだ。


 だが、決定的に違うのは、の反応だ。


”ギイとの婚約をお父様に言われたときは、マリスやお義母様なんて無視して、大喜びしたの! だって嬉しかったのだもの、喜ばないわけないわよね”


 エルフリーデは、父に婚約について言い渡された朝について思い返していた。

 ギイとの婚約は嬉しかったのに、マリスや義母の反応を気にするあまり、ろくな反応ができなかったことを。


(……素直な反応を、している……)


 次のページをめくると、義母がマリスと婚約を交換するべき、と言ったときのことが書かれている。


"信じられない。婚約をそんな風に交換するなんて。ありえないでしょ? しかもギイとの婚約なのに。ほんっとありえないから、交換するわけないでしょって答えたわ。お義母さんの顔、見ものだった"


(すごい……)


 喋りかけてくるような、臨場感たっぷりの書き方である。


"マリスがまだ何か言っていたから、交換するわけないでしょ、そんなに交換したいなら、ギイに直接聞いてみなさいよって言ってやった"


(自分の意見がしっかり言えるのね、この方は)


 エルフリーデは夢中になって読み終えると、今度は他の日記がないかもう一度改めて部屋中を探したが、残念ながら見つからなかった。

 エルフリーデは諦めることにしたが、しかし日記を読むことではっきりしたことがある。


 それはここ数日、脳裏をちらついていた仮定でもあった。


(やっぱり、ここにいた『私』は『私』じゃないわ)


 父やギイ、カティアなどの言葉通りで、つい数日前にここにいたのは凄まじく元気なエルフリーデだったようだ。


(なんでこんなことになったのかしら……やっぱり……頭をぶつけたから……? お医者さんが言う通り、記憶がないからこんな風に思うのかな。でもそれにしては、以前の記憶はしっかりしてて……)


 そこでふと、最後に見た天使像を思い出す。


(もしかしたら、天使像が関係しているのかしら……ううんそんなのは飛躍かな。でもあのとき、確か、私――……)


『私が一番、私が嫌い……、こんな私が嫌い。こんな私は、いらない。やっぱり、消えてしまいたい』


 消えたいと願ったから、消えてしまったのだろうか。

 違う世界に、やってきたのだろうか。


 突飛な発想だが、そう思わないと納得できないくらいの、違いがある。

 

(でも基本的には同じだから……頑張れば……生きていけるかな。元気いっぱいにはなれないかもしれないけど……前とは違う風でも許されるかな。それに……)


 そこまで考えたエルフリーデは暗い気持ちになった。


(そもそも、『元』の世界で……誰か私を待っていてくれる、のかな……)


 冷たい顔の義母、意地悪なマリス――それは今も同じだけれど――、父、そして……ギイ。


(ギイ……)


 ギイのことを思うと胸が痛む。


(待っていて、くれるわけ、ないよね……)

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