第17話 「不思議な世界 三日目 ②」

 グリーン伯爵家でのお茶会には、エルフリーデだけでなく、顔見知りの令嬢たちが招待されていた。どの令嬢たちも挨拶は交わす間柄ではあるが、今まで親しく話したことはない。

 なのに、彼女たちはエルフリーデが姿を現すと、喜んで迎い入れてくれたのだ。


「来てくださったのね、エルフリーデ様」


 カティアもとても親しげな口調であった。

 

「ご招待いただきありがとうございます。その、私……」

 

 言いあぐねて言葉をつまらせると、カティアが分かっているとばかりに数回頷く。


「グレンフェル家から使いをいただいたわ。大変な状況だったとうかがったけれど」


 カティアがそう言えば、他の令嬢たちも口々に続ける。


義妹マリス嬢に押されたのを、実は私、見ていたんです。本当に危ないところでしたわね」

「貴女もご覧になっていたの? 私もなの! あんなことをされるなんて驚きましたわ……!」


 エルフリーデはぽかんとしてしまった。


「え……、マリスはそんなことはしていませんわ」

 

 確かにその場にマリスは居合わせていたが、彼女たちが言うように直接エルフリーデに何か危害を加えたわけではない。あくまでもエルフリーデが勝手に足を滑らせて転倒しただけのことだ。


(それに皆様の目の前なんかじゃなかったわ……庭園だったもの)


 エルフリーデは内心首を傾げる。


「エルフリーデ様、マリス嬢をそんな庇われなくても」

「でも貴女、エルフリーデ様としたら当然のことよ。義妹の悪口なんておっしゃるわけないわよね。これは私たちが悪いわ」


 カティアがそう窘めると、はっとしたらしい他の令嬢たちがしゅんとした。


「おっしゃる通りだわ。ごめんなさい――彼女がエルフリーデ様にしたことを思ったら、つい……」

「けれど淑女らしくなかったわ、どうぞお許しください」

「い、いえ……」


 口々に謝罪され、エルフリーデは慌てて両手を振った。


「私は――……」


 マリスを庇ったわけではなくて、と言いかけて、エルフリーデは口をつぐむ。


 彼女たちが悪戯に事実を曲げているとは思えない。どうやらエルフリーデの知っているあの夜の顛末とは少し違うようだ。


(一体、どういうことなんだろう……?)


 エルフリーデは混乱するばかりだった。

 しばらく令嬢たちと共に過ごしたが、やはりどこか居心地が悪い。断りをいれて、早めに帰宅することにした。


「来てくださってありがとう」 


 カティアがほほ笑む。


「エルフリーデ様、さすがに今日はお静かでいらしたわね」

「どうぞお元気になって、いつもの“エルフリーデ節”をまたお聞かせくださいね」


 令嬢たちが口々にそう言ってくれたが、エルフリーデはぼんやりと考える。


(エルフリーデ節……、そういえばギイも、こんなに静かな私は私じゃないみたいだ、と言っていた……)


 心に不思議の種ばかりが溜まっていく。


 そのギイは夕方になると、手紙とともに花を送って寄越した。


(今朝はありがとう。明日また君の顔を見に馳せ参じるつもりだよ――君のギイ、より……か)


 エルフリーデは送られてきた花束に視線を落とす。

 それは薔薇であった。


(薔薇……か。ギイが送ってくるなら、勝手に……カーネーションだと思っていたわ)


 夕食は、珍しいことに義母がマリスと共に知り合いの邸宅に呼ばれていて、父と二人で囲むこととなった。


 父はのんびりした様子で、エルフリーデに盛んに話しかけてくる。


「今日はどうやって過ごしたんだい?」

「え、えっと……グリーン伯爵家のお茶会に伺いました」

「グリーン伯爵家というと、カティア嬢かな。彼女はとても素敵な淑女だね」


 どうやら父は、カティアのことを知っていたらしい。


(…父様、が私の、友人関係について、こうして尋ねてくださるなんて……?)


「どうしたんだい、ぼんやりして」

「あ、い、いいえ……なんでもありません」

「それで、カティア嬢とお茶をしたんだね」

「は……、はい」

「楽しかったかな?」

「ええ」

「それは何よりだね」


 にこにことしながら父が応じる。

 父はどれだけエルフリーデが言葉につまろうが、また短く答えようが、気にした様子も見せない。親子の会話はずっと円滑にすすみ、途切れることがなかった。


(お父様とこんなに話ができるなんてすごく嬉しい……嬉しいけど……)

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