第4話 「幼馴染との婚約 ④」
ほどなくして、エルフリーデの母が流行り病で儚くなった。
大好きだった母が、あっという間に亡くなってしまい、エルフリーデにとって決して目覚めない悪夢としかいいようがない。何しろ高熱が出てすぐに意識を失ってしまった母と別れの言葉すら言えなかったのだ。
やっと通された母の寝室で、ベッドに横たわった物言わない彼女にすがりついて、エルフリーデは泣いた。
『お母様、どうして、どうして……どうしてエルを置いていってしまったの……!!』
エルフリーデの悲痛な叫びに、その部屋にいる誰もが胸を痛めた。長い時間が経ち、声も枯れ果て涙を流し続けるだけのエルフリーデの肩に、誰かの手が置かれる。
『エルフリーデ……、私が側にいるからな』
その父の声も、愛する妻を失った悲しみで打ちひしがれ、どこか弱々しかった。
『お父様……』
エルフリーデは父の手を握りしめる。
『これからは二人で生きていこう』
そうだ私にはまだお父様がいる、と思っても――けれど流れ出る涙を止める術を彼女は知らなかった。
お葬式の日に、泣き続けるエルフリーデの手を握っていてくれたのはギイだった。そしてそれからしばらくしてようやく少しだけ気持ちが快復したエルフリーデを見舞ってくれたギイが差し出してくれたのが――白い花。
自室のソファに隣同士で座り、その一輪の花をじっと見つめる。
『カーネーション……?』
『うん』
『ありがとう……綺麗ね』
エルフリーデは少しだけ口元に笑みを浮かべる。
以前のような溌剌とした笑顔は、エルフリーデからかき消えていた。
『ギイ、ありがとう。お葬式の日も……、私、全然記憶がないの。でもギイが手を握ってくれていたことだけ覚えてる』
悲しみのあまり、まるで全ては夢の中の出来事のようだった。エルフリーデの手を握ってくれたギイの手の暖かさだけが、彼女を支えてくれていた。
『いいんだ。僕にできることなんて、何もなくて……せめて、手をと思っただけで』
『ありがとう、ギイ』
エルフリーデは手元のカーネーションを見つめたが、それがみるみるうちにぼやけていく。ぽたぽたと涙が零れ、すぐに視界が歪んでしまった。
『お母様に会いたい……』
『うん……』
ギイはエルフリーデの肩に手を回し、彼女を引き寄せてくれる。彼の肩に顔を押しつけ、エルフリーデはさめざめと泣いた。
白いカーネーションには失った人を偲ぶという意味がある、とエルフリーデは後で知った。それからもエルフリーデは辛いことがある度に、白いカーネーションを手元に置くようになる。
そして、意気消沈したのはエルフリーデだけでなく父も同じで社交をする元気がなくなってしまい、そのせいでギイに会う回数はそれからぐんと減り、また翌年父が周囲の勧めを受け入れ、再婚したことですべてが変わることとなった。
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