第34話 さよなら、三人の人造人間


 荷物も全て運び出され、いよいよ明日は彼等との御別れの日と為る。

 私達家族は最期の晩餐に、あらん限りの御馳走を用意したわ。具のたっぷり入ったシチューにフライドフィッシュ、卵、ハギス、トードのパイ包み、新鮮な野菜のサラダ、デザートには私と姉で作った、色々な果物の砂糖漬けを入れたフルーツケーキ。

 ウヰスキーはアンリさんからの差し入れだったわ。皆で御腹が破裂する位、食べて呑んで、序でに歌って踊って騒いだわね!

 アンリさんとエリーさんとウチの両親は早々に酔い潰れてしまったけど、ケムラーさんは御酒が強かったわ。彼は酔い潰れて眠る二人を担ぎ上げて隣家に放り投げると、庭先の真新しい外椅子に座っていたわ。其処で一人、呑み直していたみたいね。 

 私と姉も、やっとこさっとこ父と母を寝室に連れて行って寝かせたわさ。そして御茶と御菓子を持って、少し肌寒かったから毛布も被って、私達はケムラーさんの元に向かったの。彼は快く私達を迎えてくれたわ。普段なら夜に御茶会なんてしていたら怒られちゃうけど、今は父も母も夢の中――其れに明日は日曜日だし、少し位は夜更かししても良いでしょう。なんせ之が、彼と過ごす最期の時なのだから……。

 ケムラーさんは私達姉妹と夜空を眺めながら、星座の成り立ちの御話しを面白可笑しく聴かせてくれたわ……本当に物知りで子供相手にも、話し上手な人だったわね。

 出来る事なら毎晩でも彼の語る色々な御話しを聴いていたい――でも、其れは叶わぬ事――そんな寂しい気持ちに為っていたら不意に姉が、「貴方は私達姉妹にとって――白兎みたいな存在でした……」と呟いたの。


 私にとって、ケムラーさんはフランケンシュタインの怪物であったけれど――姉にとって彼は、日常から掛け離れた不思議の国への案内人の様に映ったのかしらね。

 自分は、そんなに浪漫溢れる幻想的な存在では無いよと云っていたけれど……真実を知る私から云わせて貰えば、充分過ぎる位に幻想的な人物よ。おまけに優しくて素敵だわさね。

 此の時、姉は又何時――彼と再会出来る日を夢見ていたけれど……私は知っていたわ。もう二度と彼とは逢えない事を……でも其の事は姉には伝えられない。其れが申し訳無かったわね。私だって、悲しくて遣り切れない思いだったわさ……。

 でも仕方が無いのよ……彼等は不老長寿、私達とは違う時間の流れの中に存在しているのだから……僅かな時間しか一緒には居られないのよ。

 だから私は彼等と過ごした日々を決して忘れない……どんなに時が過ぎ様とも……一生忘れられない思い出とするわさ……。


 私達は彼と過ごす最期の夜――遅く迄、語り合ったわ。本当なら朝迄でも語り合いたかったけど、子供だったから如何しても途中で眠たくなっちゃって、結局は寝ちゃったけれどね……でもケムラーさんと私と姉の三人で、夜空を見上げながら他愛も無い話をした、あの日の晩は――今でも眼を閉じれば思い出す、キラキラと輝く魔法の様な時間だったわさ。




 明くる日――彼等が旅立つ朝が来たわ。

 最期の朝食を持っていくと、既に彼等は旅支度を終えていたわ。一寸、驚いたのはエリーさんが髪を短く切って、カーキ色の外套に黒い背広を着ていたのよ。

「一先ず目的が果たせたからね。気分を入れ替えて、身形を変えてみました」と笑いながら云ったわ。矢張り、キチンとした男装の方が似合ってたわね。元来、色男なのだから。アンリさんも黒い背広だけど、ブラウンのベストが洒落てたわ。ケムラーさんは、私が見立てた例のオパールグリーンの背広だったわ、似合ってたわよ!

 そして餞別なんていったら、おこがましいけれど――私達家族から贈り物を渡したのよ。前に服を買って貰った店で、何と姉はチャッカリと、上等な生地の端切れを沢山貰っていたのよ。だから其の生地を利用して、私達は彼等にネクタイを作る事にしたの。母と姉は裁縫上手だけれど、当時の私はヘタッピだったから、指の先を穴だらけにしちゃったけど……何とか手伝ってもらいながら完成させたわ。

 アンリさんには黄色のボウタイ。エリー改め、エルさんには青色のスカーフ。ケムラーさんには一寸、派手目な濃いピンク色のアスコットタイ。皆、喜んでくれて其の場で私達のネクタイを締めてくれたわ。本当に優しい人達ね。

 エルさんには女装が前提だったので、スカーフにしたのだけど、器用にフォア・イン・ハンドに結んでいたわね。ケムラーさんも同様に結んでいたわ。垂らさずに、形良く締める処が粋だったわ。


 いよいよ御別れの時が来た。

 本当は鉄道駅迄、見送りに行きたかったけど……余計に悲しくなるからと家族で相談して、家の前での御別れとしたわ。ケムラーさんは泣きじゃくる私達姉妹を、そっと抱き寄せて其々に接吻キスをしてくれた。そしてネクタイの御礼と出逢いの記念を兼ねてと、襟元に付けていた小粋なブローチを姉に……私には懐中時計をくれようとしたわ。でも私は其れを断って、別の物を強請ったの。貴方が掛けている黒眼鏡が欲しいと……少し青味掛かったレンズの、其の黒眼鏡が欲しいと……。

 何故、こんな物をと不思議がられたけど――私にとっては黒眼鏡其れが何だか一番、ケムラーさんっぽい感じがしたからかしらね……。

 彼は優しく微笑むと、器用な手付きで黒眼鏡の蔓を調整しだしたわ。そして掛けて貰った眼鏡は私の貌に、ピッタリと合ってたわ。

 代わりにケムラーさんは、鞄の中から別の眼鏡を取り出して掛けていたわね。丸形では無く、少し角張った形のを……薄い緑色のレンズで、背広の色と合っていて恰好良かったわさ。


「それじゃ……世話になったべ」

「皆ぁ~、元気でね~‼」

「……じゃあね……」


 彼等は軽い挨拶で、さり気無く立ち去って云ったわ。でも其処には無礼さや、素っ気無さは感じられずに……本当に極自然に去っていたわさ。まるで次の夏季休暇には又、訪ねて来るよみたいな呈でね。其れは有り得ない事なんだけど……出逢いと別れを、嫌と云う程に経験しているから――あんな風に振舞えるのかしらね。

 こうして三人の人造人間達は私達の前から姿を消してしまったわ。

 姉は文通をしたいと頻りに迫ったが、彼等は大企業の秘密調査部員だから、手紙の遣り取りは職務上出来ないと姉の提案をやんわりと拒否したわ。其れでも姉は約束を破って何度かグラントン商事に手紙を送っていたみたいだけど――結果は梨の礫だったわね。でも、姉の十八歳の誕生日にケムラーさんから大きな薔薇の花束と金鎖が届いたわ。両親からの贈り物の鍵の御守りキーチャームを付けられる様にね。姉は飛び上がって喜んでいたわさ。そして五年後には私の十八歳の誕生日にも同じ物が送られて来たのよ! 私も大喜びしたわさ‼ 彼は私達の事を忘れずにいてくれたんだったてね。

 でも其れを最後に今度こそ音信不通に為ったわ。悲しいけれど……でも彼等の永い永い人生の記憶の中に私達の思い出が少しでも残ってくれているなら、其れは其れで嬉しい事だわさね。

 彼等は今も何処かで、主人――『ヴィクトル・フランケンシュタイン博士』の復活を目指して世界中を駆けずり回っているのかしらね……そして私みたいに偶然、秘密を知ってしまった人を『終わらない御茶会』に招待して、三人で荒唐無稽な馬鹿騒ぎを繰り返しているのかしらね……そう考えると何だか楽しくなるわさ‼


 之は余談に為るけれど――姉は随分、ケムラーさんに御執心だった様でね……中々、彼の事が忘れられなかったみたいなのよ。姉が御嫁にいったのは私の結婚の、ほんの一年前だったわ、歳は五つも離れているのにね。しかも其の御相手っていうのがねぇ……黒髪で細身で長身、何処となくケムラーさんに似た感じのノッポさんだったのよ。長い事、初恋を引き摺っていたって訳だわさね。勿論、其の事は姉の御主人には内緒だけどね……。





 さてさて、長くなっちゃったけど――之にて『リヴァプールの発条足男』事件の御話しは御終いですよ。如何です皆さん、楽しんで頂けました?

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