第33話 発条足ジャック事件の結末


 遂に発条足ジャックは斃されたわ。幾らリヴァプールの街中を騒がせた傍迷惑な変質者とは云え、こうなると何だか可哀そうね。そんな感想を述べたらエリーさんから、「エリス……君は三度も殺されかけたのに、此奴を憐れむの?」と云われたわ。

 そうだったわ――私、此奴に三回も爆弾投げ付けられたんだった。更に此奴は故郷で人を殺してる上に、ケムラーさんも殺されかけたんだったわさ。矢張り憐れみも同情も要らないのかしらね。

 四人の男の子達とケムラーさんが何やら話をしている。後で訊いたら、彼が刀で斬り割いた弾丸が欲しいと云うのであげたそうよ――あんな小さな物を、よく見つけたわね。発条足ジャックの遺体には、おっかなびっくりしていたれど、男の子達は嬉しそうに帰っていったわさ。私達もケムラーさんの元に赴き、目的の発条式軽鎧の回収を始めようとした矢先……死んだと思っていた発条足ジャック=バーニーが突然、「ゴホッ‼」と、血を吐いて大きく咳き込んだのよ。未だ死んではいなかったわさ‼


 私達は驚いて思わず後ずさったわ。けど、ケムラーさんが、「此奴は、もう半死状態さ……直に、くたばるよ」と冷めた声で云ったわ。でも、そんな事を云いつつも彼は矢張り紳士的だったわね。バーニーの仮面を外してやり、最期に云い残す事が有るなら聴いてやると伝えたわ……騎士の情けってヤツね。

 バーニーは、ヒューヒューと喘鳴の中……絞り出す様な声で呟いたわ……。



「お……お………………」



 バーニーの最期の願い――其の言葉を聴いて……ケムラーさんは刀を振りかぶり、首を刎ね様としたわ。

 私は流石に其れでは可哀そうだよと、何とか彼を諫めたわ。例え憎き相手でも、死に逝く者への最期の手向けだもの――此処に居る女は私だけ……之は自分の出番だと思ったわ。私はバーニーの手を取り、「おっぱい、揉む?」と慈悲の言葉を掛けてあげたのよ……其れなのに、あの糞野郎……思い出す度に腹が立つわさ。

じゃねえか‼」と、怒鳴りやがったのよ‼

 仕方無いじゃない、当時の私は未だ七つの幼子よ。膨らむ前だわさね! 

 もし、あの時に私のポケットにも姉と同じ様に小型ナイフが入っていたら……私が奴に、とどめを刺していたわさ。

 むくれる私をエリーさんが脇に除けさせて、彼はバーニーの手を取り艶めかしい仕草で自分の胸に押し当てたわ。そうか――此奴、エリーさんの事を女性と思っているんだわ。まあ、声を除けば女性に見えるわよね……実際に綺麗な貌立ちだし。

 バーニーは若干、生気を取り戻したかの様に喜んでエリーさんの胸を揉みしだいていたわ。けど、一寸した拍子に胸がストンと落っこちたの。まあ、エリーさんの胸は単なる詰め物……何だから、仕方無いわよね。

「いやん、ズレちゃった♡」との恥ずかしがるエリーさんの声と、不自然に垂れ落ちた偽物乳を見て奴はギョッとした貌になり……エリーさんが、である事を瞬時に理解した様だったわ。


 次の瞬間――両の眼から血涙を流し……憤怒の表情で……「だ、騙したなー!!!」と絶叫して喀血すると、ガクンと腕と頭を地に落とし……其の侭……息絶えたわ……。

 変態に相応しい御間抜けで壮絶な最期に、私達は暫し言葉を失っていたわ。

 いいえ、呆れ果てて声が出なかっただけかしらね。


 其の後――彼等の手下達や息の掛った警察関係者達の手で、極秘裏の内に発条足ジャック=バーニーの遺体は速やかに運び出されて、共同墓地に埋葬されたそうだわさ。そして遂に取り戻した発条式軽鎧……背面部の裏側にはシッカリと『フランケンシュタイン研究所』と記された、商標登録のタグプレートが貼り付けられていたわ。

 アンリさんとエリーさんは之で一安心だと溜飲を下していた様だけど、ケムラーさんは呆れていたわね。

 約六十年前、ロンドンに現れて以降――此の国で謳われて続けて来た、発条足ジャック事件の伝説は、此処に終止符を打ったわ。でも其の顛末は伏せられた侭、公に語られる事は無かったけれどね。彼等の動機や正体に付いての詳細は、世に曝せる訳にはいかないからさね……。

 真実を知るのは私を含めて、極々僅かな人だけなのよ。だから皆さんも、此の御話しは内緒にしてくださいな。



 発条足ジャック事件の解決――其れは御目出度い事と同時に、彼等との御別れをも意味していたわ。

 バーニーの死の翌々日……新聞には結局、条足ジャックは捕まらかったと小さく報じられていたわ。何故、奴を捕まえた――殺した事を隠すのと訊ねたら、謎は謎の侭で残されていた方が此方としては遣りやすい。自分達の正体を隠蔽するのに役立つからと……其れに此の『発条足ジャック』事件の謎は庶民にとっても恰好の娯楽の一つとして、永きに渡り語り継がれるのも一興だろうとの事だそうよ。

 だから私にも此の事件の真相は秘密にしてくれと頼まれたわ。でも如何しても喋りたくなったら、せめて何年か後に――ほとぼりが冷めた頃にしてくれと云われたわ。

 私の家族や近所の人達には、発条足ジャックは逃がしたけれど、逃亡先は突き止めたので我々は其れを追い掛けると伝えたわ。そして数日後に旅立つとも……。

 先払いした家賃と食費は其の侭、納めて貰って構わないと云い……更には爆発で吹き飛んだ叔父の家の庭に有った椅子と机の弁償代金迄、払ってくれたのよ。迷惑料込という事で、かなりの額を頂いた様だわさ。父も母も大喜びで、彼等が旅立つ日迄、出来る限りの豪華な食事と御茶で、もてなしていたわね。


 でも私と姉は悲しかったわ……彼等が居なくなってしまうなんて……。

 私達は彼等が荷造りを追えて旅立つ迄の間、出来る限り側に張り付いていたわ。

 時には泣き出す私達を、彼等は優しく宥めてくれたものよ。在る時、私は姉を出し抜いてケムラーさんと二人きりに為る時間を作ったのよ。其処で彼とは色々な御話しをしたわ……不老長寿について……今迄して来た旅について……之から何処に行って、何をするかについて……。

 勿論、全て本当の事を話してくれた訳では無いと思うけど――絶対に云えない様な事も沢山、在りそうだしねぇ……でも、彼の心情については本当の気持ちを聞かせてもらえた気がするわ。


 自ら望んだ訳じゃ無いけれど……人造人間に、不老長寿に為ってしまったからには、其の運命を受け要らざるを得ない。最初の内は面白かったけれど、周りの人々がドンドン歳を取っていくのに、自分達は若い容姿の侭で歳を取らない……いや、取れない事に物凄い違和感を感じた時期があった。何だか良く解らない、もう如何でもいいやと自暴自棄に陥った事もあったね。一応、俺達も首を刎ねられるか、脳を損壊されれば死ねるんだけど――生物の生存本能ってヤツかな……如何でもいいやと思いながらも生命の危機が迫ると、無意識に抗っちまう。頭を潰したり首を切り割く様な自殺をする気も起きないしね。何だかんだで命が惜しいのかなぁ……情けない限りだね……。

 俺達は長く一所ひとところには居られない……例外として、身分を変えて隠れ住んでいる場所も幾つか在るが……ある程度の年数が過ぎると、仲良くなった奴等でも二度と逢う事が許されない。

 出逢いと別れが多すぎて嫌になる……良い奴等に逢う度に、此奴らと歳を取れたら幸せなんだろうかと、思っちまう自分が……之又、嫌になる……。

 俺には未だ、アンリやエルの様な達観した境地には至れない。

 まあ、でも……悲観した処で仕方が無い。俺の此の数奇な人生の歯車は、とっくの昔に動き出して、生半な事では止まれそうにもないからね。こうなったからには飽きる迄、遣ってみるさ。

 ヴィクトル・フランケンシュタインが夢見た、『死』からの解放――『不老不死』は人類にとって、祝福と為るのか……或いは呪縛と為るのか……若しくは其の夢、叶わず俺達だけで終わるのか……結末は一体、如何為るのか――之から先の御楽しみって事で、明日も生きてみるさ……馬鹿騒ぎしながらね。



 そう云って、はにかむ彼の表情は――残念だけど、もう君とは逢えないよと、優しくも残酷に伝えてくれている様だったわ。

 

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