第32話 超絶剣技
ドパンッ‼ という銃声が辺り一面に鳴り響くと同時に、ケムラーさんは発条足ジャックに向かって、自分の着ていた外套を投げ付けた。そして二人の間でバチバチッという、はじけた音が聞こえたの。何が起きたのかしら……私は恐る恐る眼を凝らして其の場の様子を見つめると……何とケムラーさんに弾丸は一発も届いていない様だったわ⁉ 信じられない事にケムラーさんの投げた外套が、散弾を包み込む様に全て防いでいたのよ‼
「ハハハッ、如何だ驚いたかい! 僕等の作った特製の防弾布の耐久力に‼」
「極細の鋼線を幾重にも織り込んでんだべや。重すぎるのが難点だべがな……」
「手前ぇ等の拵えた発明品にしちゃぁ、先ず先ずの出来だが……之、やっぱり重すぎて普通の人間には使え無ぇぜ……」
発条足ジャックは驚いて声も出ないといった様子だったわね……勿論、私も驚いたわよ……ケムラーさんが着るにしては一寸、野暮ったいと思っていた外套が、雅か防弾衣に為っていただなんて想像も出来なかったわさ。
後で知ったのだけど、防弾布の歴史は銃の開発と同時期頃から行われていたそうなんですって。でも実際に銃弾を防げた例は殆ど無いそうよ。遠距離からの火縄銃の弾を防いだ例も有る様なんだけれど……銃弾の威力が向上した現行の銃の前では、全く役に立たないそうだわさ。アンリさん達の拵えた防弾布は重すぎて、人造人間かバーニーみたいな特別な体力の持ち主にしか使用出来ない様な物みたい。其れでは実用性に欠けるし、今では防弾布は机上の空論みたいな扱いだそうよ。でも不思議な事に
「如何した、次は何を出す?」と云う、ケムラーさんの挑発で我に返った発条足ジャックは、背中に手を廻して左腕に小盾を装着した。そして飛び出し式の鉤爪がギラリと輝く。後ろの方では四人の男の子達が、「スゲー!」「かっけー!」等と云いながら騒いでいる。全く、あの危険地帯で何をハシャいでいるのと思いながら良く観ると、子供達が発条足ジャックの銃撃の射線上の位置からズレているのに気が付いたわ。
流石、ケムラーさん――銃帯を外したり、悠々と歩いている内に、子供達を射線上から遠ざけていたのよ。何て、さり気無い優しさ! 素敵だわ‼
発条足ジャックはジリジリと距離を詰める――如何やら接近戦に持ち込むつもりかしらと思っていたら、アンリさんとエリーさんが冷や汗を垂らしながら呟いた。
「狙ってるね……右腕の隠し銃で……」
「ケムラーの馬鹿は、気付いてんだべか?」
何と二人は左腕の鉤爪は囮で、本当の狙いは右腕に仕込んでいる隠し銃での銃撃であると云うのよ……そういえば此の二人も格闘の玄人だったわね。でもケムラーさんだって、彼等以上の猛者なのよ。心配は要らないわ……其の筈なんだけど……やっぱり何か心配に為っちゃうわさ……。
息が詰まりそうな二人の対峙……ケムラーさんは刀を上段に構えて動かない。
何だか心臓の音が五月蠅く聴こえる……喉が渇く……滴る汗も拭えない……動けない……眼が離せない……。
そんな静寂を破る様に、先に仕掛けたのは発条足ジャック――奴は左腕を振りかぶって前傾姿勢の侭、駆け出す……いや、違う、前方に向かうと見せかけて、素早く後方に飛び退いて距離を取ったわ。まるで一流のフットボール選手の様なフェイントよ! そしてアンリさん達が予想した通り、右腕の隠し銃を撃ち放ったわ‼
パンッ‼
キンッ‼
……何? ……今の音……私は思わず瞑ってしまった眼を恐る恐る開いた……。
其処で観た光景は――ケムラーさんが刀を振り下ろしている姿と、呆気に取られている発条足ジャックの姿……四人の男の子達も訳が分からずといった様子で、眼をパチクリさせている。アンリさんとエリーさんを見ると、二人は信じられないといった表情で、あんぐりと口を開けていたわ。
「……み、見えた……今の……」
「見ただ……だが、信じられねえべ……」
エリーさんとアンリさんは――でも物理的に不可能では無いとか、何時の間にあんな業を使える様に為ったんだとか、何処で覚えたのか等々……今起きた事について語り合っていたわ 。一体、此の二人を此処迄、驚かせる事とは何なのかしら? 私は何が起きたのと訊ねてみた。すると信じられない答えを聞かされたのよ。
「……今ね……ケムラーは、放たれた弾丸を斬り割いたんだよ……」
え? え⁇ えええええ???
ケムラーさんは、ゆっくりと身体を起こし――ニヤリと嗤った。発条足ジャックはカタカタと小刻みに震えて動揺している。後ろの男の子達も恐らく見えてはいなかったでしょうが、何が起きたのかを察した様で眼を丸くしているわ。
ああ……そう云えば前にケムラーさんから訊いた、剣術の師匠の話というのを思い出した。確か、銃弾を剣ではじいたり、叩き斬ったりしていたと云ってたわね。
冗談だと思っていた、あの話は雅か本当の事だったの⁉ 生身の人間にそんな事が出来るの⁉ もし出来るのであれば、人造人間であるケムラーさんが使えても、何ら不思議な事は無いのかしらね……いやいや、其れでも矢張り凄い事だと思うわ! だって、アンリさんとエリーさんも驚いているじゃない‼
ケムラーさんは師匠の腕前ばかり褒めて、自分の腕前については謙遜していたけれど、自身も相当な実力者なのでは無いかしら?
発条足ジャックは、「むおおー‼」と怒号を挙げて、更に二発を撃ち込んだわ。でもケムラーさんが素早く刀を二振りすると、弾丸は明後日の方向に飛んで行ってしまったの。「今のは斬らずに、はじいただけだ――手前ぇの着込んでる其の鎧と同じ要領だよ。跳弾って訳だな」と、物凄い業を見せているにも関わらず、軽い調子で講釈を垂れている。発条足ジャックは激しく動揺しており、ハアハアと荒い息遣いに為っている……そして、「そんな……馬鹿な……」と繰り返し、ブツブツと呟いていたわさ。ケムラーさんが、ゆるりと歩を進めると奴はビクリと震え……彼の正面に向かい銃弾を撃ち放った。しかし先程、同様にケムラーさんが凄まじい速さで刀を振り下ろすと――キンッ‼ という、冴えた音と共に彼の身体を中心にして、扇状に小さな塊が二つ……後方に吹き飛ぶのが辛うじて私にも見えたわ。
信じ難い事だけど……ケムラーさんは間違いなく、弾丸を斬ってみせたのよ‼
「――『我流』――弾はじき……弾斬り……。まあ、一寸した御遊びだがな」
あれだけ常識外れな超絶剣技を見せ付けておきながら、御遊びと嘯く。流石はケムラーさん! 役者が違うわさ‼ 彼はアーサー王の円卓の騎士の中に居ても、おかしくない位の凄腕の剣士だったわさ!!!
四人の男の子達は、わあわあ云いながらケムラーさんが叩き斬った、弾丸の欠片を拾い集めていたわ。本当に男の子って馬鹿よねぇ……未だ闘いは終わっていないのだから、危ないでしょうが。でも距離が離れているから何とか大丈夫の様だったわさ。
発条足ジャックは更に引き金を引き続けていた様だけど、虚しく空を切っていたわ。如何やら、あの銃は四発で弾切れみたいね。
ケムラーさんが再度、歩を進めると……奴は獣の様な咆哮を挙げて――右腕からも鉤爪を跳び出させたわ。そして窮鼠猫を嚙むが如しの勢いで、ピョンピョン飛び跳ねながらケムラーさんに襲い掛かったの‼
ケムラーさんは今迄とは違う構えをとったわ。刀を水平に持って肩口に上げる。
そして凄まじい速さで敵に――発条足ジャックに突進して行ったの……。
ドガッ‼ と、凄まじい衝突音が辺り一面に鳴り響いたわ。そして両手を挙げる発条足ジャックの胸にケムラーさんが低い姿勢で、まるでボクシング王者の様な右ストレートを打ち込んでいたのよ。之でノックアウトと云った処かしらね。彼も左頬を少し切られて出血していたけれど、あれ位の傷なら人造人間であるケムラーさんは直ぐに治ってしまうのでしょうね……あれ? ……右ストレート? 刀は何処に……。
「鼬の最後っ屁だったね」
「ああ……容赦無ぇだべ」
私は眼を凝らして重なり合う、ケムラーさんと発条足ジャックを凝視したわ。そして、アンリさんとエリーさんの云う意味が漸く解ったわさ……発条足ジャックの背中に長い棘が生えている……いや違う……ケムラーさんが右手で握った刀が根本迄、発条足ジャックの心臓付近に突き刺さっていたのよ‼
「――『我流』――片手一本突き、右の型。手前ぇ何ぞにゃ、勿体無い位の上等な業だぜ……有難く受け取りな……」
そう云って、ケムラーさんは刀を引き抜いた。発条足ジャックは大量の血を吐き、大の字に崩れ落ちる。
※防弾ベストの材料として有名な、ケブラー・アラミド繊維は1965年に開発され、1970年に実用化される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます