第31話 再戦 ケムラー 対 発条足ジャック
発条足ジャックを追う内に、遂に我が家へ辿り着いてしまったの。母と姉は真っ白に為った私達を観て大層、驚いていたけれど適当な嘘で何とか誤魔化したわ。
でも此の侭ではいられないので、取敢えず服を着替えに其々の家に戻って着替えをしたわ。こんな状況でも姉への御土産を手放さなかった私は偉いわよね。特に雑誌を喜んでいたわ。貌を洗って着替えを済ませて外に出ると、ケムラーさん達は庭先で作戦会議を開いていたわさ。
一寸、気に為ったのはケムラーさんの着ている外套。何時もは上等な服屋で見立てて貰った、洒落た服を着ている彼にしては珍しく、何だか安っぽくて野暮ったい……ゴワゴワとした生地の外套を羽織っていたわ。他の外套は洗濯屋にでも出しているのかしらね?
小頭のエースは部下達に
御近所さん達も何事かと集まり始めてガヤガヤと遣っている内に、ウチの三軒隣に住んで居るミック御爺さんが、わあわあと悲鳴を挙げながら私達の――人だかりの中に飛び込んで来たわさ。一体如何したのかと訊ねると、「ウ、ウチの納屋……此の間から貸している納屋から……」と、ガクガクと歯の根が合わない様子で震えていて、何を云いたいのか良く聞き取れない状態なのよ。其の内に、ドカンと大音を立てて、ミック御爺さんの家の納屋の天井が内側から突き破られたの。
崩れた天井……其の片隅に立っていたのは――発条足ジャックだったわさ‼
「おぉ~……ギ、ギリギリ着替えが、ま、ま、間に合ったぁ~……」
いきなりの発条足ジャックの登場に周りは大騒ぎよ! ケムラーさんの云う通り、エース達は何処を探していたのかしら? 眼と鼻の先に居るじゃないの‼ 彼奴、無能だわさ……。
手前ぇは何処から湧いて出やがるとケムラーさんが怒鳴ったら、奴は――御前等が其処の家に住む前から、自分の方が先に此の納屋を借りていたんだと怒鳴り返していたわさ。ミック御爺さんは相手が発条足ジャックと知っていたら、貸しはしなかったよと泣きながら叫んで取り乱していたわ。如何やら嘘は云っていない事は、誰の目から見ても明らかだったわね。
ミック御爺さんの処は、嘗て建築関係の商売をしていてね……結構、大き目の納屋を持っていたのよ。でも今は商売を引退していたから、其の納屋は使われていなかったわ。そんな折に空っぽの納屋を借りたいと云ってきた男が居たそうよ。御爺さんは一寸した小銭稼ぎにと、其の納屋を貸したそうなのよ。丁度ウチみたいにね。相手が発条足ジャックとは知らずに……。
雅か向こう三軒両隣の近場で――発条足ジャックが鎧の置き場所としてミック御爺さんの処の納屋を借りているなんて……そして発条足ジャックの行方を追っているケムラーさん達が、ウチの隣の叔父の家を借りる……一体全体どんな偶然が重なったら、こうなるのよ! 此の余りにも馬鹿げた偶然に、周りの人々も先程同様に固まってしまって動けなくなっていたわさ‼
「……でも、何で……御前ぇを追ってる、おら達が此処に居る事を知っていて――鎧の置き場所を変えようとしなかったんだべ?」
「か、変えようとしただ‼ で、でも……な、中々、良い物件が……み、み、見つかんなかっただ……」
確かに物件探しは何時の時代も難しいわよね……私も主人と商売を始めてから、今の此の家――資材置き場兼家屋を見つける迄に相当時間を有したものよ。
皆、奴の話に妙に納得してしまってね……其の場に立ち竦んで、其々に考え込んでいたわね。そして其の固まった空気を打破するかの様に、一番最初に動いたのは矢張り、バーニーだったわ。奴は話している間にも、チョコチョコと攻撃準備をしていたのね。私達に向かって、いきなり例の手投げ弾を放って来たわ。其れに、いち早く気付いたケムラーさんが慌てて、「避けろー‼」と叫んだので、其の場の人々は急いで逃げる事が出来たわ。御蔭で一人の怪我人も出ずに皆、無事だったけれど……叔父の家の庭に置いてあった外椅子と机が派手に吹き飛んだわさ。
奴は人を殺す事に遠慮も躊躇いもしない、質の悪い馬鹿なのよ……今、思い出しても恐ろしいわさ。屋根伝いに逃げる発条足ジャック=バーニーをケムラーさんが追いかける。アンリさんとエリーさんも体制を整えた後に、其れに続く様だわさ。
私は眼の前で爆弾が破裂する恐怖体験をしたばかりだったけれど……其れでも恐怖心よりも、ケムラーさんと発条足ジャックの勝負の行方が観たいという好奇心の方が勝って――一か八かでエリーさんに向かって、「抱っこ‼」と云ってみたわ。
期待を裏切らないエリーさん――「はいな!」と云って、私を抱っこした侭、ケムラーさんの後を追い始めたわ。背後から母達の、「えええ~⁉」と云う驚愕の悲鳴が聴こえたけれど、速度に乗ったエリーさんの駆け足は止まらない。追跡の途中でアンリさんが、「エル! 御前ぇ、何を抱いてるんだべ⁉」と吃驚していたけれど、すかさず私は、「速くしないと見失っちゃう!」と叫ぶ。
エリーさんは何だか前にも、こんな事が有ったねと笑っていたわ。アンリさんは怒りながらも呆れた様子で、「とんでもねぇ、御転婆娘だべ……序でにエル、御前ぇの馬鹿さ加減も大概だべや……」と、ぼやいていたわ。
エリーさんは、「もう、こうなったら仕様がないから連れて行ってあげるけど……僕の側から離れない事。遠くで見物するんだよ」と云って、同行の許可を得たわ!
時期は十一月の始め……街は丁度、御昼前の混雑時……目抜き通りの建物群の屋根伝いを飛び跳ね廻る、発条足ジャックの姿に通りを行き交う人々は大騒ぎ――之が世に云う『リヴァプールの発条足男』の最期の目撃情報ってヤツだわさ。でも、発条足ジャックの追跡者については、グラントン商事の圧力で一切、新聞記事には書かれなかったけれどね。
ドンドンと追い詰められる発条足ジャック……隣町迄、奔らされて流石に疲れて来た様で人気の無い裏通りに降り立ったわ。すると、「ぎゃあああー⁉」と云う、複数人の子供の声が聞こえて来たのよ。奴は怯える子供達には眼もくれず、其の裏通りの奥に置いてあった荷車を乱暴に掴むと、昨日の夜と同じ様に荷車に乗って、細い坂道を凄い速度で下って行ったわ。でも其れも最期の悪足搔きだったわね。
私達も少し遅れて裏通りに降り立ったわ。面白い事に、何と其処で泣きながら騒いでいたのは――此の間、姉に泣かされていた四人の男の子達だったのよ。之も何かの偶然ね。私は、「あっ、あんた達……又、逢ったわね。いい、発条足ジャックは危ないから、ココから動いちゃあダメだよう」と云って男の子達に注意したら、アンリさんから、「御嬢ちゃん……どの口が云ってるだ」と――又、呆れられたわね。
彼等、人造人間の体力は矢張り並では無かったわ。普通の人間ならば、とっくに力尽きてる運動量の筈なのに、殆ど息切れも無く――とうとう発条足ジャックを人気の無い、原っぱへと追い詰めたのよ。乱れた息を何とか整える発条足ジャックと、一定の距離を置いて対峙するケムラーさん……先の約束通りに私はエリーさんに抱かれた侭、少し離れた位置で見守っていたわ。
アンリさんは、「ケムラーの奴……ちゃんと発条足ジャックを仕留められるべか?」と、一寸不安そうに云ったわ。此の前の事が有るから当然の心配よね。対してエリーさんは全く心配する素振りも無く、「彼が同じ相手に、二度も負ける訳が無いでしょう!」と自信満々に答えてたわ。彼からは愛されていると同時に、信頼もされているのね。
睨み合う事、数分間――すると意外な闖入者が現れたわ。何と先程の四人組が、別経路から原っぱに遣って来たのよ。恐らく発条足ジャックとの決闘を観に来たんだわさ。私も人の事は云えた立場じゃ無いけれど……子供の恐いもの見たさの好奇心は危険だわね。私達が逃げろと注意するより先に、ケムラーさんの、「ハアッ‼」と云う、とんでもない大声……咆哮が彼等の腰を砕けさせ――四人共、其の場にへたり込んでしまったわ。後で訊いたらアレは『気合い』と云う、業みたいなモノらしいわ。
子供達に其処から動くなと伝えると、何故かケムラーさんは腰の銃帯を外して放り投げてしまったの。之に対して発条足ジャックは如何いうつもりだと訊ねたわ。
「ま、雅か、前の時みてえに……サ、サ、サーベル一本で、お、お、おでと殺り合うとでも、い、云うつもりか?」
怒りを噛殺すような奴の言葉を聴くも、彼は悠々と刀を振り翳して、「サーベルじゃ無く、刀だよ……まあ、いいや。御前には此の新たなる愛刀の、試し斬りに付き合って貰おうと思ってな」と
一体、ケムラーさんは何を考えているの? 奴はあらゆる処に隠し武器を……銃器を仕込んでいるのよ……幾ら何でも之は自信過剰に過ぎるわよ――悪手にも程があるわさ。しかし、もう遅かった。奴は怒りに震えた声で叫んだ。
「……な、な、舐めやがって……なら、死ねー‼」
発条足ジャックは、腰のバックルガンから散弾を放ったわ‼
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