第30話 灯台下暗し
ハロウィンが明けた朝――御機嫌な両親とは対照的に、姉はウンウンと唸りながら寝込んでいたわ。昨晩の衝撃が未だ抜けない様だったわね。取り敢えず本当の事は云えないので彼等は、「如何やら人混みに酔った様ですね。微熱も有るから栄養剤でも打ちましょう。今日は学校は御休みにして様子を観てあげて下さい」との提案に、父も母も反対する事はなかったわ。序でに私も姉の看病と云う名目で休んじゃったの。
流石に件の騒動に子供を巻き込んでしまった自責の念が有ったのか、エリーさんとアンリさんが出掛ける序でに、果物か御菓子でも買ってきてあげるよと云うと、姉は喜んで少し活気が戻って来た感じがしたわ。それじゃぁ、俺も野暮用がてら付いて行こうと、ケムラーさんが私も連れて行ってくれたの――皆で街迄、御買い物よ!
姉への御見舞いの御菓子と果物と雑誌を買って貰った後――一寸、怪しげな区画に入り込んだわ。其処には如何にもチンピラ然とした輩が数十人は
少し離れた広場で、何人もの男達が格闘組手をしていたわ。中には重たそうな石を持ち上げたり、太い棍棒を振ったりする鍛錬をしている者達も居たわね。
アンリさんが声を掛けると此処の責任者の男が、すっ飛んで来たわ。チンピラの小頭みたいな風貌のエースという男が、「之は之はボス⁉ こんなむさ苦しい処へ、ようこそおいで下さいやした」と、深々と頭を下げて挨拶をしている。
エリーさんが進捗状況は如何と質問すると、エースはビクリと肩を揺らして申し訳なさそうに報告をした。
「す、すいやせん……野郎の
何とか取り繕うな物云いだけど、状況は芳しく無い様ね。未だ発条足ジャックの手掛かりは掴めていない様だわ。おまけに昨夜は雇い主であるアンリさん自らが、発条足ジャックの捕獲に後一歩の処迄、迫ったのだから――彼からしてみれば面目丸潰れでしょうからね。でも小頭のエースは、「ご、御安心下せえ、滅法に腕の立つのを雇い入れたんでさぁ……。最近、此の街に来た流れ者なんですがね……酒場で十人もの水夫をブッ飛ばす程の腕っぷしの持ち主でしてね。あっしが拾ってきたんでさぁ」と自信満々に語って、其の男を私達の前に呼び出したのよ。
「おい、バーニー……此方に来い。ボスに紹介してやる!」
「へ、へい! エ、エ、エースの兄さん……」
名前を呼ばれた男は、そそくさと私達の前に奔って来て、矢張り深々と頭を下げて自己紹介をしたの。「は、は、初めまして。お、お、おではバーニーと、もも、も、申しやす……よ、よ、宜しく御願い、い、致します‼」と、かなりどもった口調だけれど丁寧に挨拶をしてたわ。歳の頃は三十代前半位かしらね。頭は綺麗に剃り上げて、大きな眼と口が特徴的だったわ。背丈は六フィート三インチ位は有って、筋骨隆々の堂々とした体格よ。でも常に俯き加減で一寸、おずおずとした間抜けそうな感じのする男だったわさ。
エースは彼の強さを滔々と語っていて、アンリさん達も頼りに為りそうだと聞き入っていたわ。バーニーも得意に為って、「お、お、御任せ下せえ! お、お、おでに掛れば、ど、どんな野郎でも、ぶ、ぶ、ぶちのめしてやりますだ‼」と、ボス=アンリさんに褒められて調子付いていたわ。昨日は野暮用で休みを貰っていたらしく、もし昨夜、自分が非番じゃ無かったら、目的の奴を取っ捕まえていましたと大見得を切っている。おずおずとしている割には意外にも自信家であったわね。まあ、それだけ腕に覚えが有る頼もしい男で、良い事なのだろうけれど……。
……でも……あれ……何だか私—―此の男に逢った事が有る気がするのよね……。
私は彼に愛称と思われる『バーニー』では無く、本名を尋ねると『マイケル・バニアン』と答えたわ。出身地を尋ねると『バーミンガム』だと云うのよ……。
あれ? あれ?? あれれ???
何処かで聴いた事が有る……間違い無く聴いた事が有る……私はケムラーさんを見上げると彼も又、黒眼鏡越しからでもハッキリと解る位に眼を見開いて、何かを感じ取っている様子だったわ。
そして小声で『
そして暫くして双方から、「あああああっ~⁉」との叫び声が重なる。
「こ、此奴—―バーミー……さ、三代目発条足ジャックじゃねえか‼」
「む、むはは~? な、な、なんで御前ぇが、こ、こんな処に居るだぁ~⁉」
周りが、どよめいたわ。アンリさんもエリーさんもエースも理解が追い付かず、皆揃って眼を丸くしていたわさ。一体、何が如何なっているのか?
するとバーニーがアンリさん達を観て、「む、むはっ⁉ よ、良く観たら……ボ、ボス達って—―あ、あのチビと変態女じゃねえか~‼」と、更に驚いていたわ。私達から云わせて貰えば、驚きたいのは此方の方だわさ。
ケムラーさんは、「手前ぇ、知らずに俺達の組織に雇われていたのか?」と訊ねると、バーニーはエースに向かって、自分の捕まえる相手は発条足ジャックだったのかと逆に訊ねた。エースは、「え、そうだよ。云ってなかったっけ?」と困り貌である。バーニーは、「し、知らねえだ! 知ってたら、こ、此処に、や、雇われねぇだ‼ だ、だ、だって『発条足ジャック』は、お、おでなんだから……」と叫んでいたわ。
何と云う事でしょう……あれだけ探し回っていた発条足ジャックが、雅か彼等の組織の一員に為っていただなんて……奴の塒は此処だったなんて……こんな事ってあるモノなの?
エリーさんが、「自らの正体を隠す為、敵の懐に忍び込んで工作を施す――獅子身中の虫だったのか⁉」と叫ぶと、ケムラーさんが、「今迄の遣り取り観てなかったのか? 此奴に、そんな器用な事が出来る脳味噌は無ぇだろ――本当に偶然、紛れ込んでいただけなんだろ……信じられない程に馬鹿馬鹿しい話だがな……」と呆れながら呟いていたわ。アンリさんも、「灯台下暗しとは雅に此の事だべか……」と放心していたわね。
人と云うのは不思議なモノね……仇敵を発見したにも関わらず、直ぐには取っ組み合いには為らずに暫く時間が止まったかの様に皆、動かなかったわ。いや動けなかったのかしらね――余りにも想定外の間の抜けた出来事に、如何反応すれば良いのか判らなかったのよ。そんな中で最初に動いたのはバーニー……発条足ジャックだったわ。彼奴、馬鹿のクセに状況判断は速いのよね。すかさずアンリさん達が、ソイツを捕まえろと叫ぶも、状況を理解しきれていないチンピラ共は右往左往としていたわ。
奴は塀の隅に積まれていた袋を凄い力で破くと、辺りに振り撒き始めたの。袋の中身は小麦粉だったわ。でも、たかが小麦粉と侮るなかれよ……幾つも幾つも撒かれた袋の中身の小麦粉は、まるで雲みたいに広がって、辺り一面を真っ白にしてしまい視界を塞がれてしまったのよ。おまけに粉が喉に入って、皆ゲホゲホと咳き込む始末。
現場は雅に大混乱――私も真っ白に為りながら、這う這うの体で何とか入り口迄、逃げ出したわ。すると其処には、自らも小麦粉の粉にやられてゲホゲホと咳き込むバーニーが居たのよ。奴は酒瓶を呷って喉の
すると奴は再び酒瓶を呷り、マッチに火を付けて口腔内の酒を勢い良く噴き出すと、物凄い火炎がチンピラ達に降り注がれたわ!
皆慌てて転げ回り、服に燃え移った火を消していた。幸いにも皆、火は直ぐに消えて大事には至らなかった様で何よりだったわさ。発条足ジャックは火を吹くとは知っていたけど――特殊な機械か何かで火を出すのでは無く、大道芸の火吹きと一緒の要領で火を吹いていたのね。
此の隙を付いてバーニーは逃げ出したわ。敵を褒めるのも何だけど、奴の身体能力は矢張り並ではなかったわ。発条式軽鎧を着込まなくても高い塀を難無く飛び越えて、凄まじい速いさで駆け去ってしまったのよ……と云う事はつまり、発条式軽鎧は此処には無いのかしら?
ケムラーさん達も漸く白塵の中から現れて――私と同じ結論に至っていた様で、奴の行方を直ぐに追い始めたわ。私はケムラーさんに背負われて、奴が逃げた大体の方向を指し示す。すると、其れは我が家に辿り着く道筋になっていたのよ……。
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