第29話 答えは直ぐ側に

 

 大変だ! ボブがな感じに為っている‼

 面白い話しではあるが、ボブの乙女の様な感性には決して受け付けないドタバタ劇スラップスティックであったな……。

 ケインが心配そうに様子を見に来たが、其処に水を差す様にリンダが、「心神喪失状態には糖分が最適よ。丁度良かったわ、デザートの用意が出来た処なの」と……彼女には決して悪気は無いのだろうけれど、ボブに更に追い打ちをかける様な言葉を発した。そして我々の貌が引き攣るのも御構い無しに、大量のデザートがやって来た。

 何だろう……之……ケーキかな? 其れとも私の知らない何かかな?

 毒々しい程に鮮やかな赤と青のクリームに、大量のドライフルーツとチョコチップが塗ぶせられ、其の上に此れでもかと云う程のシロップが掛けられている。更に驚くべきは其の量……通常のホールケーキ一個分は有るんじゃないかという大きさだ。

 

「良かったら、おかわりもあるからね!」


 今の言葉は気遣いと云うよりも、残さずに食べろとの脅迫に聞こえる。此処の家族の健啖さは異常だわ……。

 我々は既に満腹の身体に鞭打ち、覚悟を決めてフォークを握る――想像通り……見た目通り……いや、其れ以上の強烈な甘さが脳天を貫く。まるで何かの苦行をしているかの如しの我々を余所に、何故かボブは平然として、「あっ、美味しい。リンダ、君の云う通りに頭が冴えて来たよ!」と笑顔である。甘い物好きとは知っていたが、此処迄の甘党とは初めて知った。何だか心配して損した気分になる。

 しかし此の甘さは正直、キツイ……此処迄来ると甘さも暴力じみて来るわ……そんな我々の前に救世主が現れた。数人のスキンズの少年が大きな魔法瓶を抱えて、こう囁いてくれた。


「濃い目に淹れた、アールグレイのストレートティーは如何?」

「コッチは濃い目のブラックコーヒーだぜ!」


 普段なら何処から如何見ても強面の不良少年達が、まるで神の使徒に見えた。

 我々は挙って御茶を貰い受ける。普段なら口に含んだ瞬間、吐き出してしまいそうな位に苦い紅茶だったが、とても美味しく感じられた。良かった、之で何とか此の甘味の怪物と闘える。皆も此の御茶の御蔭で息を吹き返せた様である。私は二杯目に、ブラックコーヒーを貰った。

「兄さん、姉さん達……頑張れよ。此のデザートで最後だから……」「之を乗り越えたら、俺達は戦友ともだちだぜ……」と、彼等からの激励が飛ぶ。既に彼等の御腹は風船の様にパンパンに膨れ上がっており、皆ズボンの釦を外していた。成程……確かに之を平らげたら、私達は同じ苦難を乗り越えた戦友だわね。


 我々、演劇部の中で運転免許を持っている大道具班のノエルと、何故か運転技術について話し始めてしまったエリス御婆ちゃん。何だか興が乗って来た様なので、暫くそっとしておく。すると、リンダが申し訳なさそうに話しかけて来た。


「御免ね、ウチの御婆ちゃん。何時も話が横道に逸れちゃうのよ。でも此の発条足ジャックの話も、そろそろ終わりに為るから、もう少し我慢してね」

「そんな事は無いわ。エリス御婆ちゃんの話は面白いわよ。其れににしても件のカーチェイスが切欠で、女だてらに運転手に為ったのかしらね」


 リンダは、「そうみたい」と肯定した。でも最近は殆ど車は運転していないそうである。女だてらに長年、車を転がしていたせいで膝を悪くしてしまったそうで、日常生活には其れ程に不便は無い様だが、時折に酷く痛むそうである。そして歳のせいも相まって反射神経も鈍くなって来た様で、五年前に軽い自損事故を起こして以来、運転を自粛しているそうである。そして痴呆症を患ってからは、一度も運転はしていないそうだ。家族としても其の方が助かると云う。其れでも万が一の為に、家の者が留守をする時には車の鍵を隠しているらしい。一寸、可哀そうな気もするが御婆ちゃんの安全を考えると妥当な対応だろう。

 リンダはアルバムに貼ってある新聞記事を見つめながら、何遍も聴かされた話しだけど――余りにも馬鹿馬鹿し過ぎて、聴く度に本当に事実なのかと疑いたくなるわと呟いた。でも事実なのでしょうと問うと、確かに此の新聞記事の様な物的証拠に、エミリー大叔母さんの証言も有るから、発条足ジャックの騒動は紛れも無い事実なのだろうけれど……だからと云って『フランケンシュタイン』やら『人造人間』やら『不老長寿』なんてモノは到底、信じられる訳は無いわよと笑いながら云った。

 では何故――エリス御婆ちゃんは、そんな創作を交えたのか? 

 思うに……不老長寿や永遠の若さといったモノが、エリス御婆ちゃんの憧れだったのかしらと私なりの感想を伝えるとリンダは、「其れがそうでも無いみたいなんだ」と、あっさり否定された。


 エリス御婆ちゃん曰く――例のケムラーさんが発した言葉らしいが……『出逢いと別れが多すぎて嫌になる……良い奴等に逢う度に、此奴等と共に歳を取れたら幸せなんだろうかと、思っちまう自分が……之又、嫌になる……』と、侘し気に語っていたそうである。

 あの寂しげな表情を思い出す度に――結婚して、子を産み、育てて、歳を取って死ねる事が出来る私達の方が何倍も幸せなのだと、常々に語っているとの事。

 エリーさんとアンリさんは如何にも科学者然とした、一種独特な達観した考えの持ち主だそうで、不老長寿に不満は無い様子であったが――其れに対してケムラーさんは未だ、『人間』に近い思想の持ち主だったみたいとの事である。

 今の話を聴くと又、疑問が残る……繰り返しに為るが何故、エリス御婆ちゃんは『不老長寿』に関わる話しを発条足ジャック事件に盛り込んだのだ? 

 リンダは其れはエミリー大叔母さんから後に貰った例の本……つまり、ケムラーさんと其の場に居た老先生の機転で修復して貰った本が『フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス』だったからでは……本の内容に影響を受けたからではないかとの見解だ。確かに其の考え方が、尤も理に敵っているかな? でも、あの小説の中に出て来る怪物――人造人間が、長生きしたとの描写は無い筈だけどな……。


 エリス御婆ちゃんは一寸、危ない運転技術や車の違法改造、警察車両からの逃走方法等の講義を漸くに終えた。ノエルは、とてもじゃ無いが実践は出来ないなと云った表情である。


「御免なさいねぇ……近頃は運転してないけれど、車の事になると、ついつい熱くなっちゃって……それじゃあ、話しを戻しましょうかね。あれは、デイブの出征前……の侭じゃぁ、戦地に送り出せないからと主人が娼館へ連れて行ったんだけど、あの腰抜け息子は途中で逃げ出しちゃってねぇ……。初めての相手は好いた女じゃなきゃ、嫌だと駄々こねて――其の当時、付き合っていた彼女……今の御嫁さんだけどね。彼女の前で地面に頭ぁ、擦り付けて、拝み倒して……」


 もう毎回の事だが、全然違う話に為っている。しかも今回はリンダの御父さんの初心ウブな思い出話である。御父さんは、「此の糞ババァ! 子供達の前で何て話を、しやがる‼」と激高しながら母親に掴み掛かる。家族や従業員達が必死に止めに入り大騒ぎとなっていたが、リンダの御母さんだけが照れ臭そうに笑っていた。我々も慌てて、ハロウィンの夜カーチェイスが終わった処ですと話しの件を伝えると、エリス御婆ちゃんは息子の首を、強烈な裸締めで窒息させ掛けながら、「あらあら、そうだったわね」と笑顔で答える。本当に此の御婆ちゃん……癖が強すぎる。

 ゲホゲホと咳き込む息子を余所に、エリス御婆ちゃんは、「此の御話しも、そろそろ佳境よ……まあ、此の話を纏めるなら雅に『灯台下暗し』って処ね」と、カラカラと笑いながら楽し気に云った。

 灯台下暗しとは如何云う事だろうと、皆が考え込んでいたらケインが、「まあ、何て云うか……『青い鳥』みたいな……」と例えた。リンダは、かの名作と御婆ちゃんのトンデモ話を一緒にしないで。メーテルリンクに謝りなさいと𠮟っている。


「皆さんは人生において、謎や探し物、解けない問題等が御有りですか? もし有ると云うのなら、自分の周りを見て下さいな……きっと直ぐ側に答えは有りますよ。私も此の間、長年探していた鞄を家の敷地で見つけましたからね。私は此の発条足ジャック事件に関わって以来、物事を難しく考えるのはよしました。答え何て直ぐ其処に転がっているモノだと思い知らされましたもの……世間様が云う様な『発条足ジャック事件』なんて私から云わせて貰えば、謎でも何でも無かったわさ」

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