第28話 ハロウィン狂騒曲③
発条足ジャックとの追いかけっこが始まった。奴は高く飛び上がるだけでは無く、地面を跳ねる様に素早く奔る事も出来たのよ。オマケに街中の壁や屋根を縦横無尽に伝って飛び跳ね廻れるから、私達のP号……自動車の速さにも対抗出来る程に素早しっこい奴だったわさ。改めて三代目の発条足ジャック――発条付き軽鎧とバーミーの身体能力には驚かされたわ。
私達のP号は余分な絡繰り人形が付いていたから、速度はイマイチだったわね。
まあ、其れでも平均二十マイル以上は出ていたかしら……遮蔽物の無い郊外だったら、直ぐに決着が付いていたでしょうが、遭遇場所が不味かったわね。でもエリーさんの運転技術は大したモノだったわ。狭い路地も急な曲がり角も、ものともせずに奴を追い回してたもの。
角を一つ曲がる度に、姉の悲鳴が高くなる。そして、あの無機質で不細工な絡繰り人形が発条足ジャックを追い掛けながら、高速で奔る姿を正面から見た人々は、さぞかし恐ろしかったでしょうね。実際、私の同級生が何人か目撃してしまったのだけれども――皆揃って、トラウマに為ってしまったそうよ。
発条足ジャックは超人的な素早さで直角の角を曲がると、其処に止めてあった荷車を奪い、坂道を高速で疾走し始めた。エリーさんも負けじと、逃げ惑う人々を器用に避けて、曲がり角ギリギリ……衝突寸前の処迄、我慢をして一気にハンドルを切ってブレーキを踏み込み直角にケツを流す――瞬時にギヤを入れ替えアクセルを踏み込み、急加速で発条足ジャックに追従する。細い裏路地に飛び込み、クネクネ道を巧みな体重移動で進み、大通りへと飛び出す発条足ジャック――神掛かったハンドル捌きでエリーさんも其れに続く――大通りでは何度か接触を繰り返し、互いに転倒を狙うも儘ならず。そして坂道も終わり、荷車が減速し始めると躊躇いなく其れを捨てて、発条足ジャックは横っ飛びに荷車から跳び出し、今度は壁伝いに奔って脇道に逃れた……此処が好機と思ったエリーさんは大回りで奴の進行方向に向かい、待ち伏せしようとしたけれど、発条足ジャックは乳母車を奪っており、更に細い路地を疾走していたのよ――雅に息を呑む様なカーチェイスが続いたわ!
「チィッ、素早しっこい奴め……アンリ! P号、攻撃形態に稼働開始して‼」
「了解だべ。P号、両腕部稼働。対発条足ジャック用、剣撃形態に変形だべ‼」
絡繰り人形の両腕が、ガシャコンと音を立てて変形しながら伸びていった。そして其の腕には、此の前ケムラーさんが買って来た剣が内蔵されていて、P号の手の先に握られていたの。ケムラーさんは驚いて、長い外套の内側に隠している新たな愛刀を確認していたわ。如何やらサノ・ユキヒデは無事だった様で安堵していたわね。
P号の両腕がガシャン、ガシャンと上下に動き始めた。初めはゆっくりとした動きだったけど、次第に速さを増していき――最終的には物凄い勢いで剣を振り回しだしたの。まるで夫婦喧嘩をした後の母が、狂った様に野菜を刻んでいる姿を連想しちゃったわ。まあ……其れを云うと私達女性は皆、当て嵌まっちゃうかしらね?
此の凶暴なP号の進撃の前には流石の発条足ジャックも、「むははっ?」と驚きの声を挙げて必死に逃げていたわ……と云うより奴のみならず、全ての人々が恐慌状態に陥っていたわね。彼方此方から聞こえて来る阿鼻叫喚の声――細切れにされる御店の看板やら御祭りの飾付け――P号の通った跡は、陽気な筈のハロウィンの夜の雑踏が、墓場の様な静寂へと変わってしまったわさ。
「ハハハッ、見たか! おててグルグル回転攻撃の威力を、之が科学の力だー‼」と、得意げに叫ぶエリーさんとアンリさん。流石の発条足ジャックも少し焦りと疲れが出て来た様で、乳母車を捨てて屋根に飛び上がり、其処で呼吸を整えていたわ。姉は今迄に聴いた事の無い様な奇妙な悲鳴を上げ続けており、「エリス、御願いだから大きくなって、彼奴を捕まえちゃって」と、意味不明な事を云い出したの。そんな事、出来ないよと云ったら、「じゃあ、小さくなって何処かの頑丈な家の隅に逃げ込もう」と益々、訳の分からない事を呟いていたわ。
私にとっては、最高に興奮する出来事だったけど――姉にとっては、最悪な出来事だったみたいね。
エリーさんは見事なターンで発条足ジャックの正面に車体を向けて、「よし、アンリ! おなか機関砲準備だー‼」と、何やら不吉な言葉を吐いたの。ケムラーさんが咄嗟に、「馬鹿野郎! 街中を戦場にするつもりか‼」と、止めてくれた御蔭で――恐らく凄惨に為ったであろう場面は回避出来たわ。エリーさんは渋々と、「じゃあ、あたま鉄砲……」と云って、アンリさんが幾つも有るレバーの内の一つを引くと、P号の頭頂部からピョコンと小さな銃が出て来て、発条足ジャックに向けてパンパンと撃ち込んだわ……でも奴は難無く躱していたわね。一寸、間抜けな光景だったわ。
呼吸を整え終えた発条足ジャックは、煙突の陰に隠れてコソコソと何やら小細工を始めた様だわさ……そして姿を晒すと、其の手の先で小さな手提げ袋をクルクルと廻していたのよ。何をしているのかと思った次の瞬間、勢いよく手提げ袋を私達――P号に向けて投げ付けたわ。
そして手提げ袋がP号の左腕に触れた途端――ドカンと爆発! 車体は大きく揺れて、P号の左腕が根本から吹き飛んだわさ‼
「ひゃああああー‼」
「みぎゃあああー‼」
「な、何だー⁉」
「投擲爆弾だー‼」
「む、むっは~、ど、如何だ! ざまぁ見るだ~‼」
何と、発条足ジャック……バーミーの御手製、手投げ弾だったのよ!
幸いにも小さい分、威力は其れ程では無かったけれど、充分に危ない武器だわさ。
エリーさんとアンリさんは、御自慢の発明品が壊された事に怒り心頭の様子で、逃げる発条足ジャックを直ぐに追撃したわ。ケムラーさんが大丈夫なのかと訊くも、「フランケンシュタイン
発条足ジャックは屋根の上から逃走経路を確認していた様で、長い坂道の有る道路に降り立ったわ。そして今度は積み荷が乗っかっている荷車を奪うと、勢い良く坂道に下り始めたの。積み荷が乗っかている分、速度も増していたわ。エリーさんは今度こそ、おなか機関砲をと叫んで、射線を取ろうとした雅に其の瞬間――発条足ジャックの右手の人差し指の先には、小さな手提げ袋がクルクルと廻っていたわ……。
しまったと云う間も無く、発条足ジャックは振り向き様に投擲爆弾を投げ付ける。
P号の絡繰り人形の頭部が、ボガン‼ と云う轟音と共に、はじけ飛んだ――車体が大きく揺れる。
「おわっ⁉ 頭ぁ、吹っ飛んだじゃねえか! 一旦、停車しろ‼」と、云うケムラーさんの意見もエリーさんとアンリさんは全く聞き入れず、「未だだ! たかが
本当は、こういう感情は恐怖心の欠如としてイケない事なのよねぇ……まあ、当時は何も知らなかった子供の悪ノリって事で許して下さいな。今となっては勿論、反省してますよ。私とは対照的に姉は泣き叫びながら、「エリス、私を揺さぶって子猫に戻して! 夢から覚ましてぇ~⁉」 と、愈々もって可笑しな事を云い始めたの。
不味い……之は精神的に、かなりキテると幼心にもハッキリと判ったわ。
「ケムラーさん! おねいちゃんが何だか、アレな感じだよう‼」
「解ってる。之以上、こんな馬鹿騒ぎに付き合い切れねぇ……二人共、フケるぞ!」
そう云うとケムラーさんは私達を抱き抱えて、P号から飛び降りたの。流石は人造人間のケムラーさん――奴の様な特殊な鎧なぞ着込まなくても生身の身体で……子供とはいえ、人間二人を抱えて疾走する車から難無く飛び出し、フワリと着地して見せてくれたわ。本当、恰好良い‼
P号からはエリーさんとアンリさんが、「酷いよ、ケムラー! 逃げるつもり?」「敵前逃亡とは、如何いうつもりだべやー!」と叫んでいる。其れに対してケムラーさんは大声で、「やかましい! 手前ぇ等の発明品は子供の情操教育に宜しく無いんだよ‼」と云い返していたわ。
そんなこんなしている内に発条足ジャックは先程同様、横っ飛びに荷車から逃げ出したの。そしてP号は矢張り先の爆発で、電気系統が壊れて操縦不能に陥ってしまった様で――小規模な爆発を繰り返しながら無人の荷車を追い越して……遂には凄い火柱を挙げて爆発炎上してしまったわ。でも、遠目ながらにもP号の左右から、
でも悲しい事にP号は壊れてしまった。ムカつく貌立ちだったけれど――居なくなると少し寂しいわね。さようなら……P号……たった一夜の付き合いだったけれど、彼方の事は忘れないわさ……。
ケムラーさんは彼奴等の発明品は精神衛生上にも良く無いし、健康にも悪い等と、散々文句を述べていたわ。暫くすると姉が幾分正気を取り戻したの。未だ眼差しは虚ろな感じだったけれど、ケムラーさんの腕の中に抱き抱えられている事に少し戸惑いながらも嬉しそうだったわね。そして、か細い声でケムラーさんに問い掛けたの。
「……私……夢から覚めたのかしら……?」
「ああ……大変だったね……でも、悪い夢は終わったよ。少し休むと良い……」
そう云って、ケムラーさんは姉の頬に軽く
結局、発条足ジャックには又、逃げられてしまったけれど――私にとっては如何でもいい事だったわ。だって、写真を貰えて、御菓子も食べれて、物凄いカーチェイスを経験出来て、オマケにケムラーさんから
家に着くと予想通りと云うか、予定通りと云うか両親は未だ帰って来ていなかったわね。翌朝早くに、二人してニヤニヤしながら戻って来たけれどね。
まあ、其れはさて置き――姉を寝間着に着替えさせてベッドに寝かせるも、私は未だ興奮冷めやらぬといった感じだったので、眠くなる迄はケムラーさんが話し相手になってくれたわ。二人できゃいきゃいと話しをていると、其の内にエリーさんとアンリさんが這う這うの体で戻って来たわ。爆発の影響かしらね――髪の毛がチリチリに為っていて、まるで葱坊主の様だったわさ……。
二人はケムラーさんに向かって、此の裏切り者と責め立てていたけれど――逆にケムラーさんから、もう少し自重しろと怒鳴られていたわね。私は、なんだかんだ云っても、仲良さげな三人の遣り取りを眠くなる迄、楽しく聴いていたわさ。
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