第27話 ハロウィン狂騒曲②
クランクを廻すと、一発でエンジンが掛ったわ。アンリさんとエリーさんは良い調子だと、満面の笑みだったわね。あの頃の私は未だ幼くて――唯、車が動いたという事で大喜びしてたので、詳しく機構を見てなかったのが今でも悔やまれるわさ……でも間違い無く、あの車のエンジンは四気筒――若しくは其れ以上、あったわね。
一九〇四年の段階で、あの馬力と奔りを実現出来ていたなんて本当に凄い事なのよ! 信じられないわ‼ 医術技術だけではなく、機械工学に於いても彼等は天才だったのよ……何で彼等は車産業に関わらなかったのかしらね、勿体無いわさ……。
人を七人も乗せて軽快に奔る様は、当時としては常識外れも良い処よ。其の姿は雅に圧巻だったわ、奇異な見た目も含めてだけどね。道行く人々は皆、振り返っていたわさ。其の視線を浴びながら街を流すのは快感だったわね、私は何だか得意に為っていたわ。姉は一寸、恥ずかしそうにしてたけれど……。
車が目抜き通りに着くと、最初からの決め事だったのかしらね――父と母は彼等に私達を預けて、しけ込んだわ。エリーさんは、「ごゆっくり~♡」と、ニヤニヤしながら見送ってたわね。解るでしょ……御祭りの夜は宿屋だけじゃなく、あちこちの商店や民家でも空き部屋を利用して、低額で臨時の連れ込み茶屋を開いていたのよ。勿論、御上にゃ内緒でね。あの当時は父も母も三十代、未だ未だ御盛んな歳だからねぇ……当時の私は幼子だから何をしに行ったのか判らなかったけど、オマセな姉は頬を赤らめてわね。
まあ、私も年頃の時期には御祭りの度に良く利用していたモノだわさ。勿論、主人とよ! 他の殿方とは行かなかったわさ‼ 其処は信じてくださいな。
あらあら……又、話しが脱線しちゃったわね。そう云えば最近では其の手の商いは余り、やっていないんだってね? 皆、態々木賃宿を使っているのかい? 昨今の御上は、なんでもかんでも取り締まるから嫌になっちまうわねぇ……。
こらこら、リンダ。御婆ちゃんの首を絞めるのは、およしなさい。話しを元に戻すから……。
自動車の周りにはワラワラと人だかりが出来たわ。大抵が子供達だったけどね。
皆、口々に色々な感想を述べていたわね。
「スゲー、何だ此の山車⁉」「何だか恐い位に不細工だわ」「気持ち悪いよぉ……」「之、さっき自走してたぞ」「嘘つけ、こんなデカいのが奔るかよ」「本当さ、僕も観たよ。之、蒸気機関だよ」等々、子供達は大はしゃぎだわさ。其の中には学校の友達もいたから、私達姉妹を見つけると、あれやこれやの質問攻めにあったわさ。
「なあ、エミリー。之、蒸気自動車なのか?」
「えっと……確かガソリン自動車だったかしら? 私も良く解らないけれど……」
「いいな、いいな、おいエリス! 俺達も乗れないか?」
「ダメだよう。ウチのモノじゃあ、ないんだから」
はしゃぎ捲くる子供達にアンリさんとエリーさんは、手慣れた様子で御菓子を配って退散させていたわ。エリーさんは満足気に、「はは、僕達のプリンス号は子供達にも大人気だね♡」と嬉しそうにしていたわ。確か、不細工とか気持ち悪いとか散々、云われていたのに、悪口部分は聞こえなかった事に為っているのね。
それにしてもプリンス号って名前は大仰に過ぎるというか……聊か受け入れがたい名前だわさ。如何やらアンリさんもケムラーさんも同様だった様で、「ちょいと、似合わん名だべ」「此の貌でプリンスは無いだろ」と辛辣に云い放ったわ。
「じゃあ、名前変える?」と、エリーさんは余り此の自動車の名前に拘りは持っていなかった様なので、皆で新たな名前の候補を挙げていったわ。
「パニッシャー号」「プロジティー号」「プログレス号」「パキッシュ号」等々――最初がプリンス号だった為か皆、Pから始まる言葉が続く。
「ピーナッツ」「ポーキー」「ピー」「ポー」「プッシャー」……段々、適当でない言葉が出始める。ケムラーさんが、いい加減にしろと怒り始めた。そして、「面倒臭え、P号だ」と云い、強引に此の絡繰り人形付き自動車の名前が決まったの。
車の名前も決まった処で、之から起きるであろう発条足ジャックとの対戦についての相談が始まったわ。なんで発条足ジャックは必ず現れると思うのかと質問したら、御祭りの夜を逃す変態は居ないんだよと、良く解らない理屈を述べていたわね。でも、出没するのは、もう少し日が暮れてからとの事。科学的根拠に基づき、あの手の変態の習性や行動は手に取る様に解るんだと、アンリさんとエリーさんは自信有り気に語っていたけど――ケムラーさん曰く、単なる長年の勘だと呆れながら云ってたわ。「でも、勘とは云え……奴が現れるのは確実だと思っているよ」と表情を硬くして云うので、何だか私も何となくだけれど現れる様な気がしてきたわ。
私達は車で街中をグルグルと周り、彼等は地図に色々な書き込みをしてたわね。そして街の至る所に警察官や手下の人達を配置させては、様々な指示を事細かく出していたわ。之から始まる大捕り物を前に、否が応でも私の期待は膨らんで来たわさ。
でも、そんな私の期待を打ち砕く様に彼等から無慈悲な言葉が発せられたのよ。
「それじゃあ、祭りも一通り楽しんだ処で、御嬢ちゃん達を家に送るべ」
「そうだね、あっと――御両親は朝帰りに為るかも知れないから、鍵はちゃんと掛けとくんだよ」
えぇ~、そんな‼ 此処迄、来て私は仲間外れに為っちゃうの⁉ 確かに発条足ジャックとの戦いの場は危険なんだと判っちゃいるけど……其れでも観たいわさ……。
嫌だ嫌だと渋る私の頭を姉が撫でながら、「自動車にも乗れたし、御菓子も沢山買って貰ったのよ――御祭りを楽しんだ内に、さっさと帰るのが僥倖でしょ」と、反論の余地無い言葉で窘められたわ。彼等だって、別に意地悪をしている訳じゃ無い。寧ろ、私達を
そんな私の様子を見兼ねてか、エリーさんが御褒美をくれたのよ。
「ようし、二人共。P号の前に立ってごらん」
そう云うと、私達姉妹はP号の前に立たされ、あれこれと立ち位置を調整させられたわ。そして、「暫く動かないでね」と云われ、二人共何が何だか解らずにキョトンとして立ち尽くしていたの。でも其の間、P号と眼を合わせているのは若干、不愉快だったわ。いきなり、P号の貌から怪しい光と大きな音が聞こえた。私達はびくりと肩を震わせたわ。一体、何が起きたのかとオドオドしていると、エリーさんが一寸、御菓子でも食べながら待っていてと云い、P号の側頭部から二本の棒を引き出すと、今度は其処に暗幕を引掛けて、何やらP号の頭の中でゴソゴソと遣り始めた。
暫し待つ事、数分間。「ほら、出来たよ♡」と、エリーさんが渡してくれた物は二枚の写真だったわ! 何とP号の頭は写真機だったのよ、そして撮った写真を直ぐ様、現像出来る暗室も兼ねていたんだわさ‼
私達は一枚づつ写真を貰って、きゃあきゃあと大喜びだわさ。ケムラーさんも此の仕掛けには驚いた様で、「凄えな、之で商売出来るんじゃねえ」と感心していたわ。
アンリさんとエリーさんが、之は正体不明の物を発見した時に、直ぐに情報収集出来る様に開発したんだよ。まあ、写真屋の真似事も出来るけれどねと、得意気に云っていたわ。記念写真を貰えて、私はすっかり御機嫌に為ったわさ。
彼等は私達の家路に向かい、車を奔らせたわ。もう私は彼等に付いて行く気は全く無くなっていたわ。大人しく家で待っていて、発条足ジャックをやっつけたとの報告を聴くつもりでいたのよ。
でも――其処は期待を裏切らない、三代目発条足ジャックだったわさ……。
突如、絹を切り割く様な女性の悲鳴が幾重にも響き渡ったわさ。アンリさんは慌てて、P号の頭に付いている
「でぇ~、出やがったな、此の野郎‼」
「む、むは~! ま、ま、又、御前ぇ等かあ~‼」
「くそう、予想より早い出現だったべ」
「子供達は降ろせなかったけど、致し方無い……二人共、覚悟を決めてね!」
発条足ジャックの発条付き靴が大地を大きく蹴る音に釣られたかの様に、P号の発動機の排気音も獣の如しに唸る。そして其の轟音に負けず劣らず――姉、エミリーの悲鳴が、暮れ始めるリヴァプール市街の空に響き渡ったわ……。
私は自分の悪運の強さを神に感謝したわ。さあ、いよいよハロウィンの夜に起こった、恐らく英国史上初のカーチェイス! 狂騒曲の始まりよ‼
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