第26話 ハロウィン狂騒曲①


 エリス御婆ちゃんは二度目の御花摘みに席を立ったので、話は一時中断。

 それにしても驚いた――エミリーさんの暴力性やロボット付き自動車や剣術の師匠やらの話も然る事ながら、私達の知る発条足ジャックの童歌をエリス御婆ちゃんの思い出話の中で聴く事になるとは……。

 あれは雅かボブが、古い伝承等を研究しているロンドンの友人から借りた、一八六十年代頃の古い小冊子に収められていた詩の一つである。其れも著名な人物が書いた本なぞでは無い、一般の無名な音楽教師が個人的に纏めた、色々な地域の子供達が作った、其れこそ星の数程に有る童歌の中の一つなのである。

 ロンドンの何処かの街角で僅かな期間しか唄われていなかった、忘れ去られていて当然の様な童歌を、遠く離れたリヴァプールの街の老婆の昔話の中で聴くなんて……話の流れからして全く有り得ない事では無いにしても、此の天文学的数値の偶然に私もボブを眼を丸くしていた。


「ねえ、ボブ。何て云うか、其の……吃驚よね……」

「う、うん……偶然ってヤツは、意外な処に有るモノだな……」


 件の発条足ジャックの童歌は未だボブと私しか知らなったので、混乱を避ける為に皆には黙っていようかと相談していたら、不意にケインが不思議そうに話し掛けて来た。


 「あれ? ボブ――正気に戻ってるね……」


 流石は長い付き合いのケインだ。何時ものボブなら此の手のハチャメチャな話を聴いていると、そろそろ限界に達して発狂していてもおかしくない頃なのに、普通にしている彼を見て意外に思ったのだろう。幾ら感情変化の激しいボブでも、此の万分の一の偶然には正気に為らざるを得なかったようだ。取り敢えず先の決め事通りに、適当な理由で誤魔化して話を逸らせる。


「あ、ああ……其れよりも此の先は、どんな展開に為るのかしらね?」とケインに話の続きを尋ねると渋い貌で腕組みをし、うぅんと唸ってから語り出した。

「此の先は雅に漫画の様な展開さ……残念な事にエリス御婆ちゃんの創作では無く、紛う事無き実話らしんだよ。何せ当時の新聞にも件の騒動が掲載されたそうで、エミリーさんが後にスピード恐怖症に為ってしまったそうなんだよ」と、想像以上の大事件である事を知らされた。

 エリス御婆ちゃんと一緒に家に上がったエリック御兄さんが一足先に屋内から戻って来ると、私達に面白いモノを見せてやると手招きをして皆を集めた。其の手には一冊の古いアルバムを持っており、開いたページには古い新聞記事の切り抜きと、可愛らしい二人の少女が仮装をした写真が貼ってあった。如何やら小さい方がエリス御婆ちゃんで、其の隣がエミリーさんだろう。エリス御婆ちゃんの仮装がアリスで、エミリーさんはハートの女王か、赤の女王かしらね。それにしてもエミリーさんの子供時代の貌はリンダにそっくりである。先程に家族の皆さんが隔世遺伝と云っていたのが良く解る。話を聴く限り、貌だけで無く性格迄も似ているな。

 そして新聞記事の方には『ハロウィンの夜の狂騒曲――絡繰り自動車、大暴走』と書かれている。記事の内容は、ハロウィンの夜に御祭り用の装飾自動車が故障して、リヴァプール市街を暴走した。しかし大きな被害は無かったのが幸いであるとの事。


「此の写真は例のケムラーさん達に撮って貰ったそうだ。新聞記事の方はグラントン商事の圧力で、此の程度の小さい記事で誤魔化したそうだぜ」と、エリック御兄さんは笑いながら云う。しかし実際は、あの気の強いエミリーさんが一生のトラウマに、スピード恐怖症に為ってしまう程の大騒動であった。御父さんが、「子供の頃にな、エミリー叔母ちゃんトコの家族とドライブに出掛けた事があるんだけどよ……母さんが調子に乗ってスピード上げたら『速度を落とせー‼』って、怒鳴り散らかしてさあ……母さんの首を本気で絞め挙げたんだよ。いやぁ、あん時の叔母ちゃんにはビビったなあ……完全にからよお……」と、一寸した恐怖体験を語ってくれた。

 一体、此の先どんな話しに為るのだろう……続きを聴くのが少々、恐くなる。するとリンダが、「まあ、エミリー大叔母さん曰く—―『あの時の私達は、不思議の国の騒動に迷い込んだアリスだったわ』との事だそうよ」と、少し呆れた様に云い放つ。

 エミリー大叔母さんの証言だから、之から始まる話しは紛れも無い事実なのだけれど――だからこそ馬鹿馬鹿しさが際立って嫌になる様な内容だから、覚悟して欲しいと我々に……特にボブに向かって云っているみたいだわ。ケインも其の横で、うんうんと頷き、そしてボブの貌が険しく為っていく。そうこうしている内にエリス御婆ちゃんも戻って来た。


「あらあら皆さん、お待たせしましたねぇ……さて、それじゃあ話しの続きと行きましょうか。たしかリンダが警察の拘置所で啖呵を切った処からだったかしらね……」


 相変わらず話の件が間違っているが、今回は全然違うリンダの武勇伝の話しに為っていた。選りにも選って禁忌とされるリンダの黒歴史に触れてしまった為に、一寸した騒動が勃発してしまった。リンダは叫びながらエリス御婆ちゃんの胸倉を掴み、激高している。家族の皆さんは必死にリンダとエリス御婆ちゃんを引き離していた。

 私達は慌てて、ハロウィンのカーチェイスの処からですと大声で伝えると、「あらあら、そうだったわ」と、孫の首を絞め返しながら陽気に答えた。既に解っている事だが――エミリーさんやリンダの個性に負けず劣らず、此の御婆ちゃんも相当な曲者であると改めて思う。

 泣きべそをかくリンダを余所に、エリス御婆ちゃんは、「あれは雅に姉、曰く――『不思議の国のアリス』を彷彿とさせる様な出来事だったわさ」と、楽しそうに続きを話し始めた。

 ラジオから流れてくる、ジェファーソンエアプレインの『White Rabbit』の陰鬱なメロディが、話しの雰囲気を怪しく引き立てる。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 私は青いエプロンドレスに身を包み、頭には細いリボンを結ぶ。姉は赤いドレスに、手作りの小さな冠を載せていたわ。不思議の国のアリスの『アリス』と『赤の女王様』の出来上がりよ。エリーさんは兎の耳を模った頭飾りを付けて『三月兎』、アンリさんは貌の両頬に髭に見立てた三本線を描いて『山鼠』、ケムラーさんは此の前、仕立てたシルクハットのリボンに、十シリング六ペンスと書かれた値札を差し込んで『帽子屋』に為ったわ。仮装もバッチリと決まり、之から自動車に乗って街に繰り出すんだと思うと、私も姉もウキウキだったわ‼


「何で……おら達迄、こんな格好させられてんだべ」

「御祭りだからね♡ それにアンリは、頬っぺたに三本髭描いただけじゃない」

「まあ……やってる俺達には、御似合いじゃねえの」


 不満を漏らすアンリさんに対して、エリーさんは乗り気だったわね。ケムラーさんもそこそこに楽しんでいる様だったわさ。でも彼の発した言葉は――其の時は唯の冗句と思って何の気無しに聞いていたけれど、後で思うにあの発言は歳を取れない彼なりの皮肉だったのかしらね……。

 其れはさて置き、私達が待ちに待っていた絡繰り人形付き自動車が遂に御披露目となったのよ! エリーさんが自信満々に掛けられてたカバーを取り外す‼

 私達家族は、「わあぁ!」と歓声を挙げたけど、次の瞬間には、「えぇぇ?」と貌を顰めてしまったわさ……。

 其処に現れたのは――今で云えば中型トラック程の大きさで、件の取り付けられた絡繰り人形は、縦幅は車体含めて八フィート以上は優にあり、横幅も五フィート以上はあったわね。兎に角、デカかったわさ。そして不気味と云うか、不細工と云うのか……アンリさんとエリーさんには悪いけれど、本当にムカつく貌だったわさ……何であんな貌立ちに拵えたのかしら? あれから七十年近く経った今でも不思議に思うわね。しかし得意満面のアンリさんとエリーさんの機嫌を損ねる訳にもいかないので、私達は凄いですねと御世辞を述べていたけれど……ケムラーさんは物凄く嫌そうな貌をしていたわ。小声で、「不細工過ぎる」と、私達と同様の正直な感想を云っていたわね。特異な存在の彼等だけど、ケムラーさんだけは一般的な感性の持ち主だったのよ。

 でも奔りは凄かったわよ! 余分な機能を除けば、もっと凄い車に為っていたのに……天才の頭の中身は私には理解出来ないわさ。



 ハロウィンの夜に降臨し、発条足ジャックを追い詰めた、幻の特別使用者車。

 ……其の名も、『P号』……。

 

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