第25話 変態男バーミー
スタッフェル先生達と別れた後、ケムラーさんの用事も済んだので私達はカフェでサンドウィッチを御馳走になっていたわ。ケムラーさんは紅茶では無く、珈琲を呑んでいたわね。私達は珈琲を呑んだ事が無かったから、試しに少しだけ呑ませて貰ったんだけど……あの苦さには参ったわさ、子供には毒だわね。最近の若い子は好きだってのも多い様だけど、私は未だに珈琲は苦手ね。
最初は自動車やハロウィンの衣装について等々、他愛のない御喋りをしていたんだけど、其の内に話の流れは発条足ジャックの事に為ったわさ。彼奴は一体、何者なのか? 何故に馬鹿な行動を繰り返すのか? 何か大きな目的でも有るのか? 云々とね……。
ケムラーさんも暫く考え込みながら、不意にポツリと語り出したわ。
「人は環境に左右されるモノなのさ。バーミーと呼ばれる彼奴も……発条式軽鎧なんて物を手にしちまったばかりに、三代目の発条足ジャックなんてイカレた怪人物に為り下がっちまったんだろうな。いや……彼奴からしてみたら、自由に動き回れる発条足ジャックに為れたと云うべきなんだろうか……」
ケムラーさんは先程、グラントン商事が雇っている情報屋から聴いた話しをしてくれたわ。三代目発条足ジャック――バーミーの過去をね……。
バーミー……本名はマイケル・バニアン。愛称はバーニーだそうだけど、蔭では皆が愚鈍なバーミーと呼んでいて、馬鹿にされていたらしいわ。
彼は二代目の発条足ジャックだった元庭師のヒューリーから、発条式軽鎧を受け継いだそうよ。此のヒューリーと云う男は初代の発条足ジャック、ウォーターフォード侯爵家から発条式軽鎧を盗み出し、暫くは自分で遊んでいたけれど警察のみならず軍に迄、追われる羽目に為って、発条足ジャックとしての活動を止めざるをえなかったんだって。体力的な問題も有ったみたい。
そして永い時が経ち――バーミンガムの鉄工所で働く老職工として生きていたらしいんだけど、偶然にも其処で且つての自分と同じ位……いや、其れ以上の運動神経と体力を持つ、バーミーと知り合ったんだって。一寸、愚鈍な処が玉に瑕だけど奴ならば若い時の自分よりも凄い動きの発条足ジャックに為れると思ったヒューリーは彼に近付き、発条式軽鎧の秘密を打ち明けたそうよ。初めは訝しんでいたバーミーも一度、発条式軽鎧を着込んで動いてみたら、其の性能に夢中に為ってしまったそうよ。
ヒューリーは発条式軽鎧を譲る条件として、絶対に人は殺さない事を誓わせたそうよ。初代も自分も此の、つまらない世の中に娯楽を与えたいだけとの信念で『発条足ジャック』という怪人物を創り上げた自負が有り、決して切り裂きジャックの様な残忍な犯罪者に貶めないでくれと頼んだらしいのだけど……バーミーは其れを聴き入れなかった。二人の務める工場の上司……常に皆の給料をピンハネし、無理な仕事を押し付ける嫌な工場長を、発条式軽鎧の能力を使い事故死に見せかけて、殺害してしまったんだって。
当然、ヒューリーは彼を厳しく叱責したそうだけど……でも、バーミーなんて渾名が付く位だから、普通の倫理観何てモノは持ち合わせていない様だったそうよ。そして口論の後、発条式軽鎧は自分の物だと云い放って件の鎧を持ち去り、バーミンガムの街から姿を晦ましてしまったそうよ。そして現在、此のリヴァプールに潜伏しているとの事だわさ。
バーミーは今、三十手前位の歳だとの事だけど……未だ英国に、キチンとした義務教育法が制定される前の世代だからね。五歳位から劣悪な環境の工場で朝から晩迄、働きづくめにさせられて、日曜協会にも行かせて貰えない、読み書きも教われない、真面な教育なんて受けられずに育てば知恵も付かず、性格が歪んでしまうのも致し方無いのかも知れないわね……。
産業革命が始まって以降は子供も重要な労働力として行使されて、其れ迄は極当たり前に有った、一般的な情操教育や道徳観念を育む土壌が失われてしまったのよ。
或る意味、便利な近代化の闇に生まれた忌み子――悲しい犠牲者なのかもね……。
私達の産まれた時代は法整備が整った後で、子供は皆が学校教育を受けられる様に為っていた事に感謝しないとね。そんな感想を姉が語っていたらケムラーさんは、そんな事は無いだろうと云うのよ。
「確かに産業革命によって幼い頃から辛い労働を強いられて――逃げ出して浮浪児に為った者や少年刑務所送りに為った者、果ては亡くなってしまった者達が大勢居る。しかし、大多数は何とか乗り切って大人に成長しているだろう。そして調和を重んじながら犯罪とは無縁の日常生活を送り、頑張りながら普通に平和に暮らしているだろう。君達の両親だって、未だ義務教育の恩恵を完全には享受出来なかった世代なのに――君達を産み、しっかりとした環境の元で立派に育てているじゃないか。雅に努力の結果だろう。努力を放棄し、自分の欲望の為だけに気軽に犯罪に手を出す様な輩に同情なんか要らないだろう。例えるなら、チャップマンや手下のチンピラ共に同情や憐れみなんて感情を抱けるかい?」
一寸、薄情な物云いだけど……言い得て妙とは此の事ね。発条足ジャックとウチの両親は同世代で同じ様な時代環境で育った筈なのに、えらい違いだわさ。我欲塗れの犯罪者と一般市民を同列に捉える事が可能なのは神様だけよね。姉も、「そうでした。奴等に憐れみなんて感情は持てません」と、何故か凛々しく答えたわ。姉の、こういう変わり身の早さは呆れる反面、何処か清々しいわさ。でも之って、最近流行りの
そして発条足ジャックの真に叶えたい目的と云うのが……其処迄云って、急にケムラーさんは口籠ったわ。一体、どんな恐ろしい目的が有るのかしら……。
気に入らない者は容赦無く殺し――女性達には嫌らしい痴漢行為を平然と行う――雅に悪党を絵に描いた様な犯罪者――三代目、発条足ジャックこと、バーミーは何を企んでいるの……。
「……あのな……之は余り、人には云わない方が良いかも知れんが……や、矢張り、君達には云えないな……」
此処迄、聴いといて今更其れは無いじゃない! 私も姉も是非、聴かせて下さいと頼み込んだわ‼ 私達も此の事件には巻き込まれているのだから、発条足ジャックの真の目的とやらを聴く権利は有りますと、姉は速射砲の如しの饒舌さで彼を説き伏せたわ。ハッキリ云って、唯の野次馬根性丸出しなんだけどね。
ケムラーさんは仕方無くといった呈で、話の続きをしてくれたわ。
「……ああ、其のな……ヒューリーの奴が云うにはな……バーミーの野郎は何でも、『オッパイとオシリの大きな女を手当たり次第に揉みしだいてやるだ~! 邪魔する奴は、ぶっ殺すだ~‼』と……巫山戯た事を、のたまっていたそうだよ…………」
私達の座るカフェテラスのテーブル席付近だけが、何故だか凍り付いた様な感覚に襲われたわ――御下劣過ぎる真実に皆、二の句が継げぬ状態だったわね。ケムラーさんは、だから云いたく無かったんだという表情をしていたわ。姉も眼を見開いた侭、まるで陶器人形の様に固まって動けなくなっていたわさ。空気が重く感じる……私は何だか息苦しく為って来たわ。そんな沈黙を破る様に、姉が厳かに口を開いたの。
「ケムラーさん。もし可能であれば、発条式軽鎧を取り戻した後に……バーミーさんを主の元に御届け下さいませんか?」
言葉を選んで丁寧な物云いをしてるけど……要するに、ぶっ殺してくれと云っているのよね……まあ、私も自分の街に危険人物が居るのは嫌だけど……。
姉の表情を崩さない無言の圧力は本当に恐いわさ……ケムラーさんも物憂げな貌で、「……心得ましょう……」と、呟くように答えたわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます