第22話 絡繰り人形付き自動車
ケムラーさんが語るには――サノ・ユキヒデという人が造った刀は、刀自体が持つ様式美を無視して、実戦特化の機能を追求した結果、地味な見た目に為っているとの事。しかし其の斬れ味は名立たる名工達にも引けを取らず、腕に覚えの有る者達が挙って購入したそうよ。でも悲しい事に且つて内乱に在った日本国で幾つもの勢力から刀を使われていた為に、敵にも刀を売る節操無しや、刀を唯の殺しの道具とする不届き者等々の謂れの無い誹りを受けてしまったんだって。
でも、近年では其の技術の高さが認識されて価値が見直されているそうよ。後年の彼が作成した刀には、日本刀本来の様式美もシッカリと造り込まれており、名刀として扱われているんだけど、過去に作成した刀は見た目が地味過ぎて其の価値を見誤れる事が多いんだって。だから今回の様に十把一絡げに安物の中に紛れてしまう事が稀にだけど有るそうよ。
「見た目が地味な上に、人斬り包丁なんて忌み名を付けられちまっているけど――実戦使用に於いては最高の一振りさ! でも、カゴシマ寄りの刀工だから俺の師匠には嫌われるだろうけどな……」
ケムラーさんの師匠なんて私も姉も興味が沸いたから、其の師匠さんの事について訊いてみると、とんでもない話しに為ったわさ。何でも彼は昔に日本国で二年程、警察で銃の指導教官をしていたらしいの。其の時に知り合った警部補さんが凄い剣術の使い手だったそうで、指導教官として赴任していたにも拘わらず、弟子入りさせてもらったんだって。其の師匠さんとは色々な事件現場に同行したらしいけど、余りの常識外れの腕前に『怪物』である自分も敵わないと思わせる位の強さだったそうよ。師匠さんの妙技を観る度に驚嘆しきりだと云ってたわ。でも彼の語る師匠さんの話しというのが……幾ら何でも大袈裟に過ぎる様な内容ばかりでねぇ……。
武装した三十人以上の強盗団を一人で壊滅させたりとか――犯人が嗾けた暴れ馬を一刀の下に両断したりとか――挙句の果てには犯人の放ったライフル銃の弾丸を刀ではじいたり、真っ二つに切り割いてしまった等々――子供の私達が聴いても到底信じられぬ様な事ばかりでねぇ……思い出を盛っているのか、美化しているのか……男の人って、そうゆう処が有るでしょう? ケムラーさんも超常の存在とは云え、一人の男の子として其の例に漏れずなのかしらね。だから私も姉も彼の思い出を茶化す様な事はしなかったわよ。
でも私は一寸、意地悪してケムラーさんも其の師匠さんみたいな業が使えるのと訊ねたら、「……う~ん……如何かなぁ?」と言葉を濁していたわね。通常の人間の二~三倍の体力を持つ人造人間とは云え、幾ら何でもそんな事が出来る訳が無いでしょう。まして唯の人間になら猶更無理だと思ったわ……未だ此の時はね……。
何にしても新たな名刀を手に入れられて良かったわ。そして折角、買って貰った志那饅頭が有るから皆で御茶にしましょうとなったの。エリーさんとアンリさんも、訳の分からない山車の組み立て作業が一段落付いた様なので御茶に加わったわ。
何気に二人が一生懸命組み立てている例の山車を見上げたのだけど……本当に見れば見る程、件の山車の上に鎮座している男の子の大人形はムカつく面をしていたわさ……もしアレが道端に置いてあったら、確実に蹴飛ばされるか落書きされているわね。でも大人形はさて置き、ゴチャゴチャとした機械部品には何か興味を惹かれるモノが有ったわ。そして独特な臭いの油……もしかしてと思い、訊いてみたら何とアレは内燃機関だって云うのよ! 雅か雅かの返答に姉妹揃って吃驚仰天‼ エリーさんとアンリさんは得意げに答えたわ
「あの山車はガソリン発動機搭載の自動車だよ。そして恰好良い、
何と自動車よ自動車! 此の時は未だ、フォード社の大量生産技術が実用される前だからね、皆の憧れの乗り物だったのよ、自動車は‼ まあ、あの絡繰り人形が恰好良いかは別として……。
私達は興奮して是非乗ってみたいと御願いしたわ。エリーさんは未だ完全に組み上がって無いけど、ハロウィンの当日には乗せてあげるよと約束してくれたの。私も姉も大喜びだったわさ。
でも、はしゃぎ捲くる私達とは対照的にケムラーさんは訝しむ表情だったわ。自動車に乗れるのが嬉しくないのと訊くと、奴等の発明品には何故か得体のしれない不安が常に付き纏うんだと、苦虫を嚙み潰した様な貌をして云うのよ。そして其の憂いは後に現実のモノと為るのだけれどね……私にとっては刺激的な体験だったけど――姉にとっては一生モノのトラウマになってしまったわ。
皆さんは『007』シリーズの映画は観た事が有るかしら? だったら話が早いわ。私達は恐らく、英国史上初のカーチェイスをしたのよ、ジェームス・ボンドも真っ青になる位のね! 車は一寸、アレだったけど……
あの時の爽快感が忘れられずに、私は女だてらに
あらあら、御免なさい。一寸、話がズレちゃったわね。でも、こうして思い返してみるとエリーさんとアンリさんは、矢張り天才と云って過言じゃない科学者達だったわね。あの当時にロボット付きの自動車を拵えるなんて、時代を先取りするにも程が有るわさ。少し……いえ、かなりおかしな処も有ったけれど……いえいえ、矢張りおかしいわね――天才と馬鹿は紙一重という言葉がピッタリだわさ。決して貶している訳じゃ無いんだけどね。
まあ何にせよ、私達姉妹とケムラーさんとエリーさんとアンリさんとで、リヴァプールの街を疾走した、あの一九〇四年のハロウィンの日は……特別に面白くて、可笑しくて、刺激的で、最高の夜だったわさ……。
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