第21話 掘り出し物


「……な、な、な、何じゃコリャ~???……………………」


 絶叫を挙げたのはケムラーさんだったわ。手にした刀を見つめ、ガタガタと震えていたのよ……余りの衝撃に歯の根が合わず、上手く言葉を発する事も、ままならないといった感じだったわね。そんな彼の状態に発条足ジャックも驚いて、キョトキョトとしていたわ。

 其の様子を理解してか知らずか、アンリさんとエリーさんが得意気に笑いながら、語り出したのよ――何か嫌な予感がしたわさ。


「ハハハッ、どうだいケムラー! 驚いたかい‼ 僕とアンリからの贈り物の出来栄えは――凄いモノだろう?」

「唯の刀剣とは一味違う、『フランケンシュタイン研究所』特製の万能刀だべ。有難く受け取るだ……なぁに、礼は要らねえだべ……」


 ケムラーさんが手にしている剣は、私の知っている剣とは違う――明らかにをしていたわ。先端の峰側には螺旋状の針? 側面は目の粗い格子柄? 真ん中辺りにはギザギザの切れ込みが有って、鋸の刃の様だったわ。下の方は更に深い、尖った数種類の切れ込みが有るのよ。鍔の直ぐ上は小さな金槌みたいに見えるわ。

 何だか男の子達が持っている、キャンピングナイフみたいな形だわね。

 そう口にするとと、エリーさんとアンリさんは、よく気が付いたねと嬉しそうに、あの奇妙な剣について説明しだしたわ。あの刃に刻まれた形状の用途は大体解ったけれど……あんなに大きな刃物じゃあ、使いづらいんじゃないかしら。戦う為の剣――『刀』にやらやらやらやら、其の他諸々の機能なんて要らないんじゃない? 

 ――と云うより、ケムラーさんは其の改造、知らなかったみたいよね。あの驚き様からして……其の内に怒り出すんじゃないかしら――又、エリーさんとアンリさんが、やらかした様な気がしてならないわ……。

 半ば茫然自失としているケムラーさんに向かって二人は、勝手に改造した刀の利点を得意気に説明し続けている。何であのケムラーさんの状態を観て、まるで彼が喜んでいるかの様に思えるのかしら? 

 ケムラーさんは震える声で、「俺の……セキノ・マゴロク……二代カネモト……希代の名刀……もう、二度と手に入らない……名刀……」と悲しそうに呟いていたわ。

 暫くするとケムラーさんの身体の震えが止まり――そして頬に一筋の涙の筋が伝ったわ。その直後、軽鎧の事で騙された時以上に――蒲焼用のタレを失った時以上に恐ろし気な瘴気の様な物が彼の身体から発せられたわ。そして其の表情は、まるで悪魔王サタンと見紛う程に怒りに満ち溢れていたわね……私は恐怖のあまり、エリーさんの背から飛び降り、急いで物陰に隠れたわ。

 エリーさんとアンリさんも此の不穏な状況に――自分達の、やらかしに気が付いた様で、「いや、あの、その……」等と云いつつ、じりじりと後退りしていたの。



「殺*≫%&#怨Σ⁉≧滅:+♪⁂|¥斬⇒@♯$潰◎□-△叩♬α‼β?壊~‼」



 ケムラーさんは先程以上の大声で何かを叫んでいたけれど聞き取れなかったわ。多分、怒りの言葉だとは思うけど……彼は狂戦士の如くに襲い掛かるが、二人も物凄い勢いで逃げ出したわ。後に残された私と発条足ジャックは、唖然として彼等の決死の追いかけっこを見送るしかなかったわさ。

 其の内に眼が合ったんだけど、御互いに何か気まずくてね……発条足ジャックは一応、「がおー」とか云って、威嚇の姿勢を見せたけれど、私も何だかシラケちゃて驚けなくて……其の後が続かなくなってね……発条足ジャックは居た堪れなくなった様で、すごすごと立ち去って行っちゃったわさ。

 暫くすると父や近所の人達が追い付いて来て、私は其処で保護されたわ。取敢えず本当の事を云うのは憚られたから……何だかケムラーさんが哀れ過ぎてね……彼等は発条足ジャックを追いかけて行ったと――私は危ないから此処に隠れていなさいと云われたと嘘を吐いたの。そして先に云った様に、私は家族や御巡りさん達に滅茶苦茶怒られちゃったわ。遠くではケムラーさんの怒りの咆哮と、エリーさんとアンリさんの悲鳴が夜の帳に木霊していたわ。


 翌朝、私は母にと御尻を叩かれた痛みを伴いながら、目覚めたわ。起き出したと同時に又、鋭い痛みがぶり返して来て、半ベソをかいていたわね。姉からは自業自得だと冷たくあしらわれたわさ。ケムラーさん達は朝食の支度を始めた頃に漸く帰宅したわ。全員フラフラになっていたわね。エリーさんは夜通し走り回ったけど、発条足ジャックは捕らえられなかったと息を切らしながら云ってたわ。でも奴の行動範囲は粗方予測出来たので、次こそはと意気込んで見せていたわ。本当は夜通し逃げ回って、御詫びに新しい名刀を数本買ってあげると、何とかケムラーさんを説き伏せて漸くに許してもらったというのが真相だけれどね。


 学校から帰ると隣家の庭先では、エリーさんとアンリさんが何やら御祭りで使う、山車の様な物を組み立てていたわ。訊いてみたら、「其の通りだけど一寸違う。之は対発条足ジャック用の新兵器だよ!」と云ってたわ。其の車の上に鎮座しているのは、何と云ったら良いのかしらね……不気味と云うか、ムカつくと云うか、間抜けた貌の男の子の大人形だったわ。後に此の山車は凄い事に為るのだけどね……。

 ケムラーさんは其の作業は手伝わず、外椅子に座って項垂れていたわ。未だ昨日の衝撃を引きずっている様だったわね。彼にとって刀とは其れ程迄に大切な物だったんだわ――何だか可哀そうと思っていたら、ふと思い出したの。私、刀を売っている場所、知ってるわとね。私は其の事をケムラーさんに伝えると、彼はあまり乗り気では無い様子だったわ。

 其れも其の筈、件のセキノ・マゴロクはフランスの刀剣収集家から、結構な御値段で漸く譲って貰った一品だとの事。彼の求める様な刀は、そんじょそこらの店では売っていない物みたいだからね。でも物は試しに観てみませんかと進めてみたわ。何故なら少し前に其処の御店で買った小汚い壺が、物凄い高値で転売されたという噂があったのよ。そんな御店だから、『もしかしたら』が有るかも知れないし……そう云うとケムラーさんでは無く、エリーさんが、「気晴らしに為るかも知れないし、行ってきたら? 御小遣いあげるから!」と私達と一緒に買い物に出掛ける事を促してくれたの。ケムラーさんも、「じゃあ、冷やかし程度に行ってみるか」と腰を挙げてくれたわ。


 私と姉とケムラーさんで御買い物! 母も、姉とケムラーさんが一緒ならばと快く送り出してくれたわ‼ 目指す場所は志那人街。今の中華街チャイナタウンよりも、昔の方が多くの志那人チャイニーズが住んで居て規模も大きかったのよ。前に家族で此処の料理店で食事をした事が有ったんだけど、其の時に近くの雑貨店で『刀』を売っているのを見たのよね。其の店の店主に訊いたら、之はサムライソードだと云っていたから間違い無いわ。件の雑貨店に到着するとケムラーさんは、まじまじと店内を見回して、軽く溜息を付いてたわ。やっぱり彼の御眼鏡にかなう物は無いのかしらと、凹んでいたら、「いや、御免。気を悪くしないでくれ」と謝ってくれたわ。姉は大人ぶって、此方こそ妹の浅慮に無理に突き合わせてしまって申し訳ありませんと、まるで私が無遠慮で無粋な我儘娘みたいな物言いで調子を合わせて来たのには一寸、ムカッとしたわね。

 でも折角だから、例のサムライソードも見せて貰おうか、エリスの云う事にも一理有るかも知れないしねと、優しい気遣いをしてくれるのは流石に紳士的で素敵だったわ。姉は一寸、悔しそうに私を睨め付けて来たけどね。

 そして店主に頼んで何本かのサムライソード――刀を見ている内にケムラーさんが、何気無く話し出したの。

「今度、仲間内でハロウィンの趣向で仮装をするんだ。其の時に『彷徨えるオランダ船フライングダッチマン』と『極東の幽霊船イースタンゴーストシップ』を演るんだけどよ、小道具として此の剣を……そうさなぁ……二本ばかり買ってやるから少し値引きしてくれよ」と云ったわ。本当に買う気なのかしらね?

 店主はサムライソードなんだからソコソコ高いよと云ったら、ケムラーさんはキョトンとして、「何、云ってんだい。之は『刀』じゃ無くて『倭刀』だろう? しかも御土産用の鋳造品じゃねえか」と挑発する様に云い放ったわ。店主はぎくりとして、何か云い返そうとしたけれど、間髪入れずにケムラーさんは、「ああ、俺は各国の古物取り扱いの業者……同業者だよ」と笑顔で云ったら、店主は、「巫山戯るな、紛らわしい真似しやがって!」と少々、御冠だったわ。ケムラーさんは、「悪い悪い、じゃあ三本買ってやるから、コレ位で如何よ?」と、かなり御安めの値段で件の剣を買い取ったのよ。因みに倭刀とは、清国で造られた日本刀サムライソードを模した剣だそうよ。最初は鍛造していたらしいけど、近頃では西洋人の好事家達の御土産用に手軽に造る為に、鋳型に流し込む鋳造品が大半らしいとの事だそうよ。


 私達は何だか、狐に抓まれた様な感じだったわ。何で彼は、あんな安物の刀擬きを買ったのだろう? ハロウィンで仮装をするの? 等と色々考えていたけど彼は無駄口は叩かず淡々とした侭で、私達は直ぐに店を後にしたの。帰りに彼は私達に志那饅頭を買ってくれたわ。其の店では食べずに家に帰ってから食べようと云って、速足で家路に就いたの。そして家に着くなり、「やったー‼」と叫んだわ。

 一体、何が如何なってと思っている内に私は閃いた。ひょっとしたら、とんでもないに当たったんじゃないかって! それは見事的中だったわ‼

 二本は唯の御土産品だけど、其の中に混じっているの刀――其れは見た感じ地味な造りで、刃文や装飾といった何の飾り気も無い刀だったわ。だけどケムラーさん曰く、之程に実践向きな刀は滅多に無いとの事。新たな名刀が手に入って喜ばしいんだけど……其の刀の異名が一寸、恐ろしかったわね。



「此奴は悲運の名工、サノ・ユキヒデ作……人斬り包丁だよ……」

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