第20話 刀
エリス御婆ちゃんは大好物だという、フィッシュ・アンド・チップスを食べ始めたので一旦、会話を止める。我々も次から次へと運ばれて来る料理と、悪戦苦闘の真っ最中である。其れにしても此処の皆さんは健啖だ――我々も若い学生だから其れなりに食欲は旺盛な方なのだが、如何せん之は厳しい。料理を運んで来てくれるスキンズの子達が、「兄さん、姉さん、頑張ってくれよ! 残すと社長達、機嫌悪くなるんだから……」「因みに、未だデザートが大量に有るからな……」との言葉に思わず皆、口に含んだ物を吐き出しそうになる。確かにケインの云う通り、夕飯は要らなくなりそうだ……。
エリック御兄さんが不意に、「婆ちゃんの話、鰻料理の件に来たか……一体ありゃ、何処の国の料理なんだろうなぁ……」と呟いた。あれ? 何処の料理か解らないのですかと訊ねたら、アジアの何処かとしか覚えていないらしいとの事。件のタレが入った瓶は割られてしまったので、ケムラーさん達の滞在中に『蒲焼』という料理は其の時の一度しか食べれなかったそうだ。本当は蒲焼に使う調味料の作り方を訊きたかったけれど、状況が状況だけに聴くのが憚られたそうだ。
「以来、蒲焼の美味しさが忘れられず、ひい婆ちゃんやエリス婆ちゃんやエミリー大叔母ちゃんが何度も再現を試みたそうだが……出来上がったのは、とんでもないゲテモノ料理に為っちまったそうだぜ」
何人かの外国人の料理人に御国の鰻料理を聴いたけれど結局、蒲焼には辿り着けなかったそうだ。御父さんは、「最近、若ぇ連中の間でアジアだインドだに旅行に行くのが流行ってんだろ。其の内に誰かが件の蒲焼の作り方を覚えて帰って来ねぇかな? 俺達も『奇跡の鰻料理』とやらを食ってみてぇと、皆で話してんだよ」と、楽しそうに云っている。確かに絶賛する程、美味しい鰻料理とやらは私達も食べてみたい。他力本願に為るけれど、バックパッカー達に期待したいものだ。
エリス御婆ちゃんは大盛りの料理を食べ終えると、勢い良くビール瓶を喇叭で呑み干した。見た目は上品そうなのだが中身は豪快である。
「ふう、此れしきだけど満足しちゃったわ。歳を取ると食思が落ちるわねぇ……皆さんは若いんだから、遠慮せずに沢山食べてね」
いやいや……エリス御婆ちゃん、労働者階級の成人男性並みに食べてるんですけど……若い頃はどれだけ食べていたんだろう。スキンズの子等が、「ウチの会社の慰労会、恐いだろ」と引き攣った笑顔で云う。確かに此の家のホームパーティーは覚悟無くしては来れないだろうな……ケインには悪いけれど、私はもう来たくない。確実に太っちゃう……。
我々は何とか出された料理を必死に平らげた。ボブはまるで漫画の様に膨れた御腹を曝け出して、そっくり返っている。其の横でケインが小声で、「本当に限界が来たと思ったら云え……コッソリ逃がしてやるから……」と友人を労わっていた。ボブは親指を立てて、「なんの、此れしき……未だ戦えるさ」と無理に笑って見せた。本当に此奴は見ていて飽きない位に面白い。
「さて……不老不死というのは果たして祝福なのか、呪縛なのか……其の答えを探す為に彼等は之からも彷徨うのかしら……」と、何故か話しが終わった呈で纏めに入ろうとしていたので、未だ訊き終わってませんと告げると、「あら、そうだったかしら」と慌てていた。リンダが発条足ジャックをサムライソードを持って追いかける処でしょと伝えると、「そうそう、遂に彼の本当の得意な武器――『
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「おりゃああああああー!」
ケムラーさんは庭の荷物の中から一本の鉄パイプを抜き去ると、発条足ジャックに突進して行った。奴も左前腕の小盾で応戦している。あの小盾は攻撃を受けるだけでは無く、打撃武器としても機能しているのね。そして右腕の籠手からは飛び出し式の鉤爪が現れた。一体、幾つの隠し武器が有るのよ!
其れでもケムラーさんは怯む事無く、一進一退の攻防を繰り広げている。御互いに未だ、決定打は決められない。ケムラーさんは特別な存在だから未だしも、発条足ジャックは普通の人間——幾ら軽鎧や発条付き靴や武器の有利が有るとはいえ、物凄い身体能力だわさ。でも流石に疲れが見え始めてきたわね。
「むは~……お、お前ぇ……何者だぁ? お、おでの動きに付いて来るとはぁ……」
「御前も人間にしちゃあ、やる方だな。まあ、其の発条付き靴が在りきだがな……」
距離が近すぎて御互い銃が使えない。使ったとしても二人の尋常ならざる動体視力の前では、矢張り御互いに躱してしまい銃を使った方が隙を作ってしまう。エリーさんとアンリさんはそんな事を話し合っていたわ、雅に戦闘の達人同士の闘いだと。
膠着状態が続く――私達家族も騒ぎを聴きつけて集まった御近所さん方も固唾を吞んで勝負の行方を見守っていたわ。
不意にケムラーさんが、「今日届いた荷物の中に、俺の『刀』は入って無いのか?」と訊ねて来た。エリーさんは、「ああアレ? 多分、下の方に有るよ」と云うとケムラーさんは、「探せ!」と大声で云い放つ。其の一瞬の隙を付いて発条足ジャックは高く舞い上がったわ。そして驚く聴衆を余所に屋根伝いに逃げ出したの。
ケムラーさんはチィと舌打ちをして、先の攻防で歪にゆがんだ鉄パイプを仕方なく携えて後を追ったわ。エリーさんとアンリさんは大量の荷物の中から、ケムラーさんの求める物を探し始めたので私達も手伝ったわ。けど『カタナ』という物が解らないので尋ねると、サーベルに似た剣だと云われたわ、サムライソードの事だったのね。
そして母が、「じゃあ、之かしら?」と件の探し物を見つけ出したわ。アンリさんは刀を受け取ると、ケムラーさんと発条足ジャックを追うと云ったの。私は如何しても二人の対決が観たかったので、勢い任せにエリーさんに向かって、「おんぶ!」と云ってみたの。案の定――ノリの良いエリーさんは、「はいな!」と云って私をおんぶした侭、後を追い出したわ。後ろから家族達の、「ええ~⁉」という驚愕の悲鳴が聴こえたけれど、速度に乗ったエリーさんの駆け足は止まらなかった。
途中でアンリさんが、「エル! 御前ぇ、何を背負ってんだべ⁉」と吃驚していたわ。エリーさんも思わず、おんぶって云われたから背負っちゃったと今更ながらに戸惑っていたけど、私はすかさず速くしないと見失っちゃうと叫んだら、二人は仕方無しに走り続けたわ。アンリさんは何て御転婆娘だ、後で両親に叱ってもうだと呟いていたわね。其の通りに後で両親と姉から、こっぴどく叱られちゃったわ。
街は既に夕闇に包まれ始めた。昨夜とは反対側の街外れの工場地帯――既に操業を終えた木材工場の敷地内でケムラーさんと発条足ジャックは対峙していた。アンリさんが、「ほれ、御所望の刀だべ」とケムラーさんに投げ渡す。彼は満面の笑みで其れを受け取った。
「ははは……漸く
「之はサーベル何て、チャチな物じゃ無え……世界最高の斬れ味を誇る『刀』だよ……御前なんぞを斬るにゃ、勿体無い位の名刀――セキノ・マゴロクだぜ!」
セキノ・マゴロクとは剣の製作者の名前らしいわ。後で聴いた話しによると、かなりの名剣だとの事で、御値段は新築の豪華な一軒家が買える位と云ってたわね。
其れよりも何よりも刀を持ったケムラーさんの迫力は半端な物じゃ無かったわ。
発条足ジャックも其の威圧感に若干、たじろいでいたわさ。ケムラーさんは厳かに刀を鞘から引き抜き、眼前に構えた瞬間――。
「ぎゃあああああああああああー⁉」
――夕闇の空を切り割かんばかりの絶叫が、辺り一面に響き渡ったの――。
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