第18話 商標登録
話を聴き終えた後――私は暫し、呆然としていたわ。
とてもじゃないけど信じられる内容じゃ無いもの。まるで馬鹿げているわ、子供の私をからかっているのかしらと思った一方で……何とも云えない現実味や真実味を感じたわね……だって、実際に散弾銃で撃たれた傷が、たった一日で治ってしまっているのだから。之は女の勘という曖昧なモノだけど……少なくとも私から見た彼の眼は、笑いながらも嘘を云っている感じが全然しなかったのよ。
其の内にアンリさんとエルさんが、多くの人足を引き連れて何台もの荷車と共に帰って来たわ。荷物を庭に解き終えて人足達を返すと、応接間に居た私の戸惑う姿を観て直ぐに察した様に、「僕達の話を聴き終えた処かな?」と笑顔で云ったわ。
私は自分の知る本の話と似て非なる、フランケンシュタインの話に少し混乱していると拙い言葉で伝えるとアンリさんは仏頂面で、あんな下らない小説と偉大なる博士の逸話を比べるなと、かなり御冠だったわ。エリーさんは彼女(メアリ・シェリー)の小説は別物と考えなきゃ駄目だよと諭そうとするも、御前ぇが適当な与太話を吹き込んだせいだべと更に怒りを増してしまっていたわね。
今から八十年近く昔――怪談話に興じる若い文士達の前で、エリーさんが自分達の過去を脚色して聴かせた事があったんだって。其の中の一人に未だ若かりし頃の、メアリ・シェリー女史が居たのだそうよ。彼女が貴方の話を元にして小説を書きたいと申し出て、エリーさんが大した考え無しに快く了承してしまったら――あの稀代の名作、『フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス』が完成したとの事よ。
「いや~あの、うら若き乙女が……新妻だったけ? 後々迄に読み語られる様な名作を書き上げてしまうなんて思いもよらなかったよ。雅に青天の霹靂ってヤツだね」
エリーさんが適当に有る事無い事を喋りまくった御蔭で、彼等の主人――ヴィクトル・フランケンシュタイン博士の名前は今やオバケと同義語に為ってしまったと、アンリさんは激怒していたわ。ケムラーさんも天才って奴は何処に居るか解らない。俺達は存在自体が大っぴらに晒せないんだから、余計な事は云わぬが吉だよと、エリーさんの軽率な軽口に呆れていたわね。そしてケムラーさんは何だか、わちゃわちゃと云い合う二人に威圧的な咳払いをして振り向かせると、取敢えず其処の椅子に座れ、大事な話が有ると云い放ったわ。序でに私もチャッカリ座って、話を聴かせてもらったの。
「まあ、為るべく怒らないつもりでいるから正直に云え――発条足ジャックが着ている、あの軽鎧――御前等が造ったんだろ……」
ケムラーさんは何を云っているんだろう。確か昔にグラントン商事の武器開発部で拵えた失敗作と説明してくれたわよね……何か、おかしな事があるの? そうケムラーさんに尋ねると、「いやいや、そういう事にしとけば俺達が発条足ジャックを斃して鎧を持ち帰るのに都合が良いから、嘘を吐いたんだ。一応、警察関係者も巻き込んでいるからね。先に話した通り俺達は他人の発明を盗むのは、しょっちゅうの事だからね……そう……あの『発条式軽鎧』は他人の発明品だった筈だよな……」と云ってから二人に向かい、「何で、俺に嘘付いた?」と問いただすも、二人は視線を逸らして黙り込んでいたわ。何で自分達が造ったのに態々、他人が造った物だと偽ったりしたのかしら? そう云えば……ケムラーさんが襲われたあの時も確かアンリさんは、「仕込み銃? そんなモン、おらは付けて無え」や「自分の才能が恨めしい」等と云っていたわね。私だけじゃ無く、彼も聴いていたみたいで其の事を指摘すると二人は急に眼を泳がせて、しどろもどろに為っていたわさ。
「……何か俺に隠しておきたい事でも有るんだろう……」との言葉に、二人はダラダラと脂汗を搔き始めたわ。如何やら図星を衝かれた様だわね。
ケムラーさんは、ふうと溜息を一つ吐くと、「じゃあ、今回の発条足ジャックの騒動について――此処迄の話を少し纏めてみようか」と云ったの。口調は穏やかだけど何故か彼の周りからは、おどろおどろしい瘴気が滲みだしている様だったわ……怒りを無理矢理に抑え込んでいる時の姉に似ていたわね……。
其れでも二人は何とか話を逸らそうと、
「先ず最初はスペインで『カーバンクル』とか云う、絶対に存在しないだろう怪物だか小動物だかを阿保みたいに探してたら急に今作戦を中止して、イギリスに向かう事になったんだよな。御前等が船便で届いたロンドンタイムスを読んだ途端に……余りにも急な移動だったから、新しい戸籍も偽名も用意出来なかった位に焦ってよ……」
カーバンクルとは、頭部に赤い宝石を付けた伝説上の小さな怪物なんだそうだ。アンリさん曰く、科学的根拠に基づいて存在すると仮定して探索してたとの事だけど……そんな可笑しな生物が本当に居るのかしら? そして彼等は長命で歳を取らない為、定期的に他人の戸籍を違法習得して偽名を使っているそうよ。でも今回は余りにも急過ぎる移動だったから用意が間に合わず、仕方なく本名を名乗っているとの事。因みにグラントン商事の会長、エドモンド・グラントン氏とはアンリさんが使っている幾つかの偽名の内の一つだという……つまりアンリさん自身がグラントン商事の会長だったのよ。どうりで羽振りが良い筈だわさ、其の正体は世界でも有数の大金持ちでもあった訳なのだから。
「イギリスに向かう目的は約、三十年ぶりに現れた『発条足ジャック』――其れが着込んでいる軽鎧に興味が有るとの事だったな……そして何故だかは知らんが、御前等は俺に発条足ジャックの着ている軽鎧は何処かの誰かが造った物だと嘘を吐いた。元々の持ち主は、あの金持ちの変態貴族――ウォーターフォード侯爵。奴が何処かの誰かに頼んで造らせたんだろ? 其処から三十年後位に軽鎧が盗まれて以降、軽鎧の在り処は様として知れなかった。イギリスに到着して早々に、グラントン商事の諜報機関や鼻薬を効かせた英国情報部の役人共を駆使して、ウォーターフォード家から軽鎧を盗み出した元庭師のフューリーという男を探し出して尋問した結果――バーミーと呼ばれる男に軽鎧を譲ったと……。そして其のバーミーの
此のバーミーという男は口調は馬鹿っぽいけれど、発条式軽鎧を扱える優秀な身体能力と、新たに隠し武器を付け足せる位の器用さを持ち合わせた人物であり、更には自分の邪魔をする者には容赦無く、殺す事も厭わない危険人物でもある。実際、俺は銃撃されて死にかけた――いや、人造人間でなければ確実に死んでいた筈だ。そして奴の隠れ家は未だ見付けられていない……大体、今の状況はこんな処かとケムラーさんが話し終えると、アンリさんとエリーさんは稚拙な褒めちぎりを始めたの。
「いや~、流石は僕の愛するケムラー! まるで探偵ばりの饒舌さで状況把握しているね~……うんうん、素敵だよ~‼ 惚れ直しちゃう♡」
「んだべ、よくぞ成長したもんだ。与太者だった御前ぇに、頑張って勉強を仕込んだ甲斐が有るってもんだ……大したモンだべ」
「御前等に褒められても惚れられても、嬉しくも何とも無え……寧ろ不愉快だ……」
未だ何とか誤魔化そうとしている二人に対してケムラーさんは、「言い訳無用、さっさと吐け!」と辛辣に云い放ち、銃に手を掛ける素振りをすると漸くに二人は観念して白状しだしたわ。
「じ、実はさ……あの発条式軽鎧を造った時に……そ、その何て云うか……余分な物を付けちゃったんだ…………」
「余分な物? 何だ、例の防弾傾斜角度の事か……」
「其れは軽鎧、一番のウリだべ! まあ……其れとは別の事なんだべが……」
件の軽鎧に刻まれた凹凸は単なる模様では無く、何と銃弾をはじく様に緻密に設計された物だというのよ。前に近所に住んでる、昔は猟師をしていたという御爺ちゃんから聴いた話しを思い出したわ。何でも鉄砲の弾は速すぎて、獲物に当たる前に葉っぱや木の枝に当たっちまうと、弾が真横や真上と――あらぬ方向に飛んで行っちまうんだと云っていたの。跳弾という現象なんだって。
其の事を話すとエリーさんとアンリさんが嬉しそうに、「其の通りだべ、あの軽鎧の模様は其の原理を応用して造られた物なんだべ!」「まあ、あれ程の物を造れる技術を持っているのは、世界広しと云えども僕等位だね」と得意げに語っていたわ。「じゃあ、何で自分達が造ったのを隠してた?」「余分な物ってなあに?」と私とケムラーさんが再度、問い質すとエリーさんは何故か薪ストーブを指差したの。
「薪ストーブが如何した?」
「いや……其の印……」
如何やらエリーさんは薪ストーブに刻まれている製造会社のロゴマークと、ビス止めされてる商標登録のタグプレートを差している様だわ。
「あ、あのね……例の発条式軽鎧の内側にね……商標登録を付けちゃっんだ……『フランケンシュタイン
「……だから多くの眼に晒される前に、何としてでも取り返すだべ……」
「はあっ⁉」と、ケムラーさんは大声を上げたわ。
確か彼等の存在は、世間に対して絶対秘密にしておかなければいけない筈だわよね……何故そんな馬鹿な真似を事をしたんだ、俺達の正体がばれる可能性が高まるだろうと、怒鳴るケムラーさんに対して二人は言訳がましく責任を擦り付け合っていたわさ。
そして暫くすると、「まあ、あの当時は僕等も未だ未だ未熟で浅慮……自己顕示欲も一寸は有ったしねぇ……」「んだべ、反省は充分にしただ。若気の至りって事で許される範疇だべ」と、自らを正当化する様に話を締めくくったわ。
でも当然、ケムラーさんは納得する筈は無かった……彼は静かに息を吐くと、ズボンのポケットから缶ケースを取り出したの――其の中身は先端が尖った、仰々しい弾丸だったわ。其れを自分の銃の回転弾倉に詰め込み始めたの。
エリーさんとアンリさんが、何だ其の危なっかしい弾はと訊ねると、「ん……何って、特製の
嗚呼……之で三人の仲は終わってしまうの……そう思った矢先――ドアをノックする音が響いたの。願っても無い助け船とばかりにエリーさんとアンリさんが素早くドアを開けたわ。其処に立っていたのは姉だった。例の赤いドレスを着て、手には先程母が作っていた焼きたてのスコーンを入れた
「あ、あの……
もう夕飯も近いのだけれど、エリーさんとアンリさんは――丁度、御茶が吞みたかった処だ――其のドレス似合ってるよ等と云いつつ、大喜びで姉を迎え入れたわ。
之にはケムラーさんも気勢を削がれた様で、銃を納めてくれたの。取敢えず何とか修羅場は回避出来た様で一安心だわさ……此の時の姉には感謝しかないわね。
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