第17話 天才科学者ヴィクトル・フランケンシュタイン博士


 俺が生まれたのは中世後期……一七四六年だから――今から一五八年前になるね。 

 つまり俺は今年で一五八歳に為ったって訳だ。信じられないかい? 実を云うと、自分でも偶に信じられない気持ちになるんだよ。だって、単純に普通の人間の平均寿命から考えると、既に三人分の人生を過ごしてるって計算だからね……時々、訳が分からなくなる事があるよ。


 俺は――いや、『不老長寿』の存在なのさ――巫山戯た事にね。


 勿論、生まれ付きの不老長寿なんかじゃない。生まれた時は普通の人間だったさ、身体が無駄にデカくて丈夫なトコ以外はね。俺の故郷はスイスのアーラウって、ド田舎でね……親父は飲んだくれのやさぐれで、貴族の用心棒だか下働きをしていた半端者だった。御袋も飲んだくれの娼婦ときたもんで、本当にろくでもねぇ家庭環境で育ったな。満足に飯も食わせて貰えねぇ……意味も無く殴り飛ばされる……五つの時から荷運び人足として日が暮れる迄、働かされてよ……御蔭で俺ぁ、ガリガリの子供だったよ。そんな毎日に嫌気がさして、六つの時に家を逃げ出した。其処から後は奪って喰らう野良犬みてえな生活さ……幸いにも生まれ持っての丈夫な身体で、何とか糊口をしのげたけどね……。

 まあ、そんな生い立ちだから真面な人生なんかは送れる筈も無く、気が付きゃあ、一端の破落戸になってたよ。でも、因果応報って云うのかなぁ――散々、悪事を働いてきたツケが廻って来た。とある貴族の馬鹿息子をブッ殺したら、傭兵隊と縁が深い家柄でなぁ……ムキになって俺を追い回しやがってよ、腕の立つ荒くれ者を何人も送り込んで来やがった。全員、返り討ちにはしたんだが……流石の俺も手傷を負っちまってな……其の侭、御用となっちまったよ。

 裁判は速かったぜ。俺には即刻、処刑判決が下された――でも正直云って、恐さだとか後悔だとかの感情は一切無かったね。之で、やっと此の糞みてえな人生に終止符が打てるんだと思っただけだったよ……。

 処刑当日――妙に頭がスッキリとした気分だったな――俺が今迄に狩ったクズ共の身内達が態々俺の為にと、切れ味の良い新品の斧を用意していたよ。御苦労なこったな……首切り人夫は喜んでたよ。見物人達の罵声も心地好く聴こえた。

 見届け役の坊主に軽い暴言を吐いた後、断頭台に頭を載せて――俺は何故だか笑っちまった。舌を出して大笑いしちまったよ――之から死ぬってのに――。

 

 ――ドンッ――という響きと感覚が首元に流れた。嗚呼……今、首と胴体が離れたなというのが解ったよ……不思議なモノだな、痛みは無かった。唯、熱いと感じたけどな……そして不思議だったのは自分の首が宙を舞っている間、意識は未だ有ったんだよ。クルクルと廻る景色を俯瞰で観ながら――怯える聴衆を嘲りながら――軽い眩暈の中で、俺は何だか楽しい夢を見る様な気分で――眠りに付ける感じがした――。

 之が『死』か……案外、悪くないなと思いながら……自分が死んだ事を理解した。

 

 そう、確かに俺は死んだ……其の筈だった――だけど如何いった訳か、凄く深い眠りから目覚めかけた時の様に、瞼の裏に微かな光を感じた――死んでるのに……。 

 薄っすらと瞼を開けると、金髪の陰間の様な男と眼が合った。そいつは始め、キョトンとした貌をしてたけど――突然火が付いた様に慌てふためいて、俺の首元を両手で押えた。

 あれ? 俺の首――繋がってる⁉

 そいつは大声で何やら叫びまくっている。すると今度は漆黒の髪が針鼠みたいに、つっ立った小男がやって来て、同じ様に興奮しながら叫び出した。

 何なんだ此奴等は……此処は何処なんだ……俺は一体、如何なってんだ……?

 最後に三十半ば位の金髪で痩身の神経質そうな男がやって来た。そいつは震える声で色々と質問をしてきた。俺は其の時、声が出せなかったので軽く頷いて答えた。そして奴は、こう云った


「君は既に死んでいる――だが、しかし――私が君の新たなる父であり、母であり、創造主となった! 遅ればせながら自己紹介をさせてくれ。私は医学者……そして新たなる常識を作り出す科学者……ヴィクトル・フランケンシュタイン博士と申す者だ。以後、宜しく……クルト・ケムラー君……いや、新たに生まれたのだから、新しい名前の方が良いかね?」


 此の時の俺は事態が良く吞み込めずに一寸、混乱していた。でも新しい名前とかは面倒くさいから、取敢えず首を振って於いたけどな。未だ此の状況の理解が把握出来ない俺に対して、ヴィクトル・フランケンシュタイン博士と名乗る其の男は、学の無い俺にも解る様にと懇切丁寧に説明をしてくれた。

 そして――俺という存在は一度、死に……新たなる生命体として再び此の世に誕生した『人造人間』で在る事を理解した。


 奇想天外、驚天動地、奇妙奇天烈、摩訶不思議——こんな事ってあるのかよ?

 理解はしたけど現実を受け入れる迄は少し時間が掛ったよ。雅か自分が人ならざる化物に為っちまうなんてな……まあ、でも俺は元から馬鹿デカい体躯と馬鹿力の持ち主で、『怪物巨人』なんて大層な渾名を頂戴してたから、何とか納得出来たけどね。

 驚いたのは唯でさえ人並み外れた馬鹿力が、更に増していた事だな。之は後から人造人間に為った、エルやアンリと比較、検討して判ったんだが――俺達は通常の人間と比べて、かなり丈夫な肉体に変化していたんだよ……凡そ二倍から三倍の尋常じゃない体力さ。他にも耐久力、持久力、腕力、脚力、特に回復力に至っては通常の十倍以上は有るんだ。一寸した傷なら数分、そして君も観た通りの銃創ですら、処置が良ければ一日で治ってしまう。毒物だって効きやしない――例え毒を盛られても、直ぐにゲロと一緒に体内から排出されちゃうからね……雅に不老不死の怪物って訳さ。


 神の摂理に逆らい、神羅万象を向こうに廻して、こんな超常の生命体を創り上げたヴィクトル・フランケンシュタイン博士という男――間違い無く、人類史上一の大天才だったよ。信じられないかもしれないが、博士はワットやジーメンスやエジソンより先に蒸気機関やら発電機なんかをを発明していたんだよ。其の他にも今ある近代発明の殆どは、百年以上昔に博士の研究所で眼にしていたな。医術面に於いては言わずもがなって処だ。博士の研究成果が其の侭、世に出ていれば今頃特許で大金持ち――序でに母国スイスは英国以上の超近代的な覇権国家として君臨していただろうね。

 まあ、其れは有り得ない事なんだけどな……天才って奴は何処かしら歪んだ処が有る。博士も例に漏れず……と云うより、其の典型的な人物だったんだ……博士は異常な迄のだったんだよ。自分の研究の核たる部分は、例え弟だろうと信頼の置ける助手だろうと、決して其の秘事を明かさなかったんだ。

 俺、エル、アンリと――人造人間への改造手術は成功した。そして、いよいよ博士自身への施術を行う番が来た。

 エルとアンリは博士には及ばずとも充分、天才と呼べる奴等だったからかな……博士は施術の進行方法しか教えなかったんだよ、奴等も其れで充分だと云ってたからな。でも俺は何となく不安だったよ、物事には万が一ってのが有るからな……俺は何度も博士に忠告したんだ、出し惜しみせずに全ての情報を教えてやれとね……。

 博士は悩みながらも、矢張り情報開示には消極的だった。エルやアンリも進行方法さえ解っていればいれば充分だと、博士を擁護しちまうし……もし、あそこで俺が博士を脅してでも、全ての情報を開示出来ていれば今現在、こんなに苦労する事は無かったのにな……。

 

 何にしても博士への施術は始まっちまった。しかし、幾ら博士やエルやアンリが天才だったとはいえ――多くの時代を先取りした発明品が有るとはいえ――未だ未だ科学は未発達だったんだよ。人造人間を完成させる最後の仕上げに必要だったのは、強力な電気だったんだ。あの時代では其れ程、強大な電力なんて望むべきも無い――非力な発電機の代わりに何を使ったと思う? 何と雷! つまり落雷を使用してたんだよ。今、考えると馬鹿げた程に危ない施術方法だよなぁ……だから人造人間への施術は毎回、嵐の日に行っていたんだ。本当に俺やエルやアンリの施術が成功したのは、偶然の賜物だったんだと思うよ……そして偶然は毎度毎度は起こらない……。

 博士への施術は粗、完璧に進行していたらしい。俺は避雷針が倒れぬ様に嵐の中、屋根にしがみ付いていたから良く解らんけどな。そして後は落雷を待つばかりとなった……けれども中々、雷は落ちてこない……。

 研究所の中からはエルとアンリが早く雷を落とせと無茶な事を叫んでいたな……此の侭じゃあ、博士の肉体が壊死しちまうと……其れを聴いて無神家の俺だけど、神に盾突いた罰が当たったのかな、なんて思ったりもしたけれど、遂に念願の雷が落ちて来た‼ 



 ………………必要以上にのがな………………。



 ドガガガガーンって、物凄い轟音‼ 俺は百ヤード以上、吹き飛ばされたよ。

 余りの威力に研究所は爆発炎上、オマケに博士も丸焼けに為っちまった……。

 其れでも何とか炎の中から、博士の身体の一部を持ち出す事は出来たんだがな……殆ど真っ黒焦げで、真面な部分は脳味噌しか残らなかったよ……。

 でも博士は脳こそが人体の中で一番重要な物であり、脳さえ有れば新たな人体を創り出す事は可能だと常々、云っていたんだ。だから別の人間の肉体(死体)を繋ぎ合わせれば、博士を復活させる事が出来るだろうと思っていたんだが……エルとアンリは其の肝心な研究部分を教えられていなかったんだよ……。

 しかも、研究所は爆発炎上しちまったから、博士の膨大な研究資料も全て灰燼に帰しちまっていた。だから俺は研究内容を秘密になんかせず、皆教えてやれと云ってたのに――今となっちゃあ、後の祭りだ――。


 常識外れの大天才が残した研究成果を再構築するには、一朝一夕という訳には行かねえ……取敢えず、俺達は博士の脳を劣化させない様に、命からがら南極大陸の洞穴に保管した後、ありとあらゆる文献を読み解き、ありとあらゆる実験を繰り返してきたんだけど……大天才、ヴィクトル・フランケンシュタインの業には遠く及ばず――仕方なしに、他人の研究の一部を拝借する事にしたんだわ――手っ取り早く盗んじまおうとね。まあ、買える物は買い取るけどね。とてもじゃないが、俺達だけでは賄い切れないからね。

 其れから俺達は怪しげな研究機関や宗教団体、果ては胡乱げな伝承や伝説の類から、妙な怪異物の取集と――世界中を既に百年以上も駆けずり廻っている訳だよ……其れでも博士の復活の足掛かりすら、掴めてないのが現状だけどね……。




 一体、何時になったら此の旅路は終わるのか……結末は誰ぞ知るって処だねぇ。

 


 

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