第16話 ケムラーの昔語り


 最初は何を云われているのか、良く解らなかったわ……。

 一つだけシッカリと理解出来たのは、『弟』と自ら云っていたので、やっぱりエリー(エル)さんは男――だったという事ね。

 彼曰く、人造人間は常人と比べて回復力が十倍以上優れているとの事で、例え銃で撃たれたとしても的確な処置をすれば、一日で完治してしまうと云うのよ。其の他にも、人造人間は体力、耐久力、持久力、瞬発力、腕力等々は常人の二~三倍は有るとの事で、更には『不老長寿』の存在であり、彼等は既に百五十年近くも生きていると自慢気に語っていたわ。

 幾ら私が子供でも、そんな戯言は信じられる訳が無かったわ。でも彼等の施術は完璧に観えたし……他に出来る事も思い浮かばなかったし……仕方無く彼等の云う通りに従ったわ。荷車にケムラーさんを横たえて私とアンリさんも端の方に座ったの。

 流石に狭いから歩いて行くと云ったんだけど、幼子一人で夜道は歩かせられないし、エリーさんの道案内も必要だからと荷車に乗せられたわ。

 ああ、そうそう――大事な事……でも無いけれど云っとくわね。第三の人物――彼が男性と分かったので『エル』さんと呼んだら、頑なに『エリー』と呼んでと云われたので、以降はエリーと呼んでいたのよ。

 エリーさんの力は凄かったわ。あれだけの大荷物を積んだ上に、追加で人間三人も載せているのに軽い足取りで荷車を引いているのよ。夜道なので誰とも、すれ違わなっかったから良かったものの――見た目、華奢な女性があんな大荷物を載せた荷車を軽々引いている姿を観たら皆、腰を抜かすわ。

 

 家に着く一寸、手前で一旦荷車を止めて――そっとケムラーさんを中に運び込む。 

 未だウチでは母と姉のファッションショーが続いていたので、私はコッソリと室内に入り込めたわ。そして暫くしてから、二人でヒイヒイ云いながら荷車を押して帰って来た演技をしていたの。其の音に気付いた家族達が外に彼等を出迎えに行ったわ。


「夜分遅くにスミマセン。僕が三人目の同居人のエリーと申します。ヨロシクね♡」


 エリーさんは相変わらず可愛い仕草で、私の家族達に挨拶をしたわ。

 私と違って、皆直ぐにと理解した様で、どう対応したら良いのかと少し戸惑っていたけど、其処は大人――直ぐに何事も無かった様に普通に振舞ってみせたわ。私達姉妹が自己紹介すると、「あら、エリーとエミリーとエリス……まるで三姉妹の様だねぇ」と、にこやかに笑うエリーさんに姉は一寸だけ引き攣った貌をしていたわね。ウチに戻ってからも、明日から食事は三人分用意するのね等と当たり障りの無い会話のみで、エリーさんの見た目や個性に付いては触れない様にしていたわ。 

 皆、気前の良い店子に気を使って彼の事情には、極力踏み込まない様にしようと考えていたのよ。本当は突っ込み処だらけなんだけどね。

 でも私だけは、ケムラーさんの容態の方が気に為ってしょうがなかった……本当に大丈夫なのだろうか? 人造人間だから治りが早いなんて話、信用して良いものか?

 しかし何する事も出来ない……其の夜は、まんじりとして中々寝付けなかったわ。


 明くる日――私だけでは無く、母と姉も寝不足の様子で眼の下に隈を作っていたわ。如何やら遅く迄、服の裾上げをしていたみたいね。私は二人を急かして隣家に朝食を届けに行ったの。するとアンリさんと妖艶な寝間着姿のエリーさんしか居間には居なかったわ。何気に姉がケムラーさんの事を尋ねると、エリーさんが、「ふふ……昨夜は彼、激しかったから未だ寝ているわ♡」と、艶っぽい台詞を云うや否や、アンリさんはピョンと飛び上がり、空中で一回転した後にエリーさんを勢い良く蹴り飛ばしたの。仏蘭西の武術、サバットに伝わる空中回転廻し蹴りという技だそうよ。そしてケムラーは昨夜呑み過ぎて未だ寝てるだけだと云って、姉を安心させてくれたわ。

 姉は安堵していたけれど、本当の事を知っている私の不安は消えないわ……するとアンリさんは小声で、「御嬢ちゃんが学校から帰って来る頃には、彼奴は普通に歩いてるべ」と云うのよ。エリーさんも変な姿勢で転がった侭、安心しなよと云わんばかりの微笑みを向けて来たわ。不安はぬぐい切れないけれど、私は姉と登校したわ。

 普段は楽しい学校だけれど其の日ばかりは気もそぞろで、放課になるとスッ飛んで家路についたわ。すると隣家の外椅子にケムラーさんが座っていたの! 私達に向かって、「おかえり」と挨拶してくれたわ‼ 丁度、一息入れていた処だと云って、私達にも御茶菓子を進めてくれたわ。私は御菓子よりも彼の無事が嬉しくて、抱き着こうとしたんだけど、姉に先を越されてしまった――でも、力づくで割り込んだわさ。

 本当に銃で撃たれた身体が、たった一日で治ってしまうなんて吃驚仰天よ。

 私は姉に悟られぬ様にコッソリと、「ほんとに大丈夫なの?」と訊ねたら彼は一寸困った貌をして、後で話してあげると云ったの。


 家の手伝いを終えて、私はケムラーさんの所に行ったわ。姉に邪魔されない様に、「おねいちゃんが、この赤いおべべ着てるトコ見たいな。きっとケムラーさんも似合うって褒めてくれるよ!」と云って調子付かせると頬を染めながら喜んで、直ぐに着丈を詰め始めたわ。作戦成功ね。

 アンリさんとエリーさんは出掛けていたけど、ケムラーさんが家に向かい入れてくれたわ。そしてシャツの釦を外して胸を見せてくれたの。傷は何処にも見当たらなかったわ……綺麗に治っていたのよ……最初から傷なんて無かったかの様に。


「安心したかい? 其れよりも驚いたかな」


 暫し放心していたけど、彼の言葉に私は「うん」と頷いた。


「さてと――何から……何処から話せば良いのかなぁ……昔語りは苦手でね」

 

 ケムラーさんは自分の――自分達の正体を話す事に躊躇っていたわ。でも銃で撃たれたのを観られ、傷が直ぐに完治した事も知られている。幾ら私が子供だとはいえ、御茶を濁す様な話では納得しないだろうとも思っている様子だわね。

 彼は仕方が無いなと一つ溜息を吐いて、「此の話は人には内緒だよ……まあ例え話したとしても誰も信じないだろうけれどね」と、前置きをしてから自らの正体を――其の数奇な人生を語り始めたわ……。

 

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