第15話 フランケンシュタインの怪物


 エリス御婆ちゃんは『御花摘み』に一旦、席を外した。

 

 予想以上にブッ飛んでるな話だな……しかし、発条足ジャックとフランケンシュタインを名乗る、女性? 男性? おかま? の登場に一寸、面白くなって来た。 

 若衆達が持ってるラジオから流れてきた、ローリングストーンズの『Jumpin’Jack Flash』が場の雰囲気を更に盛り上げてくれる。でも、ボブは何だか白目を剥いて項垂れていた。彼の望む様な話とは全く異なる展開だった為に仕方が無いと云えば、そうなのだが其処迄、落ち込む事はないだろう。

 リンダの御父さんは、「エミリー叔母さんも、確かに女装した破天荒な人物が居たのは本当だと云っていたが……幾ら何でも仲間が瀕死の状態でいる直ぐ側で、力一杯フラメンコを踊る様な馬鹿は居ないと思うがな……もし戦場でそんな事したら、軍事裁判を待つより先に、其の場で銃殺刑にされるぜ!」と大笑いしていた。そしてケムラーさんに撃ち込まれたのは散弾銃では無く、恐らくは空気銃だろうとの事だ。


「空気銃でも至近距離から撃たれれば、肉にめり込むぜ。もし母さんの言う通り、本当に近距離から散弾銃で撃たれたら、大抵の人間は即死しちまうよ」


 実際に戦地に赴いた人間の言葉には説得力が有る。そして之から始まるであろう、フランケンシュタインの怪物の話についても、唯単に其のエルだかエリーさんの苗字が件の怪物が登場する話――『フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス』と被っていたので、話に絡めたのだろうとの見解だ。

 確かにフランケンシュタインは珍しい苗字だが、無くはないだろう。私の父の知人にも、フランケンベルガーさんと云う方がいる。

 そんな小話をしている内に、エリス御婆ちゃんが御花摘みから戻って来た。そして小脇に何か本の様な物を抱えている――あれは例の本ではないか……。


「御待たせしたねぇ……どうも歳を取ると近くなっていけないわね」


 私達は傍らのテーブルに置いた件の本に注視していると、其れに気付いたエリス御婆ちゃんは、「あらあら、之が気になるかい?」と云って、何故か胸元の白い花のブローチに付いて語り出した。未だ結婚する前の旦那んさんが、友人の細工職人に頼んで作らせた白い南瓜の花を模った特製のブローチなのだという。世界広しと云えども、白花変種の南瓜の花の飾り物を付けているのは私位のものさねと、嬉しそうに云っている。確かに其の通りで、面白い話なのだが――エリス御婆ちゃんは絶妙に話がズレまくる人である。

「さて、確か高利貸しのチャップマンが偽造書類で、姉を拐わかそうとした処だったかしら……」と、少し話が巻き戻ってしまったので其処は既に聴きましたと軌道修正する。リンダの御父さんが、ケムラーさんの胸の手当をする処だよと云うと、「あら、そうだったわね。凄いのよぉ! 雅に不死身の人造人間の見せ所って感じなんだから‼」と、かなり興奮している。リンダの御父さんは小声で、「フランケンシュタインの本の中には、銃で撃たれて超回復したなんて場面は無いんだけどな……でも、傷の治りが異様に早い人間ってのは、本当に稀にだが居るんだぜ」と、一寸した昔話を聴かせてくれた。何でも彼の居た大隊で、ライフル銃で撃たれた貫通痕が数日間で塞がった人が居たそうだ。恐らくはケムラーさんも其の手の類の人間なのだ――空気銃の弾なら摘出手術した次の日にはピンピンとしている位、頑強な身体の持ち主なのだろうとの事である。


「さあ、之から御話しするのは彼方方の知らない……いえいえ、殆どの人々が知らない、フランケンシュタインの怪物の真実に迫るわよぉ……」






 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「あらら、結構深くめり込んでるなぁ……此の一ヶ所は肺に達してるね……」

「……とは云え、患者がケムラーで良かったべ。エル! 手術は此処でやるだ」


 エル(エリー)さんは了解と云って後方に走り去ると、直ぐに荷物を満載した大きな荷車を引いて来た。あれを此の小柄な女性(男性)が一人で引いていたの? 物凄い力持ちだわさ。彼等は荷物の中から素早く簡易天幕を取り出して組み立てると、色々な薬品や手術道具を並べ始めたの。そして私にも手袋と衛生面布マスクを付ける様に云われて、手元を照らす角灯を持たされたわ。慣れた手付きで止血や麻酔注射を施すと、いよいよ手術開始よ。私は人の肌が切られる処なんて見た事が無かったから、凄く怖かったけれど――アンリさんの手元を明るくする為に……ケムラーさんの命を救う為にと頑張ったわ……。

 アンリさん、そしてエリー(エル)さんの手際は驚く程、鮮やかだったわ。勿論、私は手術なんて今迄に見た事は無いけれど――其れでも二人の医術者としての腕前は超が付く程の一流だと判ったわ。弾丸を取り除く手捌きも凄かったけれど、傷口を縫い合わせる手捌きは更に見事過ぎて――縫い終わった後の肌には、まるでメスで切った傷が無かった様に綺麗に為っていたのよ。銃弾痕も小さなが潰れた痕位になっていたわ。

 ケムラーさんは穏やかな表情で寝息を立てている。如何やら手術は無事に成功した様だわ……其の貌を見て漸く一安心したわね。そして私は気が抜けてしまい、へたり込んでしまったわ。今迄は気が張っていていたけれど本当は恐かったし、心配したし、緊張したしで――気が付けばポロポロと泣き出していたの。

 アンリさんは、「よく頑張ったべ……でも此の事は、家族には秘密にしとくだ」と云う。確かにこんな危ない状況下に自分も居た事が知れたら、流石の両親も姉も彼等に出て行って頂く算段をするだろ――私の身勝手な行動で彼等の目的の邪魔をする事は出来ない。だから私は、「うん!」と頷いた。エリー(エル)さんも、「小さいのに理解の良い娘だねぇ……じゃあ、黙っている御褒美に何か買ってあげるよ」と云ってくれたけど――もう、アンリさんに素敵な御べべを沢山買って貰いましたと伝えたら、二人は欲の無い娘だと大笑いしていたわ。

 

 エリー(エル)さんは手早く器用に荷車の荷を積み直して、人を乗せられる隙間を作ったわ。之からケムラーさんを病院に連れて行って入院させるのだと思ったら、家に連れて帰るのと云うのよ。流石に其れは無理が有ると抗議したらアンリさんは事も無げに、「此の状態なら明日の今頃には粗、完治してるべ」と、とんでもない事を云い出したのよ。幾ら私が子供でも銃で撃たれた傷が、そんなに早く治る訳が無い事位は解るわ。するとエリー(エル)さんは、「いやいや本当だよ、之位の傷は直ぐ治っちゃうのよ。彼は――と云うか、僕等は特別だからね」と得意げに云ったの。

 そして、御嬢ちゃんは『フランケンシュタインの怪物』の御話しは知らないかな? と訊いて来たので知っていると答えたわ。姉が本を持っているし、読み聞かせて貰ったから……とても怖い御話しだったから、印象に残っていたからねぇ……そう伝えると、「やっぱり、あの本は此処英国では有名なんだねぇ……御蔭で話が早くて助かるよ」と、嬉し気に笑ったわ――逆にアンリさんは何処か不機嫌な様子だったけれど。

「処で御嬢ちゃん。僕の苗字は、ちゃんと聴いていたかな?」と云われて、ふと思い出す。確か――そうだ、フランケンシュタインと名乗っていたわ……あれ? フランケンシュタイン……。


 エリー(エル)さんは胸を張りつつ、大仰な身振り手振りで、こう云い放ったわ。


「そう、フランケンシュタイン! あの本は単なる創作の話では無いのだよ‼ 彼女――メアリと云ったっけ――が、僕達の話を元に書いたモノなのさ。僕達は人造人間なのだよ……世界で唯一、絶対死から甦りし、究極の生命体……」


 エリー(エル)さんは恍惚の表情を浮かべ――少し貯めを作った後、最期の台詞を決める役者の様に語気を強めて叫んだわ。


「世界初の人造人間の作製に成功した、超絶天才科学者ぁ~……ヴィクトル・フランケンシュタイン博士ぇ~! ……の実の弟なんだよ、僕は~‼ ……凄いでしょ♡」


 

 




 


 


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