第14話 おかまエリー


 一体、何が起こったの?

 ケムラーさんと発条足ジャックの間に、もわもわと煙が充満している。そしてケムラーさんがヨロヨロと後退ったわ。其の胸からは幾つもの穴が――弾痕が有ったの!

 

「ひゃああああ~‼」

「し、仕込み銃? ば、馬鹿な‼ そんなモン、……い、いや、奴が後付けしたんだべか……」


 私とアンリさんは叫んでいたわ――此の時は気が動転してて、アンリさんの言葉尻が一寸、おかしい事には気付かなったけれどね……。


「……グフッ……ぬ、ぬかった……ぜ…………」


 そう云って、ケムラーさんは吐血して、前のめりに倒れ込んだわ。胸元からも夥しい量の出血……散弾銃を撃ち込まれたのよ……其れも至近距離から。


「むははー、むははー、おお、おでを舐めるな、むむむははー‼」


 発条足ジャックは何かムカつく調子で、鼻歌交じりに小躍りしていたわ。

 丁度、鳩尾みぞおち辺りから未だ白煙が少し漂っている。あそこに散弾銃が仕込まれていたんだわ。後で知った事だけど、米国のチンピラ博徒なんかが、よく使うバックルガンという隠し武器だそうよ。

 私は彼の元に駆け寄ろうとしたけれど――アンリさんに引き留められて、「御嬢ちゃんは隠れてるべ」と云い、荷物小屋の裏手に押し込まれたわ――まあ私みたいな子供が何する事も出来ないのだけれど、心配で心配で仕方が無かったのよ……そんな私を気遣う様に、「彼奴は、あん位ぇじゃ、くたばりゃしねえべ」と慰めてくれたわ。 

 そしてアンリさんは飛び出したと同時に拳銃を抜き去り、発条足ジャックに数発撃ち込んだわ。だけど矢張り先程と同じく、銃弾ははじかれてしまったの。そして、「くそう……べ……」と、此の時は良く解らない台詞を云っていたわ。

 発条足ジャックはアンリさんに向かい、「お、おめぇも、やるかぁ~……おでは強ぇぞ~」と構えたが、アンリさんは挑発に乗る事無く、冷静に敵を分析していたのよ、結構な胆力だわ。


「ふん、其のバックルガンは単発仕様だべや。二発目は無ぇだな……他にも隠し武器は有ろうが、有ると解れば幾らでも対処可能だべや……」と余裕の笑みで相手を見透かした態度で牽制していたわ。何か百戦錬磨といった感じで一寸、格好良かったわ。

 そして拳銃を腰の銃帯に納めると、今度は腰の後ろの銃帯から今迄に見た事も無い様な禍々しい太い筒を……多分、特殊な銃を取り出して呟いたの。


「折角だから、其の鎧は取っとこうと思ったんだべが……しょうがねえだな……」


 発条足ジャックは本能的に危機を察した様で、後ろに飛び退き距離を取ろうとした其の時――「おりゃ~‼」と云う掛け声と共に突然、大小様々なトランクケースが幾つも。発条足ジャックは飛来する其れ等のケースを、素早い動きで全て躱して屋根の上に飛び上がったわ。口調は馬鹿そうなのに、運動神経や反射神経は凄いのよね。そして警戒する発条足ジャックの元に颯爽と走り寄って来た人影が――。

 其の人は金髪の髪を小粋に結いあげ、綺麗なドレスを纏い、まるで人気役者の様に見得を切って――屋根の上の発条足ジャックを睨み付けながら対峙したわ。

 顔立ちは美しいけれど、何処か少年みたいな凛々しさも有ってね、かなりの美形よ。そしてアンリさんとケムラーさんに向かって、「やあ、御待たせ!」と云ったので、如何やら此の人が彼等の三人目の仲間だと判ったわ……女性だったのね。

 でも、女性にしては声が低くて……しかも、あんな遠くから幾つもの荷物を投げ飛ばす力持ちなんて……あれ? 何か変だなと思ったわ。


「やい、三番目の発条足ジャック。よくも僕のを傷付けてくれたな! 虐めてやるから覚悟しろ‼ 何ぃ、僕が何者かって? フフフ……其れは秘密さ……と云いたい処だけど特別に名乗ってやろう。何を隠そう、僕は生物化学の新時代を担う美貌の天才科学者…………」


 発条足ジャックは別に何も訊いてはいないのに――其の人は長々と自己紹介の口上を述べ始めたわ。途中でアンリさんが、奴は隠し武器を持っているから気を付けろと注意するも全く無視して、更には身振り手振りを交えて饒舌に語り続けているのよ――まるで自己陶酔している役者みたいに……。

 此の異様な展開に発条足ジャックは如何して良いか判らず、オロオロと狼狽えている様だったわ。そして口上が最高潮に達し、大見得を切って云い放つ。くるりと一回転し、貌の横に親指と小指を立てた両手を添えて、片足をチョンと跳ね上げる。



「エリー・フランケンシュタインよ! よろしくね~♡ あ、あと兄上の名前はヴィクトルね。此処、重要だから忘れずにね~‼」



 ……何だか締まらない決め台詞だったわ……発条足ジャックもアンリさんも重傷のケムラーさんも私も――如何いう反応をすれば良いのか判らず、固まっていたわ。


 そんな状況の中――一番最初に行動を起こしたのは発条足ジャックだったわ。奴は、そろりそろりと後退りして逃げ様としていたの。きっと訳が分からず恐かったんだと思うわ……私だって、味方じゃなければ恐いと思うもの……。

 其れを見た彼女(?)、エリーは、「一寸待って、何処行くの。降りて来てよ!」と必死に降りて来る様にと懇願していたわ。でも発条足ジャックは降りる気は更々無いみたいだったわね。

「えぇい、こうなったら仕方が無い。奥の手よ‼」と云って、先程投げ飛ばして散らばった荷物の中から、何かを探し始めた。そしてアンリさんに、「ハイ、之!」と云って綺麗な飾り細工が施された黒いギターを手渡した。そして私は手鈴を渡されたわ。苦しそうにゼイゼイと息を吐く重傷のケムラーさんに迄、手鈴を無理矢理に持たせたの。

 ……一体何をする気なのかしら……固唾を吞んで見守っていると、「ヘイ、アンリ!  僕の十八番を――短めでね」そう云われると、アンリさんは戸惑いながらも器用にギターを掻き鳴らし始めた。


「ハッ!」

 

 気迫の籠った掛け声で、エリーは踊り始めた。あれは前に新年の御祭りの時に街広場で観た、旅芸人の一座が躍っていた舞と同じ様だ――確かスペインのジプシー達の踊りで『フラメンコ』といったわね。

 アンリさんの奏でる流麗で激しい旋律に乗せて、エリーは情熱的に舞っていたわ。 

 私も何とか曲に合わせて手鈴を振る。発条足ジャックも屋根の上で戸惑いながらも軽く手拍子をしていたわ。でもケムラーさんだけは参加しなかったわ……まあ、当然よね……。

 滴る汗を振り撒き、時に艶めかしく――時に悲し気に――時に厳かに――短い時間の中に幾つもの感情が籠った見事で華麗な舞が今――。


「オレーッ‼」


 ――最後の決め言葉、まるで美しい獣の咆哮の様な声で終わりを告げた。私は一寸、感動して興奮しながら手鈴をシャカシャカと鳴らしていたわ。

 エリーは得意げな決め貌で、「どう!」と親指を立てたわ。そして発条足ジャックを見上げると――奴は仕方無くといった感じで、申し訳程度にパチパチと拍手をしたの……そして其の後、脱兎の如くに逃げ去ってしまったわ……。


「あぁー! 一寸、何で逃げるのよー⁉」


 絶叫するエリーに向かってアンリさんは怒りの形相凄まじく、物凄い怒気を含みながら、「おい……御前ぇは結局、何がしたかったんだべ?」と問い詰めた。

 するとエリー(?)は一寸、きまり悪そうにモジモジしながら、「だって発条足ジャックって、女好きなんでしょ。だから僕の素敵な舞を観たら、一も二も無く飛び付いて来るんじゃないかなって思ったんだけど……失敗しちゃった、ゴメンね!」と云い、右手で自分の頭をコツンと叩き、片目を瞑って舌を出した。

 可愛い仕草なんだけど……何だか、イラッとしたわ……。


 其れを聴いてアンリさんは更なる怒りが込み上げたのか、貌中に浮き上がった血管が蜘蛛の巣の様になっていたわ。ケムラーさんに至っては、苦しくて声は出せないけれど、其の表情からは――傷が癒えたら手前ぇ、ブッ飛ばしてやる――と語っている様だったわ。

 



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