第13話 ケムラー 対 発条足ジャック


 街の中心街――街一番の高級服飾店――いざ、眼の前にすると姉も私もゴクリと唾を飲み込み、扉の前で動けなくなってしまったわ。本当に私達みたいのが中に入っても良いのかしらと、頭の中がグルグルと廻る様な感じがしたわね。

 ケムラーさんに早く入ろうと促され、ギクシャクとした歩調で何とか店内に入る。

 煌びやかな店内に眼がチカチカとしたわさ。

 アンリさんは近くの店員に名刺を渡して、支配人を呼べと横柄に云う。すると名刺を見た店員は、すっ飛んで奥に駆け込むと、直ぐに満面の笑みで揉み手をしながら支配人がいそいそとやって来たわ。


「之は之はクレルバル様、ようこそ御越しを! 何なりとお申し付け下さいませ‼」

「あぁ……其処のデカいのに、夜会服と洒落た街着を二~三着見繕ってくれろ。後は御嬢ちゃん達に、めんこいドレスを二~三着づつ頼むべや」


 二~三着と聞いた途端、姉の眼が輝いたわ。女性定員も之は二人合わせて、六着買って頂こうとの思いが有り有りと貌に出ている。早速、私達は女性店員達に連れられて宛ら一寸したファッションショーの始まりよ。私は唯、単に綺麗な御べべが買って貰えると夢見心地でいたけれど、姉は更に強かだったわ。自分の体形より一回り大きいサイズの服を頼んでいたの――勿論、私の分もね。成長した後も暫く着れる様に自分で着丈を詰める為だわ。店員さんも其処は百戦錬磨――此の娘達は偶々、服を買って貰える幸運に有り着いただけで常連客には為らないだろうと見抜いた様で、兎に角今此処で高価な服を何着か売り捌こうと必死になっていたわね。そして姉の意を酌んで子供服より断然高価なドレスを、たんと持って来たわさ。


 私は姉と店員さんの見立てで早々にドレスを選んだけれど、姉の試着は中々終わりそうになかったので、アンリさんが待っている特別室に行って御茶や御菓子を御馳走になったり、ケムラーさんの仕立てを眺めてたりしたわ。ケムラーさんは余り服には興味が無い様子で、殆ど店員さん任せで服を選んでいたの。勧められるが侭に唯々諾々と頷いていたけれど、其れではあんまり味気ないので、「じゃあ、あたしが選んであげるよ!」と、つい調子に乗って口を出してしまったの。

 店員さんが彼是と上質な反物を幾つも並べてくれたから暫し眺めていると、一際綺麗な生地に目が留まったわ。其れは青の様で緑の様な幻想的な色でねぇ――何でもオパールグリーンという、最近流行りの色だとの事だったわ。私は之が綺麗で格好良いと云ったら、「じゃあ、其れで背広を仕立ててくれ」と即決してしまったの。貌は良いのに御洒落には無頓着なのよね、勿体ないわ。まあ、彼にはアンリさんという御金持ちが付いているから、後は店員さんが良い様に仕上げてくれるから問題無いのかしらね。でも私の選んだ色の服を着てくれるのは嬉しかったわ――なんて思いながら其の反物に付いていた値札を見た瞬間……眼の玉が飛び出そうになっちゃったの!

 間違い無く、此の店で一番高い生地だわさ‼ 店員さんは、してやったりのしたり顔。私はとんでもない事を仕出かしてしまったとオロオロしていたら、ケムラーさんが、「彼奴は此の店、丸ごと買い取れる位の金持ちだよ」と笑いながら頭を撫でてくれたの。如何やら私は滑稽な位、狼狽していた様だったわさ……。


 ケムラーさんの採寸も終わった処で、そろそろ帰り支度を始め様としていたら、未だ姉は服を決めきれずにいたの。私は早くしないと不味いよと伝えると姉はさっきの私以上に狼狽えていたわ。アンリさんが、「決まったか?」と問い掛けると更に焦って、しどろもどろになってしまったの。そうしたら、「何だ、決めきれねぇだか? 面倒だべ、其処に出てるの纏めて包んでくれろ」と――何と一人五着づつ、合計十着もの服をポンと買ってくれたのよ! 初めは二人そろってポカンとしてしまったけれど……事を理解した後は、此の店のシャンデリアよりも眼が輝いたわ‼

 私達は両手で抱えきれぬ程の荷物を、えっちらおっちらと頑張って運んだものよ。

 アンリさんは、「荷物なんぞ、其処のデカブツに持たせりゃいいべ」と云ったけれど、こんな高価な物を買って頂いた上に荷物持ちなんてさせられませんと、彼の御厚意を断ったわ――と云うより二人共、折角の御宝を自分で持ちたかったのよね。

 其の後もアンリさんは帽子と靴も仕立てるから、序でに御嬢ちゃん達にも買ってやるべと信じられない程、嬉しい事を云ってくれたの。そして私達は靴を二足づつと帽子を二頭づつ買って貰ったわ。私は之以上の荷物は流石に持てないよと云ったら、姉が何処かから紐を調達して来てね――二人して、ハアハア云いながら背中に背負って帰ったわ。


 家に着くと母も大喜びだったわね、何せ母も着られるサイズだから。皆で、しつこい位に御礼を云いまくってたわ――アンリさんは鬱陶しそうだったけれど。

 だから今夜は御礼を込めて、大盤振る舞いに御馳走を用意する事にしたの。と云っても上流階級の彼等からしてみれば、大した物は用意出来ないけれど――其れでも美味しいと云って喜んでくれたわ、優しい人達だわね。

 夕食後――我が家では母と姉のファッションショーの始まりよ。私は早々に飽きてしまったけれど二人のはしゃぎ様は止まらなくて、父も呆れ返っていたわ。だから私は、そっと家を抜け出して隣家に遊びに行ったの。夕刻に買物に行った時に上機嫌な母に買って貰った御菓子を手土産に持ってね。

 ケムラーさんは快く招き入れてくれて御茶を入れてくれたわ。アンリさんは奥の部屋で何か調べものをしているらしくて、出て来なかったけれど、代わりにケムラーさんが色々と外国の面白い御話しをしてくれたわね。暫し談笑していたら、不意にケムラーさんの表情が強張ったの。そして奥の部屋からアンリさんも緊張した貌付きで出て来たわ。


「……聞こえたべか?」

「ああ……発条の弾む様な音だな……」


 私も耳をそばだてて集中すると――微かに遠くの方からピョォーン、ピョォーンと、以前も耳にした……と同じ奇妙な音が聞こえて来たわ……。


 雅か……発条足ジャック……?


 ケムラーさんは私に早く家に戻って、しっかりと鍵を掛けなさいと云い――二人は銃を懐にしまい込んで連れ立って外に出て行ってしまったわ。其の時、私は何だか嫌な胸騒ぎがしたの……子供ながらに女の勘ってやつね。二人の足は速くて、もう姿が見えなくなっていたけれど――あのピョンピョン跳ねる音を頼りに、私も追いかける事にしたわ。今にして思えば危険で危ない行為だったけれど、あの時の私は湧き上がる好奇心に負けてしまってたわ。

 件の音は如何やら町外れに向かっている様だったの……其れならコッチのものよ。

 此の町内は私の庭も同然、近道なら幾らでも知ってるわ。ケムラーさん達を出し抜いて先回りするのも、おちゃのこさいさいってなものよ! 私はハアハアと息を切らしながら町外れの工場に辿り着いたわ。確か業務用の椅子を作っている工場だったわね。勿論、夜だから従業員は居ない筈だけど……眼を凝らして辺りを見回すと――居たのよ、廃材置き場の前に……発条足ジャックが……。


 私は咄嗟に荷物小屋の陰に隠れたわ、向こうは此方には気付いていない様で良かった。暫くするとケムラーさんが現れたの。発条足ジャックはビクリとして彼と向かい合ったわ――そして私の背後にはアンリさんが立っていたの。私は吃驚して声を挙げそうになったけれど、すかさずアンリさんに口を塞がれちゃったわ。


「此の御転婆娘ぇ……何で付いて来るんだべか、馬鹿垂れがぁ……」

「……ご べ ん゛な゛ざ い゛……」


 アンリさんは、「まあ、今更しょうがねぇべ。此処で大人しく観てるだ」と云って、私達はケムラーさんと発条足ジャックの対決を見守る事になったの。


「よう、漸く逢えたな……三番目の発条足ジャック。大人しく其の鎧――此方に渡す気は無ぇか?」

「むむむ……お、お、おめえ何者だ、だだ……?」

「手前ぇが盗んだ其の鎧を、返せつってんだよ……いや、正確には盗んだ奴から受け継いだのかい?」

「……むむむむぅ~……」


 ケムラーさんは発条足ジャックからの返答を待たずに、いきなり銃を抜き去ると、奴の身体に三発も撃ち込んだの! 発条足ジャックは、「むはっ!」と、間抜けな叫び声を挙げて後ろに倒れ込んだわ、相変わらず敵とした者には手加減無しね。

 でも何故か弾丸はいたのよ……信じられない事に……。

 確か姉から聴かせてもらった昔話では、銃の前では鎧は役に立たない――薄い鉄板なぞは貫通してしまうから鎧は廃れたとの事だった筈……じゃあ何で発条足ジャックの鎧に銃が通用しないの? 見た目は重鎧より貧弱そうなのに……。

 ケムラーさんは知っていたかの様に、「へえ……其の鎧、本当に弾丸はじくんだ」と云ったわ。一体、あの鎧には何か秘密が有るのかしら。

 発条足ジャックは腰が抜けたかの様に座り込んだ侭、情けない声で、「むひぃ、むむひぃ……お、を撃ったな……むむむぅ~……う、撃ったなぁ~‼」と泣き叫んでいたわ。ケムラーさんは余裕の呈で奴に近付き、眼の前に片膝を付くと銃口を額に当てて凄んだわ。


「此の至近距離なら、弾丸もはじくめぇ……さて、如何する?」


 如何やら之で勝負有りって処かしら……と思った瞬間――ドパンッ! ――という炸裂音が辺りに響き渡ったの‼


 



 


 

 

 

 

 

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