第12話 ハロウィンの支度


 発条足ジャックを捕まえる? 過去、警察や軍隊迄もが逮捕出来なかった、あの素早しっこい奇妙な愉快犯を捕らえるというの? 私達は驚いて先の決め事なんか忘れて聞いていたわ、何故そんな危険な事をするのかと――すると彼等は発条足ジャックというか、奴の着込んでいる『鎧』の方に用が有ると云うのよ。


 ひょっとしたら、さっき娘達から聴いたかしら? 実は彼等は『グラントン商事』という大企業から派遣された腕利きの調査員だって事を――あらそう、じゃあ詳しい説明は省くわね。件の鎧を回収しに来た大企業の諜報員と名乗り、そりゃもう吃驚したわね。何だか浮世離れした話しだったからねぇ……でも此の時点では私も含め、母も姉も後から話した父も其の言葉を信じたわ。尤もらしい話だったしね。

 姉の知ると云うか、語るのは此処迄の事なのよ。でも真実は違うわ――後年、ほとぼりが冷めた頃に姉にもを教えてあげたのだけれど、笑うばかりで全く信じようとしないのよね……姉の頭の固さには困ったものだわ。


 彼等は余り騒動にしたくないから、此の事は内密に頼むと云ったわ。もし仮に此の借家の近辺で発条足ジャックと遣り合う事があったら,其の際に家が破損等したら、別途で修理代と迷惑料も支払うと相変わらずの羽振りの良さだったわ。


「発条足ジャックが出たら、一寸厄介だけど……其れで家が少し壊れれば修理代が恐らく、たんまりと貰えるんだろうな……」

「あんた、何を嫌らしい事を云ってんだい! 唯でさえ充分過ぎる家賃と食費を頂いているのに之以上、むしり取ろうなんて罰が当たるよ!」

 

 父の発言には姉も抗議の声を挙げていたわ。浅ましいにも程が有ると――父は妻と娘からの手厳しい言葉にシュンとしていたわね。

 

 彼等は最初の数日間は忙しそうに彼方此方へ動いていたけれど、其の内に警察や彼等が雇った探偵の様な人達が家に報告をしに来る感じになってきて、私達姉妹とも時折に遊んでくれたり話し相手になってくれる様になったの。近所の人達は多少、訝し気にウチの様子を見ていたけれど、あのいけ好かないチャップマンを成敗してくれた事には感謝している様だったわ。奴に借金をしていた人も多かったからね――彼等の御蔭で借金がチャラになった人は尚、好意的だったわ。アンリさんは一寸、独特な人だけどケムラーさんは人当たりも良くって、皆も直ぐに馴染んでいったわさ。

 或る日の午後、そろそろ近づいて来たハロウィン(十月三十一日)の準備の為に、御庭の南瓜を収穫して提灯ランタンを作る事にしたの。此の年も中々、立派に育った南瓜の中でも一番大きな奴を加工しようと話していたら、不意にケムラーさんが其の南瓜を掴んでアンリさんに放り投げたの。受け取ったアンリさんは懐から手術用のメスの様な小型ナイフを取り出して、あっと云う間に南瓜提灯ジャックオランタンに仕上げてしまったのよ。恐ろしい程に器用で見事な手捌きだったわ。私達家族は、わあわあと声を挙げて喜んでいたら、彼等がポツリと話していたわ。其れを聴いていたのは私だけだったけれどね。


「昔は蕪で作ってたよな……今は何処でも南瓜が主流なんだな……」

「今でも蕪で作る所もあるべや。まあ大体の英国人にとっちゃぁ、同じ祭事でも、ハロウィンなんざぁ、ガイ・フォークス・ナイト(十一月五日)のオマケみたいなもんだべさ。伝統も拘りも無く、蕪でも南瓜でもどっちでもいいんだべ」

 

 ハロウィンは英国の祭事なのだけれど、南瓜で提灯を作るのは米国から広まったと、此の時初めて知ったわ。後で父と母に聴いたら、自分達が子供の頃辺りから、米国帰りの船乗り達が南瓜を使って提灯を作る様になって――今では南瓜が一般的になったそうよ。提灯も出来上がって、今度は仮装の準備! 内陸の方では余り仮装はやらないそうだけど、リヴァプールでは昔から派手にやっていたわ。云うまでも無く、皆さん御存知ね。私達の町内では伝統的なオバケの仮装だけじゃなく、童話の登場人物の仮装なんかも流行っていてね――毎年、姉は可愛い衣装を張り切って作っていたわ。今年は大好きな『不思議の国のアリス』をやるんだって、そりゃもう楽しみにしていたわねぇ。

 でも、そんな楽しい雰囲気に水を差す様な出来事が起こったの。庭の外れの方から姉の悲鳴が聴こえて来たわ。私達は驚いて駆けつけると、姉が地面に指をさして震えていたの。何があったのか尋ねると――有り得ないが咲いていると云うのよ。

 庭の菜園から離れた処に今迄、気付かなかった細く長い蔓が伸びていたわ。其の先に咲いていた花は何と南瓜の花だったの。おまけに其の花は普通の南瓜の花とは違い、黄色では無く白かったのよ。季節外れに咲いた南瓜の花――しかも普通と異なる白い花――確かに凶兆の前触れの様にも感じたわ。母も縁起が悪いと云って、其の花を千切ろうとしたら、姉が下手に千切ったりしたら呪われそうと云い、じゃあ如何するのと揉め始めてしまったわ。

 其れを聴いていたアンリさんは額に青筋を立てながら、地の底から響く様な声で、「非科学的な事を云うでねぇ~!」と、物凄い形相で怒り出したの。

 余りの怒気に気圧されて、私達はびくりと固まってしまったわ。


「ああ、すまねぇな……此奴は迷信の類が異様に嫌いな質なんでね……」


 ケムラーさんが其の場を宥め様とするも、アンリさんの弁舌は止まらない。


「こんななぁ、唯の不時現象だべ。花の咲いている位置を良~く見るだ――其処の壁の後ろは何だ? かまどの直ぐ裏だべ――つまり、通常より土壌が暖かいんだべ。温室栽培と同じ様な状態と考えりゃあ、えぇんだ。花の色が違うんだって、単なる色素欠乏症だべ。ちゃんとした温室って訳じゃ無ぇから薪を焚いて無ぇ時ゃ、土壌が冷たい。元は暖かい春に咲く筈が寒暖の激しい状態で発芽したせいで、花弁において色素形成が上手く為されずに、白い花をさかせたったてだけだべや。白花変種なんぞ、山野草には良くある事だべ……不思議でも、不吉でも無ぇ……稀に有る事だべや」

 

 アンリさんは一気に捲くし立てると、件の花を蔓ごと上手に引き抜いて、「如何しても気味悪いってんなら、色素欠乏症の植物標本として、おらが持ってってやるだ」と云って、隣家に戻ってしまったわ。

 私達は暫し唖然としてたわね。そして気前の良い店子を怒らせてしまったかなと、皆でオロオロとしてたらケムラーさんが、「気にすんな、彼奴はそんなケチな奴じゃ無いよ。唯、頭が良過ぎて、おかしいだけなんだ」と、褒めているのか貶しているのか良く解らない事を云って私達を安心させてくれたわ。まあ一種独特な人とは思っていたけれど、彼は科学絶対主義者と云うべき人物なのよね。此の世の神羅万象も何れ、全てを数式で解き明かせると豪語していたからねぇ……。

 でも産業革命が起こり、科学万能なんて云われる時代に、余り迷信に拘る事は無いと私も思っていたわ。

 知ってるかしら? 我が国では黒猫が横切ると幸福の知らせでしょ……だけど余所の国では不幸の知らせに為るんですって! 処変われば同じ現象も真逆に為る事もあるのよ。だから私は白い南瓜の花が咲いたのは吉兆と思う事にしたの。珍しい事が起きたのならば、きっと良い事が有る筈よと――其れを後でアンリさんに伝えると、「御前ぇは見所があるべや」と嬉しそうに頭を撫でてくれたわ。そして本当に良い事があったの! 丁度ケムラーさんの背広を仕立てる為に出かける処だったそうで、序だからと私達姉妹のハロウィン用の衣装も買ってくれると云うのよ!

 姉は飛び上がって大喜びしていたわね。勿論、私も嬉しかったわよ。

 母は、「そんな厚かましい、勿体ないです」と狼狽えていたけれど――ケムラーさんが、「彼奴の懐具合は奥さんの想像の千倍……いや一万倍は凄いから遠慮は要らないよ」と、一言添えてくれたら――其れでは御言葉に甘えてと満面の笑みで私達を送り出したわさ。


 私達姉妹は眼を輝かせながら街へと繰り出したわ。いざ、綺麗な御べべを求めて‼


 



 


 


 



 



 

 



 





 

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