第10話 エミリー御姉さんの見解


「其れでは、乾杯!」


 準備も整い、参加者も集まりパーティーが始まった。エリス御婆ちゃんも主賓の母親という事で一旦、話を中断して正面に立ち挨拶に加わっている。我々も杯を掲げて各々、祝辞を叫ぶ。並べられた食べ物の量は驚く程で、幾ら屈強な男達が揃っているとはいえ、本当に食べきれるのだろうかと思ってしまう。すると料理を配ってくれていた先程のスキンズ達が、「ウチの会社の慰労会は殆ど大食い大会だからな……兄さん、姉さん達も頑張れよ……」「因みに残したりしたら……」と云って、社長達の方をチラリと観るとリンダが満面の笑みで物云わぬ圧力を掛けている。

 ケインも、「皆……今日は夕飯要らなくなると思うけど、頑張ってね……」と、静かに完食を強要してきた。そういえばケイン――最近一寸ばかり、ふくよかになってきているな……丁度リンダと付き合い始めた頃からかしら……。

 エリック御兄さんと叔母のジャニスさんが大量の揚げ物と共にやって来た。

「すまねえな、話の途中でよ。婆ちゃんも馴染みさんとの挨拶が済んだら、直に戻って来るから其れ迄、之でも食って待っててくれよ」と、其々の受け皿に吃驚する程の量の料理を載せていく。私を含め、女子部員達は明日から減量ダイエット開始だな。

 処で母さんの話は何処迄、進んだのとジャニスが問うたので小男のアンリという人が出て来た処ですと答えたら、「あら、じゃあ丁度良いかしら」と云い、リンダの御家族が発条足ジャックの話を余り広めたがらない理由を説明してくれた。


「一寸、先にネタばらしになっちまうんだが――実は其のアンリさんってのがな、『グラントン商事』……学生さんなら良く知ってるだろ……其処の秘密調査部の御偉いさんなんだよ」


 我々は皆、眼を剥いて驚いた。グラントン商事といえば米国に本社を置き、世界中に支社が在る巨大複合企業ではないか。ウチの三流大学からでは、そんな超一流企業に就職出来る者なぞ年に数人、居るかという処だな。

 既に亡くなったエリス御婆ちゃんの実姉エミリーさんの話によると――一八三〇年頃にグラントン商事の武器開発部が極秘に制作した新型軽鎧計画というモノが有り、十年近く改良を積み重ねてみたが、結局万人が使いこなせる様な物には為らなかった。優れた身体能力と運動神経の持ち主でなければ扱えないとの結論に至り、軽鎧計画は破棄される事となったのだが――其の軽鎧を盗み出した者が居り、長らく追っていたが中々、捕まえる事が出来なかった。しかし六十年近くも経って、再び件の軽鎧を使う者が現れた。グラントン商事は威信を掛けて過去の失敗作を回収すべく、腕利きの調査員を派遣して、漸くに六十年越しの極秘任務を果たした。其れが一九〇四年に起きたリヴァプールの発条足ジャック事件の真相なのだという。

 因みに最初の発条足ジャックの犯人は当時、資金提供をしてくれたアイルランド貴族のウォーターフォード侯爵という男で――此の人物は有り余る財産を享楽の為に惜しげも無く浪費する快楽主義者であり、本当は警察の捜査線上に容疑者の第一候補として真っ先に挙げられていたらしいのだが、貴族の地位を悪用して捜査の網から逃げ切ったそうである。

 二番目の発条足ジャックは、其の侯爵家で庭師をしていたヒューリーという若者らしい。彼が件の軽鎧を盗み出したそうだ。そして三番目の発条足ジャックがエリス御婆ちゃん達が関わった人物で――通称、バーミー気狂いと呼ばれた男なのだという。


「まあ、之で大体は察して貰えたと思うけど――実在する御貴族さんや大企業の名が出ちまっているからな……昔の話とは云え、余りエリス婆ちゃんの話は広めたくなんだわ。如何しても舞台で演りたいってんなら、名前は変えてくれよ」


 皆で揃ってボブを見ると、想像通りの顰め面だ。彼は極端に恋愛や純愛話しに傾倒しているので、(本人は否定している。幅広い物語の書き手であると云い張っている)今回の様な登場人物の女性が下品であったり、暴力的であるというのは彼の美学上受け付けないのだ。又、生っぽい企業の隠蔽工作や諜報員スパイが暗躍する様なサスペンス等も嫌うので、エリス御婆ちゃんの話の要素を――未だ途中だけど――自身の脚本に付け足す事は先ず無いだろう。

 其れを彼等に、そっと説明すると苦笑いをしていた。

 

「脚本家先生の趣味には合わないかも知らんが、婆ちゃんの話は之からドンドンと奇妙奇天烈な尾鰭、背鰭が付いて来るぜ」

怪奇譚ホラー? ドタバタ劇スラップスティック? ……まあ何にしても、とどのつまりは喜劇コメディって感じね」


 ドタバタ劇スラップスティックは元より、暴力的バイオレンス辛辣な皮肉ブラックユーモア等はボブの中では禁忌に近い。堪らずボブは、「エリス刀自殿の話は誇張が過ぎるのでは? 其れに姉を慕っていると云いつつ、口の悪さが災いしてか、逆にエミリー殿を貶めている様に聞こえますぞ。幾ら何でも、あんな暴力的な少女は存在しますまい」と、御門違いな不満を漏らす。其れを彼等家族に云っても如何にもなるまい。するとジャニスさんは、「母さんは一寸、下品なだけで暴力は振るわないけど、エミリー叔母さんが怒った時には此の話し以上の暴れっぷりなのよ」と、母の話の大部分は否定するが、エミリー叔母さんの取った行動は恐らく真実だろうと肯定する。


「あれは大戦中の事だけど……」と、エミリーさんの武勇伝を教えてくれた。

 エミリーさんは元々看護婦で、結婚後は引退していたが開戦後は臨時で復職していたそうである。或る日、エミリーさんの勤務する病院に独軍が爆撃を行った。赤十字の旗が立った建物への攻撃は明らかな国際法違反――怒り心頭に発したエミリーさんは近くのビルディングの屋上に設置されていた対空機関砲を使って、独軍の戦闘爆撃機Fw190Gを二機も撃ち落としたそうだ。勿論、此の戦果は新聞にも載ったのだが――エミリーさんは頑なに自分がした事では無いと否定しており、何故か目撃していた同僚の看護婦達も頑なに口を噤んだそうである。何をされたかは御察しだけどね……なので此の戦果の功労者は現在でも不明扱いになっているという。


「女が強い家系なのよね。でも自分の暴力的な部分は、余り人に見せたがらないという……。ウチの母さんも若い頃は、荒くれ運転手の男共に交じって配送車を転がし、『青眼鏡のエリス』なんて二つ名を持っていたけれど、本性を見せた時のエミリー叔母さんの腕っぷしには誰も敵わないと云っていたわ――究極の猫被りよね。まあ、其処迄の鉄火女はウチの家系でもエミリー叔母さん以外には……」


 そう云って今度は皆でリンダの方を振り返る。不良少年達を小突きながら豪快に笑っていた彼女が、我々の視線に気付いた様で急に居住まいを正し、淑やかに振る舞い始めた。不良少年達は若干、引いている。エリック御兄さんはウチの妹は間違い無く、隔世遺伝だと云う。中学生の時に不良達相手に大立ち回りをして三人を病院送りにしたり、泥棒の乗っていた単車に飛び蹴りをして横転させたり等々……リンダの信じられない様な恐ろしい過去を暴露した。何方の事件も正当防衛という事で方が付いたそうだが、あの時は流石に肝が冷えたそうである。ジャニスさんも、「母さんもリンダは姉の若い頃にソックリだと、よく云ってるわ」と親類一同、リンダの鉄火女振りには太鼓判を押している。しかしリンダの前で其れ等の武勇伝を語る事は、絶対の禁忌であるそうだ。

 話を聴いていたケインの表情は、何とも云えない複雑なモノと為っている。

 エリック御兄さんとジャニス叔母さんは慌てて、「アレは一途な女だから御前さんが浮気でもしない限り、暴力的な事には及ばないよ」と、必死に宥めている。

 実際、エミリーさんの旦那さんは彼女にベタ惚れだったので其の本性を知らぬ侭、幸せな人生を全うしたそうだ。しかしエミリーの子供達――ジャニスさんの従姉弟達は子供時代の悪戯の代償に、トラウマに為る位の恐怖を味わったそうである。

 そんな慰めに為っているのか、いないのかと云う話をケインが受けている内に、エリス御婆ちゃんが戻って来た。


「御待たせしたねぇ、さて何処迄話したかしら……確かケムラーさんと発条足ジャックの二度目の戦いだったかしら……」と、随分先の場面に飛んでいたので、其処では無いですと云って軌道修正する。エリック御兄さんが、小男のアンリさんが登場した処だよと伝えると、「おや、アンタ達も何か補足説明でもしたのかい?」と云うので、エミリー大叔母の話を少しと云うや否や、「いやだよ、御前達――エミリー姉さんの見解は的外れだと云ったじゃないか。私の話が真実さね」と高らかに云って、ケラケラと笑った。エリック御兄さんとジャニス叔母さんは苦笑いで、コッソリと我々に呟く。


「次はとんでもない人物達の登場よ……覚悟は良いかしら」

「脚本家先生は耳を塞いだ方が良いかもな……」

 

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