第5話 ホームパーティー


「おぉ~……良い話だったなぁ~……」


 ボブは感涙していた。彼は恋愛物の他にも家族愛の詰まった話も大好きなので、此の反応は何時もの事なのだが――彼は泣き顔が汚くて困る。涙と一緒に大量の鼻汁も出て来るので見苦しい事、此の上無い。一頻り泣き終えた後、ボブはケインに向かって、「実に素晴らしかった。是非、君とリンダの話を僕に書かせてくれ」と、迫って来た。之も何時もの展開なので、部員全員で止めに入る。


「いい加減にしなよボブ。部員の恋愛話をネタにするのは禁止だって云ってるでしょ。之以上、しつこくするなら彼方は我が部から追放――全員と絶交になるわよ。其れにケインとリンダが此の話を広めたいとは思えないでしょうが!」


 ケインも冷淡な口調で友人を諭す。


「アンの云う通り。僕等の馴初めを君の脚本ほんのネタにしたら絶交するし、発条足ジャックの話も聞かせてあげない。其れにリンダの御父さんや御兄さんを怒らせたら大変だよ。なんせ此の辺りの流通、卸業を仕切ってる会社の社長だからね。二人共、貫禄有って怖いよ――従業員達も皆、厳ついし……若い従業員の中にはバリバリのスキンズ(不良文化の一つ)の子等も居るからね。下手な事したら何をされるか……」

「な、なんだよ……脅すつもりかい? ぼ、僕は脅しに屈する様な気弱な人間じゃぁ無いぞ! ま、まあ……今回は君の意を酌んで脚本を書くのは止すけれど……」


 分かり易く怯える彼は見ていて何だか微笑ましい。ボブは駄目人間だが妙な魅力が有る。だから皆も、なんだかんだで構ってしまうのだろう。

 一寸、脱線したが話を戻してケインに尋ねると――なんと其の後、エリス御婆ちゃんの物探し行為は治まったらしい。ずっと心の何処かに引っ掛かっていた思い出の本が、手元に有るのだから其れは当然なのかな――しかし既に亡くなっている家族や友人知人等の死は、矢張り認識出来ないそうだ。でも夫の死だけはシッカリと理解しているとの事。でも其れは、ずっと一緒に連れ添った人が居なくなったのだから之も当然の事なのかも知れない。何にしてもエリス御婆ちゃんが穏やかになって良かった。

 ケインは此の件でリンダのハートを射止めただけでなく、家族親類一同からも大変に気に入られて、今では家族ぐるみで交流を深めているそうだ。親公認のカップルとは羨ましい。

 しかし此処で一寸、気になる点が有る。エリス御婆ちゃんは痴呆症なのだ――ならば発条足ジャックの話は大丈夫なのか? 記憶の混濁は無いのだろうか? 此の疑問にケインは「其れは大丈夫。リンダや御家族によると、痴呆症に為る前と為ってからも『発条足ジャック』の話の内容は一言一句、違わないそうだよ」との事。幼少期に体験した、余りにも強烈にして鮮烈な記憶には改竄の余地が無いのだろう。何にしても一安心であるが――でも『発条足ジャック』の話の内容は酷く荒唐無稽だから、其処は理解して置いてと念押しされた。



 日曜日――遂に此の日がやって来た。

 集合場所の部室には朝早くから続々と部員達が集まって来た。皆なんだかんだで野次馬根性が逞しく、此の日を楽しみに待っていたのだろう。集合時間前なのに既に全員が揃っていた。


「日曜礼拝にも行かず、欠席者も一人も居ない――どれだけ暇人なんだ君等は‼」


 ボブの自虐的な冗句に皆が薄ら笑いを浮かべていたら、ケインとリンダが慌てて部室に飛び込んで来た。何事かと訊ねる前に皆は揃っているかと云うので、全員居ると伝えたら、「じゃあ、一本早いバスに為るけど早速出ましょう!」と、急き立てられる様にバス停留所に向わされた。そしてギリギリの処で、搭乗予定の一本前のバスに駆け込み乗車となった。思いもよらぬ朝からの全力疾走で皆、ゼイゼイと息を切らせている。一体、如何なってるのと訊ねたら、ボブが車窓を指差して「恐らく、のせいだろう」と云う。窓の外を観て――ああ成程と皆、得心がいった。

 大学の玄関前には百人近くの学生がたむろしており、『戦争反対』の手持ち看板が彼方此方に見える。如何やら左派グループ主導によって、デモ行進と集会でも行う予定なのだろう。


「……ひゃ~危なかった……。奴等にとっ捕まってたら、無理矢理に反戦集会へ強制参加させられる処だったよ」

「何か今日、日曜なのに矢鱈と通学してる奴が多いと思ったらこういう事か……」

「何で此の情報、誰も知らなかったんだ! 分かってたら集合場所変えてたのに」

「仕方ないでしょ――私達、『無関心派』には入ってこない情報も多いんだから」


 米国の若者達から始まった反戦反核運動、『フラワームーブメント』や自由博愛運動、『ヒッピームーブメント』は少なからず此処、英国にも飛び火していた。最初は米国大使館前での抗議活動だけであったが、最近では其の規模が膨らんで国会議事堂前や各州の市庁舎前等で集会やデモ行進をする迄に至った。左翼や無政府主義者が音頭を取り、血気盛んな若者達を率いて暴動騒ぎを何度も起こしている。

 労働者階級の子供とは違い、大学に通える様な比較的裕福な中産階級で育った若者達の間では、今迄自らの生活とは無縁だった暴力的刺激に飢えている者が少なからず居る。そんな者達を言葉巧みに誘導して、欲求不満の捌け口として此の運動に参加させてしまうのだ。

 しかし其の様な者達は少数派の筈なのだが――暴力を嫌い、芸術に心血を注ぐ、極普通に生きている大多数派が何故か学生の間では、『無関心派』と呼ばれてる。何だか間尺に合わない話だ。


「何で大学生は誰もが、『戦争問題』を論じるという風潮になっているのかね……」

「奴等、『争いを止めろ』と云いつつ、自分たちが暴れてる自覚が無いのかな……」


 だからと云って我々は自由博愛を標榜する気も無いが、もう少し普通に青春時代を謳歌したいだけなのだ。なので余り主義思想は表立って主張したくないのである。

 まあ、大好きな演劇関係やファッションに付いては一格言有るけれど……。

 若者文化ユースカルチャーは多様性が無ければいけないのだ。無理強いは止めて欲しい。

 出掛けに一波乱あったけれど、何とか無事にリンダの実家に着いた。形式上はリンダの御父さんの誕生祝いに参加させて頂く呈なので、皆で少しずつ出し合って買った大きな花束をボブが代表して抱えている。本当は此の役はケインに頼みたかったが、彼は個人的に贈り物を用意していたので仕方が無い。

 予定時間より随分と早めに着いてしまったので、支度が出来ていないから一寸だけ玄関前で待っててねと云い、リンダは一人で家の中に入ってしまった。改めて見ると大きな家だ、庭も広い。奥の方から複数人のガヤガヤとした声が聞こえる。如何やら若衆達がバーベキューの準備をしているのだろうか――そんな事を考えながら待っている我々に向かって、不意にドスの効いた怒鳴り声が浴びせられた。

 

「おう、手前ぇ等! こんな所で何やってんだ‼」

「此処が何処だか解ってんのか、こらぁ‼」


 薄汚れたボマージャケットを羽織り、裾をたくし挙げたジーンズに安全靴――極めつけに短く刈り上げた頭髪――スキンズの集団に絡まれてしまった。こんな危機的状況なのにあれだが、 ボブは面白い貌で固まっている。文芸肌の我々が最も苦手とする此の状況に際して、何と大人しいケインが正面に立った。するとがんを付けていた強面の彼等が急に相好を崩し、「おう、ケインの兄貴ィ!」と云って、ワラワラと依って来た。如何やら彼等はリンダの御父さんの会社の従業員達で、ケインとは顔馴染みの様である。

 ケインはリンダの家族のみならず、一族経営の会社の従業員、若衆達にも人気があるらしく、御自慢の器用な手先を生かして彼等の好きな単車の改造に手を貸していたら懐かれたそうだ。

 そうこうしている内にリンダが門から出て来て中に招き入れてくれた。そして不良少年達に向かって、「おう、アンタ等もちょいと向こうを手伝ってきな!」と、可愛い貌から想像も付かぬ粗野な言葉を云い放つと、彼等は当たり前の如しに、「へい、リンダの姉貴ィ‼」と従順に従っていた。厳つい男達が大勢居る環境で育てば、こうなるのも必然なのか――其の可憐な容姿とは裏腹に彼女は、かなりの鉄火娘の様である。うっかり素が出てしまったリンダは、コホンと咳払いをして、「さ、さあ皆様もどうぞ! 歓迎致しますわ!」と可愛い仕草で取り繕うが、其れを観ていたスキンズ達が、「姉貴ィ……何、気色悪りい声出してるんすか……」と、言葉を云い終わる前に――リンダからの物云わぬ恐ろし気な視線に当てられ、不良少年達は脱兎の如し勢いで庭の奥に駆け出した。此の様子だと如何やらリンダは学校では猫を被っているのだな……ケインは将来、尻に敷かれる事は確定である。



 何だか初っ端から色々有ったが、漸く我々はホームパーティーに辿り着いた。

 

 

 


 





 



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