第4話 偽物の本


「成程、読めて来たぞぉ……其処でケイン、君の器用な指先の――御得意の物作りの出番って訳だな!」


ボブは名探偵宜しく、格好つけてケインを指差す。


「御明察……と云うか既に皆、気付いてるだろ……」

「此の話の流れで気付かない奴は演劇部に居ないわよ……。ボブ、折角良い処なんだから余計な水を差さないで」


 アンを初め、皆からの冷たい態度に動じる事も無く――気付いていないが正解か――ボブはケインに話の続きを促した。ケインも慣れたもので、何事も無かった様に話を続ける。



 其処でリンダの家族達は一計を案じた。当時、エリス御婆ちゃんの持っていた鞄と本のを作ってしまおうとね……。

 鞄の方は古道具屋を探したら当時、人気の有った品で大量生産されていた為に簡単に入手出来た。之はダミアンさんが見付けて来てくれた。本の方も特に希少本という訳では無いので、何件かの古書店を廻って直ぐに手に入れられた。之はリンダの父、デイブさんが見付けた。只、何方も紛いなりに商品として売られていただけあって、中古品とはいえ比較的な状態なのである。

 此の侭、渡したら幾ら呆けてる御婆ちゃんとはいえ流石に勘繰られると思い、少し古ぼけた加工をしようという事になって――僕に御鉢が回って来たという訳さ……。

 鞄の方は重しで潰して、泥水に付込んでは乾かしてを何度か繰り返し、端々を針で微妙にさせる。後はベーキングパウダーと塗料で黴っぽい模様を付けて最期に砂埃を塗せば、経年劣化による汚れが再現出来た。

 でも本の方は一寸、手間が掛ったね……インク文字が霞まない様に注意深く行ったよ、読めないと不味いからね。でも何とか赤茶けた塩梅になってくれて良かった。

 問題は自作したという壁紙を使った表紙の装丁だった。古い物だから問屋に問い合わせてみても在庫は無かったとの事。仕方が無いので似た様な壁紙で代用しようと考えていた矢先、之もリンダの叔母さん――長女のジャニスさんの御蔭で解決した。

 彼女の住む家の近くで古い家の解体工事が行われていたので何気なく覗いて見たら、何と其の家の壁の壁紙が件の本の表紙に使用している物と全く同じ物だったんだ。此の偶然を逃してなるかと、ジャニスさんは解体工の親方に直談判して、何とか壁板の一枚を譲って貰ったのだ。其の壁板を背負って帰るジャニスさんを見て、周りは唖然としていたらしいけど……何とも行動力の有る一族だね。

 其の苦労して手に入れた壁板から慎重にスチーム掛けをして壁紙を剥がし取り、汚しを加えて本の表紙の装丁は完了……したかと思いきや、最期の難関が待っていた。


 何と裏表紙に、当時七歳のエリス御婆ちゃんの画いたが有るというのだ。

 子供が画いた稚拙な絵ではあるが、中々納得のいくモノが描けない。皆で何枚も下書きをするが、実物を見ている四人の兄弟姉妹達は首を傾げるばかりで如何にもしっくり来ない様である。最悪、失敗しても壁板一枚分の壁紙が有るので再挑戦は三~四度おこなえるが、汚し付けの手間も有るので出来れば一発で決めたい処である。しかし之も、エリス御婆ちゃんの次女――ジェリーさんの末娘、メリンダちゃんの御蔭で解決した。

 僕等の様子を見ていたメリンダちゃんが真似をして同じ絵を画いていたのだが、其の絵を見たエリス御婆ちゃんの息子娘達は揃って「之だ! そっくりだ‼」と大声を上げた。子供の画いた絵なのだから、子供に画いてもらえばよいという事に気付けなかったのは盲点だったね。しかし、いきなり大声を浴びせられて、訳の分からぬ未だ十歳のメリンダちゃんは大泣きしてしまった。リンダが必死にあやしていたが、あの娘には悪い事をしたね。

 早速、メリンダちゃんの傑作を裏表紙に複写して、最後に汚しを加えて経年劣化を醸し出す――こうして僕の持てる技術の総力を出して作成したは完成した。リンダの御家族、親戚一同からは大変に感謝されて一寸、照れ臭かったよ。


 後は此の鞄を、家の離れに有る納屋の収納棚の裏に隠して作戦開始だ。

 作戦の内容はこうだ。日曜日の朝、リンダの両親――同居する長男夫婦は急な用事が出来たといい、出かけてしまう。孫で一緒に商いを手伝うリンダの兄エリックも付いていく。リンダは昨夜は遅くまで大学のレポートを書いていたといい、眠いからと日曜礼拝にも行こうとせず居間のソファーで眠りこけてしまう。

 すると誰にも相手をしてもらえないエリス御婆ちゃんは何時もの如く、在りもしない鞄探しを始めるだろう――予想通りに其れは起こった。

 初めは屋根裏部屋を探そうとしたエリス御婆ちゃんに向かってリンダが、「御婆ちゃん、眠いんだから五月蠅くしないでよ」と云うと、可愛い孫には甘い気遣いをするエリスは、「はいはい、御免なさいよ」と今度は庭に出て直ぐの物置を探し始めた。

 此処迄は計画通り――そして僕の出番が来た。本来なら此の役は親類の誰かが演るべきなのだろうけど、僕が小道具係だけではなく紛いなりにも演者もしていると知ったら、「此処は演劇部の腕の見せ処だろう」と無理矢理に押し付けられたんだ……。

 僕はリンダを訪ねて来た振りをして呼鈴を押す。玄関先に居たエリス御婆ちゃんは何度か逢った事のある僕の貌を見るなり、直ぐに招き入れてくれた。


「あらあら、ちゃん! よく来たわねぇ」


 名前は間違われたけれど、其処は問題無い。


「こんにちは。あの……今日はリンダと御宅で宿題をする約束でして……」

「あら、そうだったの。あの娘ったら昨夜は学校の宿題を遅く迄、やっていたから眠いといって居間でゴロゴロしてるのよぉ……。フフッ、ケントちゃんに後れを取らない様に気張っていたのかしらねぇ。待ってなさい。今、叩き起こしてあげるから!」


 エリス御婆ちゃんは居間で狸寝入りをしているリンダに、「私の可愛い、御寝惚けリンダ! 御婆ちゃんのキスで起きなさい!」と云って、激しい接吻キス抱擁ハグでリンダを起こす。此の起こし方はエリス御婆ちゃんが昔から夫や子供、孫に対して行う遣り方らしい。暫くはエリス御婆ちゃんとリンダと僕で当たり障りのない世間話をしながら御茶を飲む。そして頃合いを見計らい計画を実行に移す。


「そういえば、御婆さん。先程は物置で何を探されていたんですか?」

「そうだ! あのねぇ、私が昔に何処かにしまい込んで忘れてしまった鞄をね――」


 リンダの御家族が一年程前から何度も聴かされた話――何度説明しても納得させられない話――時には声を荒げて、御互いに泣き出した事も有ったと云う。痴呆症、記憶障害とは何とも物悲しい病気だな。幾ら世間でよく聞く様な異食や不潔行為や徘徊行動が無く、養老院や癲狂院てんきょういんに入る迄ではないにしても之は精神的に辛いだろう。

 でも、そんな不毛な遣り取りも今日で終わりだ。なんせ、本来現存しない物を僕が――僕等が造り出したのだから。

 エリス御婆ちゃんの御馴染みの説明が終わると、リンダは脚本通りの台詞を云う。


「あ、あら、御婆ちゃん……其れなら物置には無い筈よ。だ、だって先月、あの中の物は日干しするからといって、御父さんと御兄ちゃんが全部引っ張り出していたじゃない! た、確か……其の筈よ……」

「あら、そうだったかしら?」

「そうすると……確か離れの納屋が有りますよね、其処じゃないですか?」

「そ、そうよ、御婆ちゃん、其処じゃない! 結構力持ちのケインも居るし――ちょ、ちょ、一寸探して……みる?」


 仮にも演劇部員の僕からすると、リンダの演技は今一つ不味いのだが――エリス御婆ちゃんは疑う事は無かった。しかし御客さんに、そんな事を頼むのは失礼よと云いだしたのでリンダは慌てたが、其処は僕の機転で「時間も未だ早いですし、構いませんよ」と告げると、少し逡巡した後に「じゃあ、一寸だけ御願いしようかしら」と、何とか軌道修正する事が出来た。此処迄は完璧である。そして三人連れ立って納屋を探し始める。エリス御婆ちゃんが後ろ向きなのを確認し、僕が何気に声を出す。


「あれ? 収納棚の裏に何か挟まっているな」


 するとエリス御婆ちゃんは、眼を剥いて「え? な、何が挟まってるって⁉」と興味津々に近づいて来た。僕は其れを指差し、何だか潰れた鞄みたいですよと云うや否や、エリス御婆ちゃんは老人とは思えない力で棚を押し上げた。僕とリンダは吃驚して棚を支えるが、エリス御婆ちゃんは御構い無しに件の鞄を引き出し、そして表に駆け出した。陽の光の下、鞄を食い入る様に見つめながらワナワナと震えだす。そして大声で、「之よ! 此の鞄よ‼」と叫び、中身を取り出した。鞄の中身は本の他にも当時の古い台帳や写真が何枚か入っている。勿論、其れ等の物も古ぼけた加工が為されている。

 僕の提案で本だけだと現実味が薄れるので、何か他にも捨て置かれても良い様な書類や写真の類も入れておいた方が、より本物っぽくなると相談したら、親類一同は其れは良いなと、会社倉庫や事務所の棚をひっくり返し、兄弟姉妹皆のアルバムを出し合って当時、鞄の中身に入っていてもおかしくない書類や写真を提供してくれた。そして其の効果は確かに有った様である。


 エリス御婆ちゃんは当時の台帳や写真を懐かしそうに一通り眺めた後――宝物の本――遠い昔に大好きな姉から貰った本――発条足ジャックを斃した、フランケンシュタインの男への想いが詰まった本――大切な思い出の本を愛おしく抱きしめて泣いていた。

 実は其の本は偽物のなのだけど――エリス御婆ちゃんにとっては――いや、リンダの家族親類一同にとっては本物以上の偽物となるのだろう。

 

 本を抱いて蹲るエリス御婆ちゃんは泣きながらも本当に嬉しそうな貌をしていた。リンダも傍らで、「良かったね」と繰り返し云いながら嬉しそうに泣いていた。今作戦の協力者として此の結末は嬉しい限りだ――作戦は大成功! 僕も何だか涙が出ていた――。

 そして此の出来事を切欠に僕とリンダの距離は縮まり――付き合う事となったんだ。

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