第2話 発条足ジャックとフランケンシュタインの怪物


「は?」


 リンダからの返答に演劇部員達は目を丸くして唖然としている。

 当然の反応だろう。発条足ジャックは紛いなりにも実在した怪人物であるが、フランケンシュタインの怪物といえば創作の化物なのである。何故に創作の怪物が実在した人物と絡むのか? 

 其れは一体、如何いう事なのとの問い掛けにリンダは慌てて、「ち、違うの! つまり『フランケンシュタインの怪物』の様な風貌の――用心棒……傭兵……? みたいな感じの大男が発条足ジャックを斃したという話なの……後は頭が良過ぎて馬鹿な小男とか、性格破綻者のオカマとか……」と、自分もよく判じかねるといった様子で答えた。

 すると恋人のケインが「今、此処での説明は難しいかなぁ……直接にエリス御婆ちゃんの話を聴いた方が、未だ解りやすい……かな?」と曖昧な補足をした。

 如何やら相当に複雑な話か、其れとも突拍子も無い話の何方かなのだろうと想像出来るな――既に登場人物の個性キャラクターが滅茶苦茶である。取敢えず、話を聴ける算段は付いたので演劇部員達はリンダと分かれて部室に戻る事にした。


「なあ、ケイン。君の彼女の御婆さんの話って、そんなに可笑しな内容なのか?」


 役者兼、大道具班のマークからの問いかけにケインは腕組みをして、うぅむと考え込んでから「僕も三度、話を聴いて……いや、聴かされたのだけれど――作り話にしては良く出来過ぎていて、とても当時は子供だった者が創作したとは思えないんだよね……」

 大人になってから後付けで創作したのではないかとの質問にも、「リンダの御父さんや其の兄弟姉妹達が云うには、話の内容は昔から一貫して変わらずとの事だよ。其れに後付けと云っても、エリス御婆ちゃんは余り学の有る方では無いので、あんな複雑な話を創造出来るのかと――疑問に思っている様なんだよ。だけど、やっぱり本当の事とは到底思えない内容だねぇ……だから彼女の家族達は件の『発条足ジャック』の話を余り他人には教えたがらないんだよ」と困り顔で云う。でも其れに反して、エリス御婆ちゃんは事ある毎に発条足ジャックの話をしたがるので、皆は困っているそうだ。

 成程、だからリンダは嫌がっていたのか――ケインには悪い事をした。しかし当のボブは自分のした事の迷惑なぞには気が付かず、其れは大変だなと慰める様に云い放つ。ケインは一寸、イラっとした様子であるが長い付き合い故か、ボブの駄目な性格を良く理解しているので深くは突っ込まないでいる。


「よし、取敢えず件のエリス御婆ちゃんの話は来週迄の御楽しみとして――其の話の予習というか、発条足ジャッとフランケンシュタインの怪物について少し纏めてみようか。今回の脚本に付け足す要素が有るかもしれないしなぁ……」


 意外にも真面なボブの発案に、皆揃って図書室に移動した。司書に頼んで発条足ジャックとフランケンシュタインの怪物についての書籍を何冊か借りて、ざっくりとしたレポートを作成する。



 先ずは『発条足ジャック』

 

 銀色の奇抜な服に黒い外套、眼は燃える様に赤く、口から青い炎を吐く。

 一八三十年代半ばから、ロンドン各所にて屋根伝いに飛び回る怪人物の目撃情報が相次ぐ。突然通行人の眼の前に現れては火を吹いたり、尋常ならざる跳躍力で飛び跳ね廻り、うら若き女性達に対しては胸を揉みしだく等の破廉恥行為を行っており、多くの人々にショック症状を引き起こさせた。此の奇怪な愉快犯の犯行は数年間に渡り繰り返されてきた。一八三八年には遂に警察の大掛かりな捜査が始まるも、捕まる事は無く、一八四五年の少女への悪戯を最後に発条足ジャックは其の消息を眩ませる。

 有力な容疑者も居たのだが、確たる証拠は掴めなかった。

 そして二七年もの月日を得た後に、再びロンドンの街に発条足ジャックは現れた。

 以前と同様の事件を繰り返して世間を翻弄するが、此度はロンドン以外の街にも姿を現しており、度々新聞の一面を賑わせていた。一八七七年には陸軍駐屯地の歩哨の兵士が襲われて大怪我を負う事件が起こり、面子を潰され怒り心頭に発した軍部が執拗に逮捕を試みるも、矢張り捕まえる事は適わなかった。しかし軍部を敵に回した事により包囲網が狭まったと感じたか、発条足ジャックは再び姿を眩ます。

 此の際も何人かの容疑者が浮かび上がったが、逮捕には至らなかった。

 そして更に二七年の月日の後、発条足ジャックは再々度現れた。今回はリヴァプールの街に出現し、数名の女性に痴漢行為を働いたが矢張り逮捕は適わず――屋根伝いに飛び跳ね廻っている姿を最後に目撃情報は途絶えており、一九〇四年以降は発条足ジャックの出現記録は無い。全ての発条足ジャック事件において何人かの容疑者候補が居たが、余りにも時代を跨いでいるので現在では模倣犯、複数犯説が有力である。

 此の怪人物の織り成す都市伝説は当時から現在に至る迄、非常に人気が高く、幾つもの舞台や映画や書籍化が為されている。



 続いて『フランケンシュタインの怪物』

 

 七フィートを越える長身で肌は青黒く、剛力の持ち主。知性は有るが非情な性格。

 一八一八年、匿名にて出版された小説、『フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス』が出自。

 此の作品に登場する天才科学者、ヴィクトル・フランケンシュタインにより作られた人造人間(名前は無い)――非常に醜い見た目をしている為に怪物と呼ばれる。

 数年後には原作者メアリ・シェリーの名前が記載され、一八三一年に『改訂版――フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス』として再出版される。此の作品は当時の最先端科学を詳しく説明されている事から、一部では世界初のSF(サイエンスフィクション)小説とも云われており、後の世に多大なる影響を及ぼした。

 現在では『フランケンシュタイン』=『怪物』との認識が一般的に為りつつ有るが、正確には『フランケンシュタイン』が作った『怪物』というのが正しい。

 当該作品は時代を越えて幅広い人気が有り、幾つもの舞台や映画や書籍化が為されている。



「ざっと、纏めてみたけど――大体こんな感じかな?」

「まあ――両方共、時代を越えて人気が有る題材というのは共通しているね。フランケンシュタインは最近もシリーズ物で映画化されているしねぇ……」

「年代から考えると、例の御婆ちゃんが遭遇した発条足ジャックは一九〇四年に現れた奴だよね」

「一体、どうゆう風に発条足ジャックとフランケンシュタインの怪物が絡んで行くのかなぁ……全然、想像がつかないや」


 現実と架空が交じり合う物語――我々、演劇部員達には常時に置いて馴染みある事柄だけれど今回ばかりは皆、想像しづらい様であるが其の反面、答えを聞くのが楽しみでもある。時代背景としてはフランケンシュタインの方が若干、古いのだな。


「そういえばボブ。あんたの脚本、確かの発条足男だったわよね。何でロンドンじゃないの? リヴァプールに現れた発条足男は一年にも満たない期間で消えちゃったんでしょ。そんなんで話が作れるの?」


 此の私からの質問に、他の演劇部員達も思う処が有った様だ。どうせなら長い期間ロンドンで暴れまわった発条足ジャックの方が面白い話になるのではないかと皆で部長に意見具申したのだが、ボブ曰く――今度の公演は地域活性化の意味合いも含めたいとの事――割と彼は地元愛が強かったのだな。

 

「でも、今度の脚本にフランケンシュタインの要素を付け加えるかは、未だ判らないけれどね……先ずは件のエリス御婆ちゃんの話を聴いてからだな」


 はたしてエリス御婆ちゃんの語る発条足ジャック事件の真相とは? 来週が待ち遠しい。







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