人造人間 ~リヴァプールの発条足男~

綾杉模様

第1話   若き演劇部員達




 発条足男ばねあしおとこがやって来た。


 ピョン、ピョン、ピョンと飛び跳ねて。


 お巡りさんを呼んで来い。


 素早い銃でパン、パン、パン。


 だけども発条足男にゃ、当たらない。


 お巡りさんは困り顔。


 発条足男は逃げて行く。






「何之? マザーグース(伝承童謡)の歌?」

「いや、そんな上等なモノじゃないよ――一昔前のナーサリーライム(一時期、特定地域の子供達の間で歌われた童歌わらべうた)の一つだね。一八三十年代頃のロンドンで流行った『発条足ジャック』を歌ったモノだよ」

「えぇっ! 今度の演目、雅か発条足ジャックを演るつもり?」

「其の通り! 今回の僕の脚本ほんは自信作になるよぉ」


 一九六八年――イングランド、ランカシャー州、リヴァプール。

 中世より港湾都市として栄えていた街だが、第二次世界大戦時の激しい空爆により主要産業は壊滅的な打撃を受けてしまい、其れに伴う大規模な人口流出によって寂れた街になって久しい今日此の頃――嘗てはロンドンに次ぐ大英帝国第二の都市と謳われた其の栄華も、今は昔となっていた。

 しかし、そんなリヴァプールが此処数年で目覚ましい変貌を遂げていた。切欠の一つは此の街出身の四人の若者が結成した楽団、『ザ・ビートルズ』

 彼等の人気は凄まじく、英国本土は元より今では世界規模での公演を行っている。

 彼等は自身の曲中で地元の事を歌っており、其の御蔭かリヴァプールという街の知名度が著しく向上したのである。彼等の世界的人気の影響は政治家達も無視出来ず、若い芸能人としては異例中の異例――何と女王陛下より勲章を授与されるという、奇跡的な事を起こしてしまった。

 国家勲章を受勲した人気者達の出身地が、寂れたリヴァプールの街では幾分恰好が付かないと御偉いさん達が思ったか如何かは定かではないが、此の時期辺りから政府からの治安、経済行政、貧困政策のテコ入れが積極的に始まり、貧民街スラムの撤去や地場産業への支援が手厚くなったのは紛れも無い事実である。

 彼等の活躍に触発された街の人々は、其れに続けと云わんばかりに活気に満ち溢れており、停滞していたリヴァプールの産業、経済も俄かに盛り上がり始めた。そして、学生や若者達は自分達にも彼等の様に何かが出来るのではと夢見始め――音楽や演劇、其の他諸々の芸術活動にのめり込む者で溢れかえっていた。


 ――独創的なファッションに身を包み、今迄の既成概念を排除する――今や、

『開花した若者文化の黄金時代』は此処、リヴァプールの街にも押し寄せている。


 とある大学の演劇部に所属する役者兼、衣装係のアンの問い掛けに同じく演劇部の部長にして舞台監督兼、脚本係のボブが愉し気に答えた。此の詩は今度の公演の脚本製作の為に、ロンドンの友人に探してもらった資料の一部との事である。

 今回、彼等が行おうとしている演目は英国では誰もが知る都市伝説、『発条足ジャック』――しかし、余りにも有名過ぎる為に素人芝居は元より商業的な物でも、小説や漫画や映画や舞台等々で何度も戯曲化されており、今更感が拭えず最近では敬遠されている題目の一つである。


「何で今時、『発条足ジャック』なのよぉ……どうせなら『切り裂きジャック』の方が未だ良くない?」

「何を云うのかね、アン。切り裂きジャックこそ今更じゃあないか!」


 確かに何方も今の時代からすると使い古された演目だが――衣装担当から云わせてもらうと其れでも未だ切り裂きジャックならば、我が部の貧しい予算内でも其れなりに見栄えのする衣装を仕立てる自信が有るのに発条足ジャックとなると――どうしてもゴテゴテとして奇抜な……正直に云ってしまうと、馬鹿ッぽい道化師みたいな感じになってしまいそうで嫌なのである。そう伝えると其処を如何にかして恰好良くするのが君の腕の見せ所だろうと怒鳴られてしまった。

 多少ムッとしたが、確かに言い得て妙である。将来は役者よりも舞台衣装を中心とした服飾関係の仕事を目指す私にとって、之は越えなければならない試練と思い納得しようとしていたが――ボブが饒舌に語る舞台の構想が余りにも奇天烈過ぎて、怒りを通り越して混乱して来た。周りに居た演劇部員達も啞然とした表情である。


「今度の公演には僕の考えうる案を全て打つけるつもりでいるよ! 先ず発条足ジャックは空を飛ぶ。そう、僕の『リヴァプールの発条足男』は史実の通り、天翔ける怪人となるのだよ、諸君!」

「はぁ?」

「えっ?」

「はい?」

「ワイヤーワークだよ、ピーターパンの舞台は知っているだろ。そして火吹きだ! 勿論、消火器や水を入れたバケツの準備は怠らない様にしないとね。後は…………」


 部員達は慌ててボブの話を止めに入る。たかだか大学生の演劇発表会にワイヤーワーク用の舞台装置等、設置出来る予算も伝手も有る訳がない。其れに大学の講堂内で火なぞ使って、もしもの事が有ったら全員が停学――いや、退学処分間違い無しであろう。


「無茶な事を云ってんじゃないよ、ボブ! あんた部長だろ、何時も何時も大風呂敷おっ広げてないで、もっと現実を見て計画立てなよ!」


 どうも此の部長は大言壮語が過ぎていけない。周りからの非難囂々にも初めは抵抗して舌戦を繰り広げていたが、其の内に自分の計画が余りにも非現実的だと悟り、凹んでしまう。でも其の感情は表には出さずに、むぅと頬を無くらませて虚勢を張って見せている。自分の考えを全否定はしたくない、逆に何で君達は僕の素晴らしい案が理解出来ないのかと、恰好を付けて見せたいのだろう。

 しかし、こんな遣り取りは毎度の事なので部員達も取敢えずボブが大人しくなったから良しとする。実現不可能な舞台装置を諦めさせた代わりに、演目はボブの案を採用して発条足ジャックで決定とした事で機嫌を取って、漸く不毛な討論会に幕を閉じた。


「今度の演目は発条足ジャックかぁ……何か最近、縁が有るなぁ……」と役者兼、小道具係のケインが小声でボソリと呟いた。其の発言を聞き留めたボブが「縁が有るとは如何云う事だい」と問うと――ケインは不味い、聴かれてしまったという表情で何でも無いよと誤魔化して取り繕うとしたが、野次馬根性逞しい好奇心旺盛なボブの執拗な追及に遂に屈してう。

 そして実は自分の彼女ガールフレンドの祖母が、実際に発条足ジャックと遭遇した事が有るのだと白状してしまった。


「本当かい、ケイン⁉ 実に素晴らしい、何という偶然! 何という好機! 渡りに船とは雅に此の事‼ 是非、君の彼女の祖母に逢わせてくれ、詳しく話を聞かせてくれぇ‼」


 ボブの性格上、こうなる事は解っていたので必死に隠そうとしたかったのだが相手が悪かった。自称、天才演出家を気取る此の鬱陶しい男を自分の彼女や其の家族に逢わせたくない気持ちは皆、痛い程に解るのでケインには同情の眼差しが送られている。

 そんな彼の心情は独善部長ボブには全く理解されず、善は急げとばかりに部室から引っ張り出されたケインは彼女のいる教室迄、強制連行されてしった。ボブ程ではないが皆、其れなりに野次馬根性は逞しい。アンを含め、其の場にいた演劇部員達も悪ノリには乗っかる口である――なので気が付けば全員で後を追っていた。若者達は面白い事や楽しい事が大好きなのは古今東西、変わらぬ事象であろう。


 突然の集団訪問に見舞われたケインの彼女、リンダは唖然としていた。仕方なくケインは事の次第を説明すると、リンダは頬を膨らませて余計な事を云わないでと多少、おかんむりの様子である。けれどもボブは、そんなリンダの心情なぞ御構い無しに、発条足ジャックについての質問攻めを開始する。余りの配慮の無さに、半目でボブを睨み付けるリンダを観ていた恋人のケインと演劇部員達は、ハラハラしながら必死に愛想笑いで合いの手を入れて何とかリンダを宥めていく。因みにボブは自身が疎まれている事に全く自覚を持っていない――悪い奴ではないのだが、絶望的に空気が読めない男なのだ。

 ボブの饒舌に根負けしたリンダは溜息を付きながら、「分かりました。実は来週の日曜日になるんですが、父の誕生日を祝うホームパーティーを開くんです。其処に貴方達も御招待しましょう。祖母の話は其処で聴いて下さい」とボブと演劇部員達をホームパーティーに招待してくれた。ケインは申し訳ないとリンダに頭を下げている。


「ようし、諸君! 当日は彼女の御父君と御祖母の為に、何かしらの御祝を忘れぬようにな! そうだなぁ……何が良いかな? 部費をちょいと流用して取敢えずビールと鶏肉、後は女子部員達に頑張ってもらって、手作りの御菓子なんかも良いかなぁ」

「御気遣い無く――我が家は生鮮食品の卸業を営んでいますので、料理は沢山用意出来ます。花と祝紙で結構ですよ」


 多少、棘の有る物言いも仕方なき事であろう。でも其れなりの小金持ちの家庭の様で何よりだ――学生が気を使わなくて済むのだから。其れを聞くとボブは無神経に大喜びしている。もし此処で「金持ちの家で良かった」なんて云おうものなら全員で殴り倒す処だったが、流石に其処迄は野暮天では無かった様で一安心だ。


「でも、ウチの御婆ちゃんの話には余り期待しないでくださいね。皆さんの知る発条足ジャックの話とは一寸、違う――ハチャメチャな内容だから……多分、御婆ちゃんの子供時代の空想みたいなモノなのかなぁ……」


 何か含みの有る――浮かない物云いに違和感を覚える。ボブも気になって、「雅か作り話なのかい?」と一寸、不安気になっている。

「いえ、発条足ジャックに遭遇したのは本当の様です。大叔母のエミリー御婆ちゃん――ウチのエリス御婆ちゃんの姉が間違い無いと証言していますから……でも……」

 

 リンダも先に話を聴いている恋人のケインも揃って浮かない貌で表情を顰め、歯切れの悪い口調で云い淀んでいる。訝しむ演劇部員達の貌を探る様に眼を配らせていたリンダは溜息を吐き、遂に意を決して重い口を開いて話し始めた。



「……あのね……呆れないで聴いてね。ウチのエリス御婆ちゃんが云うには――発条足ジャックをやっつけたのは――だって云うのよ」









※1968年当時、リヴァプール市はランカシャー州。1974年以降、マージ―サイド州に属する。

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