手紙

 

 朝、目を覚ますと、お母さんとお父さんがわたしのことを心配そうにうかがっているのが目に入った。

 そして、お母さんが思いっきり抱きしめてくれた。


 それから色々検査をして大丈夫とのことでわたしは無事退院した。



 わたしにとって、長く濃い夏休みは終わり、今日からまた学校が始まる。





「葵! 起きなさ……あら、珍しい。はやいのね」


 ドアを勢いよく開けたお母さんがびっくりしていた。


「うん。学校行く前に寄りたいとこあるの」


 家を出て、学校に行く前にあるあの大きな桜の木の下に行く。



「妖精さん、いますか?」


 そう声をかけると、うれしそうにわたしの名前を呼んだ。


「葵ちゃん!」


 くるくると飛び回って、わたしがくるのを待ち望んでいたようだ。



「あの、わたし手紙を伊織から手紙もらったはずなんですけど、なくて。

 夢だったのかなーって」


 正直まだ頭が混乱してる。

 でも、少しずつ整理していくんだ。



「手紙ね! 俺も頼まれてた。はい、これ」


 妖精さんから伊織の手紙を受け取る。

 さっそく中を見てみる。


 手紙を開ける手が震える。



 葵 へ


 この手紙を読んでることはもうすべての真実が明らかになったってことだね。


 ごめんな。葵の誕生日を最悪な日にして。


 葵は俺がいないとだめだって思ってた。

 でもそれはちがったんだ。俺がだめだった。

 俺がきみの隣を欲してた。

 それくらい俺は葵のこと好きだった。大好きだった。

 俺、たくさん幸せだった。きみといられて。

 きみと出逢えることができたことが俺の人生で一番の幸福だった。


 葵は優しいから。

 俺が代わりに死ぬことを受け止めきれないで、ずっと哀しむかもしれない。

 でも、葵がなにか思う必要はない。


 きみは憶えてなかったみたいだけど、小学生の頃、俺の心を救ってくれたのは間違いなくきみだ。

 だから、俺はどんなことをしても救いたかった。



 これは俺からきみへの最期のお願い。


 あっという間に過ぎゆく日々はいましかない。

 過去は過去で変えられない。

 未来なんてなにが起こるかわからない。

 だから、この時間の一瞬一瞬を大切に生きてほしい。


 大切な人には後悔しないようにきちんと

 自分の気持ちを自分の声で伝えてほしい。


 どうか後悔しないいまを送ってほしい。


 それだけだから。



 来世、生まれ変わりってほんとにあるのだろうか。

 あるのだとしたら、俺は必ずきみのことを見つけにいく。


 だから、また俺と恋してくれますか?


 伊織




 読んでいると、自然と涙が頬を伝った。


 ひとつひとつ丁寧に綴られている文字。

 何度も書いて何度も消したような跡。


 わたし、こんなにも愛されてたんだね。

 伊織からもらった大きな愛がここにある。



 手紙を戻そうとすると、封筒にはまだ何か入ってることに気づく。


 それは、海で伊織とふたりで見た綺麗なピンク色で、桜の形をした貝殻。


 あのとき、拾ったのかな。

 伊織はわたしとの想い出を大事にもっててくれたんだ。



 これは伊織がいた証明だ。


 この世界で伊織のことを憶えているのはわたしだけ。

 妖精さんはべつとして。


 わたしはこの手紙を読む度想い出すだろう。


 自分の命を懸けてまでわたしのことを護ってくれた愛おしい人を。

 何度も何度もわたしの心を救ってくれた人を。








「お母さん。お父さん。

 わたし、この神社を継ぎたくないってわけじゃないけど、学校の先生になりたいんだ。

 先生になってから神社に戻ることも考えてる。

 だから、大学に行こうと思う。お金かかるし、迷惑もかけると思う。だけど、これから嫌いな勉強だってがんばる。お手伝いだってちゃんとする。

 そうしてもいいかな?」


 恐る恐る目を開く。

 お母さんとお父さんはしばらくぼーっとしていて、いきなりふたりで目を合わせて笑う。



「あたりまえじゃない! 葵が自分のこと言ってくれるなんてお母さんうれしいわ」


「お父さんも反対はしないからがんばりなさい」


「はいっ!」


 反対しないんだ。

 こんなことなら、もっとはやく言えばよかったな。


 いまではもう親との見えない壁は感じない。



「でも、お父さんは残念なんじゃない? 

 葵と高校卒業後すぐ一緒に働きたがってたから」


 お母さんが思い出したように言う。

 お父さんなんて言うんだろう。

 少し緊張して背筋が伸びる。


「いや、たしかにそうできたらうれしいけど。

 葵がやりたいことをしてくれたほうがもっとうれしいから」


「お父さん……。ありがとう!」


 わたしのことをこんなに想ってくれるのは伊織だけじゃなかったんだ。大きな愛はたしかにここにもあった。

 そう思ったら、胸の奥があたたかくなった。



「それと前も言ったけど、ふたりとも喧嘩はなるべくやめてね? 

 わたし、喧嘩ばっかするふたりのことは嫌いだから」


「……葵にこんなにはっきりと言われたらやめないわけにもいかないわね、お父さん」


「……あぁ」


 ふたりはちょっと苦笑する。


「葵、これからも思ったことは言っていいからね。 

 葵が正直に言って、それをわたしたちは絶対に否定はしないから」


「うん!」


 ちゃんと伝えられた。

 思ったこと、言いたいことを。自分の声で。




 伊織のおかげであんなに嫌いだった自分のことを少しだけ好きになれた。


 あなたがそばにいてくれたから、わたしはちょっとでも変わることができた。



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