きみの日常

 

 今日も、変わらず朝日が昇る。


 でも、それはあたりまえなんかじゃない。

 今日生きてることさえも奇跡なんだ。


 あと、何回この朝日を見られるのだろう。

 あと、何回明日を向かえられるだろう。


 それはだれにもわからないことだけど、同じ今日という日は二度とやってこないことだけはわかる。

 今日をいまを大切にしないと。




「あおちゃん、おはよー!」


「うん、おはよ」


 朝から由乃に挨拶をして、緊張しながら自分の席へ向かう。

 伊織がいない世界はどこか寂しい。


 伊織がいた席は西森さんが座っていた。

 そっか、伊織がいないと隣は西森さんなんだ。


 西森さんは、及川さんをいじめたことで、あれからクラスでちょっと浮いた存在になってしまっていた。


 あんなに西森さんを慕ってる人はたくさんいたし、友だちもたくさんいたのに。

 あのあとから西森さんはひとりぼっちだ。


 いままで声かけたりしなかったのに、いきなりなに? とか思われるかな。

 でも、それでもいいや。

 意を決して西森さんに声をかける。


「西森さん」


「なによ」


 少し不機嫌そうにこっちを向く。



「これから芽依ちゃんって呼んでもいいかな?」


 せっかく隣の席なんだから、仲良くしたい。

 西森さんのことを勝手に苦手だって思うんじゃなくて、ちゃんと話してから苦手かどうか決める。


 普通に話したことないんだから相手のことをなにも知らないのは、当然。

 これから知っていけばいい。



「……勝手にすれば? ……葵」


 聞こえた声は小さくて思わず聴き逃しそうになったけど、ちゃんと聴こえた。


「うん! 勝手にする!」


 元気よく頷いて前を向く。

 口元が緩んでるのがばれないように。




「葵! おはよー!」


 颯太くんだ。

 いつものように元気いっぱいだった。


「お、おはよ!」


 なんか緊張しちゃう。

『新しい恋をするなら颯太がいいな。俺は』

 伊織の言葉がぐるぐると頭を回る。


 伊織はわたしのことを心配して言ってくれたんだと思うけど、わたし、そんなに切り替え早くないよ?

 これからもずっと伊織が好きだから。



「なぁ、課題見せてー」


 そう言いながら、颯太くんは友だちとわいわいしてた。

 もう伊織と颯太くんが絡んでいる姿は見ることはできない。

 そんな彼の光景を見ながら、ゆっくりと席につく。




 廊下には結構前の調べ物学習の時のまとめが各班ごとに並んでいた。


 わたしたちの班は"文化"。

 桜の花を調べることはできなかったけど、文化もたのしかったな。

 なにより、その班があったからこそわたしは伊織と仲良くなれた。

 だから、これも伊織との大切な想い出のひとつ。


 書いてある文字を目で読んでみる。

 リーダーの芽依ちゃんがわたしたちの書いたメモをまとめてくれたのだろう。

 しっかりまとまっててとっても読みやすい。

 さすがだなと思う。



 ふと隣を見ると芽依ちゃんも同じように見上げていた。


「これ、芽依ちゃんひとりで?」


「……まぁ」


「すごい! 大変だったでしょ」


「全然。葵の書いたメモがいちばんわかりやすかった。そのおかげ」


 はじめて芽依ちゃんが心からわたしに笑いかけてくれた。

 それを見たらわたしだって笑顔が溢れてくる。



「あのときのわたしは芽依ちゃんのこと苦手だったな」


 過去を思い出すようにぽつりと零す。

 前のわたしだったら、絶対に言えないことだ。


「うん。知ってた」


 呆気なく頷く芽依ちゃんに少し驚く。


「え、知ってたの?」


「わたしも葵のことあのときは、あんま好きじゃなかったけど、いまは仲良くなりたいって本気で思ってる!」


「芽依ちゃん!」


 仲良くなりたいって思ってくれてうれしい。

 そう思って芽依ちゃんに抱きつく。

 前は苦手だとか好きじゃない、とか関係ない。

 大切なのは"いま"なんだから。


「ちょっとなに! いきなり! やめてよ!」


 言葉ではこう言ってるけど、顔はにやけていてどこかうれしそうだった。


 この光景、伊織が見たらなんて言うかな。

 由乃以外の女友だちもつくれたよ、思ったこともちゃんと言えたよ、わたしはもう大丈夫だよ。

 どこに行ってももうひとりにならないよ。



「水原さん、これ運んでおいてほしい」


 偶然通りかかったわたしに先生から雑用を頼まれる。

 図書委員の代わりにこの本たちを運んでほしいらしい。


 大変だな。まぁ、ひとりでもっていこうか。

 自然と由乃と目が合う。

 思い切って由乃に頼ってみようかな。


「由乃、あの、これ手伝ってほしい」


「いいよ!」


 ふたりで本を持って図書館へ向かう。

 由乃の顔を見るとにこにこだった。


「あおちゃんが頼ってくれてうれしい!」


 そう言って笑う。


 ときには人に頼ることだって必要なんだ。






 放課後。


「あおちゃん、今日どこか寄り道していかない?」


 由乃がわたしの前に来る。

 クレープ食べるのもいいしなにか飲むのもいいなとおいしそうなものを頭に想像する。


「うん、行こうよ!」


「なに、葵たちどっか行くの? 俺も行きたい」


 横から聞いていた颯太くんが手をビジっと掲げて言う。

 それを聞いてわたしは下を向いている芽依ちゃんのことをみる。


「じゃあみんなで行こうよ! 芽依ちゃんも!」


「ええわたしも!?」


 いきなりの声かけにびっくりしたのか、顔をバッとあげていた。

 芽依ちゃんのことをみんなもう責めることはなかった。


 それからクラスの数人を合わせて寄り道をした。

 ジュースを買って飲んで、その帰りにゲームセンターで遊んだ。

 ただそれだけだったけどたのしかった。

 この中に伊織もいてくれたら、なんてまだ思ってしまうけど、ちゃんと前を向かないといけない。





「もう塾には慣れた?」


「うーん。だいぶ慣れたけどまだちょっと勉強ついていけないな」


 わたしは教育学部のある大学へ行くため、最近塾にも行き始めた。

 由乃と颯太くんと同じ塾。

 塾は大変だし、遊ぶ時間も少し減ってしまう。


 でも、それでも。

 これがわたしの進むべき日常なのだから。


「大丈夫だよ。あおちゃんにはわたしがいるし、颯太くんもいるんだから」


 心強いなと思う。

 困ったことがあっても助けてくれる友だちがいる。

 それってほんとにありがたく幸せなことだ。







「葵、聴いてよ! お父さんったらひどいのよ」


 お母さんが勢いよくわたしに言う。

 また、喧嘩してるのか。


 今度はなんで喧嘩したのか、とお母さんの言葉を待つ。


「お母さんに内緒でこんな高い素敵なネックレス買ったのよ!」


「はい?」


 思ってた喧嘩の内容とはちがいすぎて、戸惑う。


「つまり?」


「お母さんへのプレゼントだって! 

 うれしいわ。お父さん、ありがとね」


「まぁ……うん」


 照れくさいのか新聞に顔を隠したままお父さんは頷く。


 お母さんがまるで喧嘩したあとみたいに言ってくるから、また喧嘩したのかと勝手に思っちゃったじゃん。


「あははっ!」


 思わず声が出るほど笑ってしまった。

 お母さんとお父さんは同時にこっちを向く。


「お母さんとお父さん、ほんとに仲良しよね! 

 喧嘩してないみたいでよかった」


「あたりまえじゃない。もうやめたのよ」


 説得力のないお母さんの言葉に苦笑する。


 わたしにとって喧嘩してほしくないのは家の空気が冷たくなって居づらくなるから。

 家の空気は暖かいままでいてほしい。


 家族みんなの笑い声が家中に響いた。







 久しぶりに来た。


 わたしは星空公園に行き、ひとりきりで空を見上げる。

 運良くわたし以外はだれもいない。


 そこには伊織と見たときと変わらないくらい綺麗な星空がたくさん輝いていた。



「あ、流れ星」


 伊織にまた他人のことばっか願ってるって言われるかもしれないけど、わたしの願いごとは、やっぱり。


「みんなが笑っていられますように」


 そのみんなの中にはもちろん伊織も入ってる。




 この世界はみんなに平等というわけではない。

 ときにはだれかの生命も簡単に奪ってしまう。


 今日生きていることだって奇跡なんだ。

 だれかが護ってくれたものなのかもしれない。


 この幸せはだれかの犠牲があって成り立っている。

 喜びの裏には悲しみがあって、それで均等を保っているのだろう。



 いまあるあたりまえは決してあたりまえではない。

 明日が必ず来るとは限らない。


 だから、自分の言いたいことは自分の声でちゃんと伝える。

 この"いま"を大切にする。


 伊織がそう教えてくれたから。






 ねぇ、伊織。


 わたし、いまを精一杯生きるよ。

 あなたが護ってくれたこの日常を。


 だからもし生まれ変わってまた出逢うことができたら、わたしのこと絶対見つけてね。

 そして、また恋ができたら____



 空を見上げてそんなことを思うと、たくさんの流れ星が降ってきた。

 まるで伊織がわたしのことを応援してくれてるみたいだった。



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