最後の日
「葵。明日、星空公園に来てほしい」
ふたりで歩いていると、真剣な顔をしてわたしを見つめた。
「わかった!」
明日は8月20日。
わたしの誕生日だ。そんな日に一緒に居られるなんて最高の誕生日になる!
そう思うと自然と口が緩む。
「葵は俺のどこが好き?」
「え、急にどうしたの?」
「なんとなく訊いてみたくて……」
「わたしは……伊織の優しいとこが、笑顔が好き……です」
照れくさくて視線は合わせれなかった。
チラッと伊織のほうを見ると、少し頬を赤く染めていた。
「伊織は?」
わたしのどこが好きなんだろう。
伊織の声を逃さないようにじっと見つめる。
「俺は……全部。葵の全部が好きだよ!」
「全部?」
「葵の優しいとこも、笑顔がかわいいとこも、自分を変えようとがんばってる姿も、全部好き」
好きな人からこんなこと言われて、うれしくない女の子なんていないわけで。
「……ありがとう」
お礼を言うと「うん!」と笑ってくれる。
やっぱり伊織の笑顔、大好きだなと思う。
しばらく沈黙が続く。
伊織のほうを見てみると、なにかを考えているような表情をしていた。
無言で歩いていると、いつの間にかわたしの家の近くまできていた。
神社の鳥居の近くで別れようとする。
「じゃあ……」
また明日ね、そう言おうとするわたしの声を伊織が遮る。
「なぁ、葵。
葵は俺といるときちゃんと笑えてた?」
「え?」
「いや、葵は時々笑顔で抱えてるもの隠したり誤魔化したりすることあるから。
俺といるときくらいは悩みとかも忘れて心から笑えてたかなって」
突然なにを訊くかと思ったら、そんなこと。
そんなのわかりきってるはずなのに。
少し不安そうな顔をしてる伊織にわたしはまっすぐ見つめる。
「たっくさん笑えたよ! 伊織がいて救われたこともたくさんあったよ!」
「ならよかった……」
わたしの答えに伊織はすごく安心してる様子だった。
「どうしたの? こんな最後みたいな」
「……なんとなく訊いてみたかっただけ」
「そっか」
変な伊織。
今日はなんとなくが多いな。
「じゃあ」と背を向けて伊織は歩き出す。
なぜだかその背中は儚くて消えそうにも見えた。
伊織がこの世界から消えるわけないのに。
いなくなるわけないのに。
でも、どうしてか心配でたまらなくなる。
気づいたら伊織の名前を呼んでいた。
「伊織! 伊織はどこにもいかないよね」
咄嗟に叫ぶと、伊織は笑顔をつくって言う。
「……うん。また明日な!」
伊織の顔が最後、ほんの一瞬だけ泣きそうに見えたのはわたしの勘違いだろうか。
「葵、今日はどこか行くの?」
おしゃれして、伊織のところに行く準備をしているとお母さんの声が上から降ってくる。
「うん。伊織のとこ」
「デートのお誘いかしら?」
「そ、そんなんじゃないから!」
いきなり変なこと言うから思わず動揺してしまった。
そんなわたしにお母さんはうれしそうに笑っていた。
「夜、みんなでお誕生日パーティーしましょうね。
ケーキと葵の好きな物たくさんつくってまってるわ」
「わあ、たのしみにしてる!」
たのしみだな。
自分の誕生日がこんなにきらきらしてるなんてはじめてだ。
家を出て歩き出そうとすると、携帯が振動する。
見てみると、伊織からメッセージが来ていた。
『できたら由乃ちゃんの家に寄ってから来てほしい』
なんで由乃の家?
よくわからないけど、由乃の家のほうに向かって歩く。
由乃の家に着いて、チャイムを鳴らす。
「由乃!」
「あれ、あおちゃん。どうしたの?」
由乃が驚いたような表情でこっちを向く。
「え、由乃。わたしに用事あるんじゃないの?」
「たぶん、なかったと思うけど……」
由乃はわたしに用事があるわけじゃないみたいだ。
じゃあここにいる理由ももうない。
「そっか。わかった! 勘違いだったかもしれない。
わたしこれから伊織のところに行くの」
「ええついに付き合うの!?」
由乃がいきなり声を大きくして、目を輝かせる。
「そ、それはわかんないけど、たのしみだな」
「夜、電話でどうだったか聴かせてね」
「……うん」
じゃあまた! と手を振って、わたしが歩き出そうとすると、由乃がわたしの名前を呼んだ。
慌てて振り向くと、
「お誕生日おめでとう!」
大きな声ではっきりと聴こえた。
「ありがとう!」
うれしてわたしも負けないくらいな大きな声で返事をした。
それから由乃とわかれて、星空公園へと向かう。
由乃、用事なんてなかったよって伊織に会ったら言わないと。
今日は伊織となにができるのかな。
どこか連れてってくれたりして、それで由乃が言ってたみたいに付き合えたりできるかな。
そう思ったら自然と笑顔になってきた。
うきうきしながら歩いているといきなり耳を引き裂くようなブレーキ音と車同士がぶつかったような鈍い音が聞こえる。
「え……」
そして、目の前に大きなトラックがこっちにぶつかろうとしていた。
逃げてももう間に合いそうになく、咄嗟に目を瞑る。
すると、だれかに名前を呼ばれて、ドンと強く背中を押された気がした。
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