夜空に咲く花


「由乃ー、この問題わからない」


 今日はわたしの家でいつものメンバーで夏休みの課題をしていた。

 この中だといちばんわたしが勉強できないんだからとくにがんばらないと。


「ここはこうしてここの公式に入れこむとできると思うよ」


「なるほど!」


 さすがわたしの親友。

 かわいくて、頭もよくて、優しい。

 いい所しかないはずなのに颯太くんはなんで由乃のことを好きにならなかったんだろ。

 わたしがもし男だったら絶対好きになるのに。


 そんなこと思っていると、


「お腹空いた。みんなでどっかいかね?」


 颯太くんがみんなに問いかける。



「行くか」


「わたし、ピザ食べたーい」


 伊織も賛成してくれたので、由乃の提案で近くにあったピザ屋さんに行くことにした。




 それぞれ色々なピザを頼んでみんなでシェアする。


「これ、うま!」


 隣にいた伊織が思わず口に出す。


 わたしもそのピザを口に運んでみる。

「ほんと、美味しいね!」と笑いかけた。



 ドリンクバーを取りに行こうと、グラスをもって席を立とうとすると、「わたしも行く!」と由乃が言った。




「あおちゃんさ、伊織くんとはどうなの?」


「どうなのってなにが?」


 わけがわからなくて首をかしげる。


「進展してるかなと思って、デートは? もう行った?」


 デートか。

 思い返してみれば、ふたりだけでどこか遠くに出かけたことはない。

 いつも公園で話しているだけ。

 でも、べつに彼氏彼女ってわけじゃないし。


「まだだけど……」


 そう言うと「ええ!」と由乃が驚いた声を出す。


「わたしたちお邪魔かな? 考えてみたら、いつも4人だもんね。たまにはわたしと颯太くんいないほうがいいよね。

 あ、わたしたちいまから消えようか?」


 早口になる由乃を咄嗟に否定する。



「いや、全然! 全然邪魔じゃないから! 

 むしろいまはいてくれたほうが安心する!」


 これは嘘偽りのない言葉だ。

 べつに伊織とふたりっきりが嫌なわけじゃないけど、まだちょっとはずかしいし、緊張しちゃう。

 それに4人で過ごす時間も大好きなんだ。

 だから、由乃と颯太くんが邪魔だなんて思わない。



「じゃあ、この花火大会はふたりで行っておいでね」


 偶然壁にあったポスターを指さす。


 そういえばもう花火大会の時期か。

 いままではちょっと距離あるし、行くのを断念して家のほうから見ていた。

 でも、もう高校生だし、行けない距離じゃない。


「あ、うん。由乃は颯太くんと?」


「わたしは……普通に友だちと行くよ。

 颯太くんのことはもうなんとも思ってないから、気にしないで」


「そっか」


 なんとも思ってない。

 そう言った由乃はどこか苦しそうにも見えた。


 やっぱり簡単には諦められないよね。







 由乃と颯太くんはこれから塾ということで、わかれて自然とふたりになる。

 すると、伊織がいきなり立ち止まってこっちを向く。


「どうしたの?」


「あのさ、花火大会行かない?」


「行きたい!」


 気づいたらすぐ返事をしていた。


 もし伊織から誘われなかったらこっちから誘おうと思ってたから誘ってくれて心が躍る。


「じゃあ、由乃ちゃんと颯太も」


 あたりまえのようにいつものメンバーの名前を口に出す。


「それはだめ!」


「え……」


 わたしが咄嗟に大きな声を出すと、伊織はなんで? という顔をする。

 もう察してくれればいいのに、てか伊織はふたりきりで行きたくないのかな。


 そう考えたら、どんどん自信なくしてきた。


「……えっと、颯太くんはわからないけど、由乃は友だちと行くみたいだから、ふたりで行っておいでねって」


「あ、そうなんだ。じゃあ、ふたりで行こ」


「うん」


 デートってことでいいのかな。

 いや、まだ付き合っていないんだし、勝手に舞い上がっちゃだめ。

 そう自分に言いきかせた。






 花火大会当日。


「今日は由乃ちゃんと?」


 浴衣の着付けをしてくれてるお母さんが帯を結びながら言う。


「そうじゃないよ」


「もしかして、彼氏?」


「ちがうちがう!」


 思いっきり否定する。

 もう、なんですぐ彼氏とか言うのかな……。



「わたしの大切な人、かな?」


 嘘はついていない。

 伊織はわたしの彼氏じゃない。

 でも、友だちっていう言葉もちがう。


 お母さんは驚いたような、でもどこかうれしそうな表情を見せた。


「ん? なに!」


「葵がそんな顔もできると思ったらうれしくてね」


 そんな顔ってどんな顔よ。

 そう思ったけど、詳しくは訊かないでおく。

 きっと顔が緩んでるはずだから。


 だって、素直に嬉しい。

 好きな人とふたりで花火大会に行けるなんて。




「あの、お母さん。お父さんと仲良くしてね?」


「え?」


 わたしがぽつりと溢すと、鏡越しでお母さんと目が合う。


 今日の朝、お母さんとお父さんがちょっと言い合ってたのを実は聞こえていた。

 詳しくは知らないけど、またお父さんがお母さんを怒らせるようなことをしたのだろう。



「わたし、お父さんばっか悪いとは思わない。すぐ怒るお母さんもちょっとは悪いのかな、と思う。

 それにふたりが喧嘩してると、家の空気が嫌な空気に変わるから、だから……」


 続きを言おうとすると、お母さんが後ろから私を抱きしめた。


「……ごめんね、葵。無理させてて」


 首をふる。

 すると、お母さんがゆっくり私を離す。


「思ってることはちゃんと伝えないと。

 いまがずっと続くわけじゃないから、ってわたしの大切な人が言ってたの」


 伊織はきっとわたしにも後悔しないように伝えてくれたんだと思う。


「……そっか! 素敵な人ね、あなたの大切な人」


「うん!」


 お母さんに言われてうれしくなって大袈裟に頷く。




 お母さんは最初から最後まで上機嫌で、まるでわたしと一緒に花火大会行くみたいにうきうきしていた。


「じゃあ、行ってきます!」


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 お母さんに手を振って急いで待ち合わせ場所に向かおうとする。

 伊織も浴衣着てるかな。たのしみだな。







「おまたせ」


 先に着いていた伊織に声をかける。


「……うん」


 聞こえた言葉はいつもより少し素っ気なかった。


 それにしても、伊織も浴衣を着てきてくれた。

 かっこいい。下から上までまじまじ見てると、伊織が視線を下に逸らした。




「浴衣、似合う。……かわい」


 めちゃくちゃ小さい声だったけどちゃんと聴こえた。


 わたしの浴衣は自分の好きな水色で、髪はお母さんにおだんごにしてもらった。

 いつもとちがう雰囲気になったと思う。


「伊織もかっこいいよ?」


「…ありがと」


 少し照れた顔をした。

 その顔を見てたら急に緊張しちゃって、顔をなかなか合わせることができなかった。

 コツコツとなる下駄の音が妙に大きく聞こえた。




「どこから行く?」


 そう聞くと、もうはじめから決めてたみたいに言う。


「まずは焼きそば! 海のときに颯太に取られたし」


「ほんと好きなんだね」


 海のとき、食べれなかったのは可哀想だとは思うけどそんなに好きだとは思わなかった。




「なんか家で食べる焼きそばとは違う味しない?」


 海で食べるときもそのちがう味をたのしみたかったのかな。



「ちょっとわかるかも。なんか特別みたいな?」


「そう、それ!」


 指をさしながら伊織はたのしそうに笑った。




「ん〜! うまっ!」


「ほんと、美味しい!」


 焼きそばをひとつ買って、ふたりで半分こした。

 いつもとちがう場所で食べる焼きそばはすごく美味しかった。


「いままででいちばん美味しいかも!」


「もう大袈裟なんだから……」


 そうは言ったけど、わたしも実は思ってた。

 伊織と食べるものはなんだって美味しいけど、今日のはいちばんかも。





「葵はどこ行きたい?」


「わたしはべつににどこでも……」


 そう言いかけてはっとする。

 どこでも、じゃない。わたしだって行きたいとこある。


 ちゃんと自分の心の声も聴くって決めたんだから。



「どこでも?」


「……りんご飴食べたい」


「よし、行こ!」


 自然とわたしの手を取っていく。

 こういうことさりげなくしてくれて、引っ張ってくれる姿も好きだなと思う。




「はい、伊織も一口食べる?」


 食べかけだけど、伊織のほうにりんご飴を向ける。


「え、いいの? 食べる!」


 伊織が口をつける。

 そして、「これも美味しい!」と零す。


 その後、口にしたりんご飴はさっきよりも甘くて蕩けそうな味がした。





「ねぇ、ここで写真撮ろうよ!」


「え、写真……」


 写真という言葉で伊織の表情が少し曇る。


 あ、そういえば海のとき、伊織言ってたっけ?

 撮っても意味ないとか。

 写真、あんまり好きじゃないんだよね、たぶん。

 だったら、無理しなくてもいい。


「やっぱりやめ」


 やめよう、そう言おうとすると伊織がわたしの声を遮るように言う。


「ううん。撮ろうよ!」


「でも、伊織……」


「葵が撮りたいなら俺はそれを叶えてあげたいから」


 伊織。

 ありがとう、と心の中で呟く。


 海のときとは反対にわたしが撮ることになって、スマホを腕いっぱいに伸ばす。

 なんか緊張して手が震える。

 ちゃんとボタン押せるかな。


 わたしの手の震えに気づいたのか伊織もわたしのスマホに手を添える。


「じゃあ、ハイチーズ!」


 伊織の声と共にカシャッというシャッター音が小さく鳴り響いた。


 そのままスマホを戻して撮った写真を確認する。


「うん。ばっちし! ありがとね!」


「いえいえ!」


 言葉とは裏腹に伊織の顔は少し悲しそうな、残念そうな顔をしていた。

 でも、やっぱり写真が嫌だったのかなくらいにしか思えなかった。




 それからわたしたちは金魚すくいのお店に来ていた。


「あー、もう破れちゃった……」


 金魚すくいって結構難しいんだな。一匹も取れなかった。


「伊織はどう……!?」


 伊織のほうを見て思わず目を開く。

 伊織の手のお茶碗の中にはたくさんの金魚たち。

 ポイはまだ少しも破けてない。


「よっしゃ! これで20匹目!」


 伊織は金魚すくいが上手い。

 一匹また一匹と取っていく。


 そんなに取ってどうするんだろ。

 後先考えず行動するのなんて、伊織らしいけど。


「お兄ちゃんすごい!」


「かっこいい!」


 いつの間にか周りにはたくさん人がいて、子どもたちは目をキラキラさせて伊織のことを見てる。


 子どもたちに隣を空けるため、わたしは伊織の後ろに退く。


「こうやって取るんだよ」


 伊織は子どもたちに丁寧に教えていて、そのほっこりする光景に微笑ましくなった。


 ふと屋台のおじさんの顔を見るともうやめてくれとでも言いたそうな顔をしていた。

 その顔を見てこっそり笑ってしまったのはだれにも内緒だけど。






「伊織。そろそろ花火始まっちゃうよ」


 たくさんの人が一斉に移動している。

 みんな、場所取りに行くのだろう。

 わたしたちもそろそろ行かないと。


「あ、そっか。これどうしよ」


 伊織が子どもたちのほうを向いて少し考える。


「おじさん、俺が取った分子どもたちにあげてもいいっすか?」


「……あぁ。もってけもってけ」


「ありがとうございます!」


 伊織が軽く金魚すくいのおじさんに頭を下げて子どもたちのほうに向き直る。



 周りにいた子たちで金魚がほしい子みんなに渡した。


「お兄ちゃんありがとねー!」


「ばいばーい」


 わたしも伊織と一緒に子どもたちに手を振る。



 あの子たち、すごくうれしそうだった。

 伊織は周りを笑顔にできる素敵な人だな。


 そんな人とわたしは両想いなんだよね。

 奇跡だなと思う。



「伊織は優しいね」


「全然だよ! じゃあ行こっか!」


「うん!」



 人混みをかき分けて、花火が上がる場所へと急ぐ。

 もうたくさんの人がいたけど、後ろのほうが空いてたからそこから座って見ることにした。


「わたし、花火大会来たのはじめて」


「そうなの?」


「いつもは神社の所で見てただけだから。

 すぐ近くで見れると思うとわくわくする」


 いつもは小さかった花火。

 でも、今日は大きく見える。それも、伊織の隣で。


「伊織は?」


「俺も、はじめて。前は行けなかったから……」


 少し哀しそうな顔をした。

 前っていつのことなのかな?


 そんなことを考えていると大きな音が聞こえた。


 ドン! ドン!


 花火大会が始まったようだ。


 暗かったはずの夜空は明るくて、花がたくさん咲いてるみたいだった。

 距離も近く自然と手が触れ、気づいたら恋人つなぎになっていた。




 はじめて近くで見た大きな花火は泣きたくなるくらい綺麗だった。


 それはたぶん伊織が隣にいるからだ。


 花火を見るふりしてこっそり覗いた伊織の横顔はなんだか、儚くて、悲しそうにも見えた。


 伊織のことを見てるとふと目が合う。


「来年も一緒に見ようね」


「……」


 伊織の返事がなくて不思議に思う。

 聴こえなかったのかな?


「伊織?」


「あ、ごめん。なに?」


「ううん。なんでもない……」


 そういって、笑顔で誤魔化した。



 あっという間に花火は終わってしまって、そろそろ帰らないといけない時間。


「帰りたくないね」


 周りの人がぞろぞろと移動する中足を止めてポツリと零す。


「じゃあ帰らないでおく?」


「え?」


「なーんてな! 冗談だよ」


 いつも通りに笑う。


 冗談なのにわたしはなにを期待してたのだろう。

 まだ高校生なんだし、このまま帰らないなんてできるわけないのに。







 伊織がもう暗いからって家まで送ってくれることになった。

 家の前で、わたしは改めて伊織のほうを向いてお礼を言う。


「たのしかった。送ってくれてありがとね」


「全然だよ」


 そう返しても伊織は立ち去ろうとしないでいた。

 どうしたのかな、と思っていると「手出して?」と言われる。


「これ、葵に似合うと思って」


 わたしの手のひらの中には綺麗なお花のかんざしが優しく置かれた。


「これ、桜?」


 よく見てみると、桜の花びらが何枚も重なっているものだ。


「うん。葵がいちばん好きな花って言ってたから」


 たしか海行ったとき教えたことだ。

 そんな些細なことでも憶えててくれたことがすごくうれしい。


「もらっちゃっていいの?」


「うん」


 嬉しくてさっそく髪に付けてみる。

 お母さんから借りたかんざしを取って付ける。


「どうかな?」


「……めちゃくちゃ似合ってる」


「ふふ、今日はなんか素直だね」


「俺はいつでも素直ですー」


「はいはい」


 しばらく名残惜しそうに見つめあった。

 その後は伊織が沈黙を破る。


「じゃあ、またな。 おやすみ」


 わたしも、おやすみと返そうとすると向こうから声が聞こえた。



「あら、いま帰ったの?」


「お母さんとお父さん!? なんで?」


 そこには腕を組んでたのしそうに歩くお父さんとお母さんの姿があった。

 お母さんは手にヨーヨーを持っている。


「わたしたちも花火大会行ったのよ」


 仲直りしたんだ。

 よかった。ふたりの笑顔を見てホッとする。


 すると、お母さんの目が伊織にいく。


「こちらの方は?」


「は、はじめまして、高野伊織です。こんばんは」


 行儀よく伊織が頭を下げる。

 少しぎこちない顔をしていて、緊張しているみたいだ。



「こんばんは。

 葵のこと送ってくれたのね、ありがとう」


「いえ! ではこれで失礼します」


 お母さんとお父さんにペコッとお辞儀をする。

 今度はわたしのほうを見る。


「葵、またな!」


「うん」


 伊織に手を振って、玄関を開ける。




「いい人そうで安心したわ。

 あの子になら葵を任せれる、ね、お父さん」


「え、あぁ……」


「葵が巫女さんで、伊織くんが神主。

 うん。とっても似合うんじゃない? ね?」


 なんか、勝手に話を広げられてる。

 伊織がこの神社継ぐわけないし、それに。


「ねぇ、まだ付き合ってもないからね!」


 少し声を上げて言う。


「ふーん。"まだ"ね」


 お母さんのからかうような表情にかぁっと顔が赤くなるのを感じた。





「お母さんたち、仲直りしたみたいで良かった」


 ぽつりと零す。


 いつかは仲直りするってわかってても、やっぱりはやめにしてくれるのがうれしい。


「うん。これからは葵の気持ち考えてから喧嘩しないとねっ」


「もー! なにそれ!」


 お母さんの言葉がおかしくて笑う。

 ただそれだけなのに、お母さんの顔はすごくうれしそうな顔をしていた。


「……変わったね、葵は」


「え? なんて?」


「なんでもない。伊織くんとの花火大会楽しかった?」


「もちろん!」


 親子でココアを飲みながら想い出話をした。

 伊織との出来事を話すのは少しはずかしかったけど、同じくらい幸せな気持ちにもなった。

 お母さんとこんな風に自然と話せるなんて、あの頃のわたしは思ったことなかったな。

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