好きな人


「あおちゃん! 遊園地好き?」


 学校で、自分の席に着くなり、由乃がわたしの元へやって来てにこやかに言う。


「え、もちろん!」


「じゃーん、フリーチケット! 

 お父さんの友だちに4枚もらったんだ。明日、みんなで行こうよ」


 由乃がチケットを見せる。

 それを見て思わずテンションが上がった。

 すごい。4枚もあるなんて。



「うん! あと、だれ誘うの?」


「えっとね、まずあおちゃんは伊織くんでしょ?」


 んん? この子いまなんて言った?

 伊織? なんで、伊織が出てくるの。


 思っていたことがそのまま口から出る。


「なんで伊織なの?」


「なんでって……あおちゃんにとって特別な人なんでしょ!」


「そ、そうだね」


 たしかに伊織はわたしにとって特別な人なんだけど、人から言われるとちょっとはずかしい。



「じゃあ伊織くんはあおちゃんが誘っておいてね」


「……わかった!」


 もうひとりは由乃が誘うみたい。

 だれが来るのかたのしみだな。


 テンションが高くうきうきしたまま伊織が隣にきてくれるのを待つ。


「おはよ、葵!」


「おはよ!」


 やっと登校した。

 はやく誘いたくてうずうずしてたんだよね。



「伊織、わたしと遊園地行かない?」


「え? 葵とふたりで?」


 伊織が目をぱちくりさせる。

 わたしの伝え方が悪くてちがうふうに解釈されてしまった。


「そうじゃなくて、由乃とその友だちも一緒なんだけど……」


「あ、ならいいよ」


「……ありがとう」


 伊織は頷いてくれたけど、わたしとふたりだったら行かないみたいに聞こえて少し悲しくなった。

 伊織にとってわたしはどんな存在なのだろう。

 ふたりきりでいきたくなかったのかな。







 遊園地に行く当日。

 わたしと由乃は近くで待ち合わせて一緒に遊園地へと向かっていた。

 彼女の服はワンピースでいかにも女の子っていう服だった。

 わたしも由乃に言われてスカートにはしたけど、なんだか足がはずかしい。


「ねぇ、由乃はだれを誘ったの?」


「えっと……颯太くん」


 少し顔を赤く染める。

 その顔にピンとくるものがあった。


「え! もしかして由乃、颯太くんのこと」


「秘密ね!」


 由乃が口に人差し指をあててはにかむ。

 その顔は恋している顔だった。


 由乃は伊織のこと好きなんじゃないかって前思っていたからちょっとだけ安心した。


 少ししてほっとしてる自分に驚く。

 なんで、わたし安心してるの?

 これじゃあ、まるで伊織のこと好きみたいな……。



『好きだけど、好きじゃない』


 伊織の言葉が頭をよぎる。


 きっと伊織はまだ初恋の子が好きだと思う。

 だから自分に言い聞かせる。

 ちがう。これは恋じゃないって。



「でも、あおちゃんだって伊織くんのこと」


「え? わたしがなんて」


 最後のほうはよく聞こえなかった。

 聞き返すと、由乃は「……なんでもないよ!」と微笑する。


 でも、颯太くんなら伊織と親友だし、伊織もきっとたのしめると思う。

 全員が仲良いならよかった。




「由乃ちゃんの友だちって颯太だったんだ」


「うん」


 いちばん最後に来た颯太くんに驚いていたけど、うれしそうでもあった。

 やっぱ、全く知らない人より、知ってる人と遊んだほうがたのしいからね。




「まずはジェットコースター!」


「いこいこー!」


 由乃と颯太くんはすごくテンションが高い。

 ふたりとも絶叫系好きなんだ。

 わたしもそんなふたりに置いてかれないように必死でついていく。


「あおちゃんも行くよね?」


「あ、うん」


 どうしよう。

 ジェットコースター、ちょっと苦手なんだよな。

 体調が悪くなりそう。


 小さい頃は好きでよく乗ってたんだけど、乗りすぎて嫌いになった。

 でも、もう並んじゃったし、後ろにも人がいる。

 後戻りができない。

 我慢して乗ろうかな、一回くらい。


 そう思ってると、伊織が列から抜けた。


「ごめん、俺はやっぱパス」


「なんでだよ、伊織!」


 颯太くんの声を無視して、ひとりでちがうとこに行こうとする。



「……由乃、ごめん。わたしは苦手だからパスで!」


「ええ、あおちゃんも!」


 わたしも列から抜けて、伊織の後を慌てて追いかける。



「言えたじゃん、ちゃんと」


「……うん」


 もしかしてまたわたしのために?

 そう思って伊織の表情を見るけど、なにを考えているかはわからなかった。


 ちゃんと自分の気持ちを話すって決めたのにまだはっきり言えない。

 嫌だな、こんな自分。



 わたしが黙っていると、伊織は入口でもらった地図を開けていた。


「葵はどこか行きたい?」


「うーん……」


 辺りを見渡すと、メリーゴーランドが目に入る。

 久しぶりだし、乗りたいな。

 でも、伊織ははずかしいかもしれない。

 子どもっぽいと思われるかな。


 頭の中でぐるぐる考えていると、それを見透かしたように伊織がくすくすと笑う。


「大丈夫。俺は葵と一緒ならなんでも乗るよ」


「……メリーゴーランド……乗りたい」


 どう思われるかな。嫌な顔してないかな。

 恐る恐る目を開くと、「うん、行こ!」と伊織が笑ってくれた。



「俺、この馬乗りたい!」


「じゃあ、わたしは隣の子で」


 馬に乗ると伊織も子どもに戻ったみたいに結構はしゃいでた。

 伊織もたのしそうで心から安心した。





 わたしたちがちょうど乗り終えると、由乃たちがこっちに手を振りながら帰ってきた。



「伊織はどこか行きたい?」


 颯太くんが伊織に訊く。

 少し考える素振りを見せて、あれ、と指をさす。


「俺は……お化け屋敷行きたい!」


「え? お化け屋敷?」


 たしか、ここのお化け屋敷って結構怖いんじゃなかったけ。

 大丈夫かな?

 でも、みんながいるからきっと大丈夫だよね。



「それでは皆様、行ってらっしゃいませ!」


 中に入ると、係員さんの明るい声とは反対で不気味な音が流れる。

 それに思った以上に暗い。


「由乃はお化け屋敷、大丈夫だっけ?」


「……たぶん。でも、全然平気ってわけじゃないから」


 やっぱ由乃も平気じゃないみたい。

 恐る恐る歩いていると、


「わぁ!」


 颯太くんがいきなり大きな声を出す。

 その声にみんなびっくりして立ち止まる。

 持っていた懐中電灯を落としそうになった。



「颯太、声でかい! なんかあった?」


 伊織が颯太くんの近くまでいき、肩を軽く叩く。


「な、な、な、なんか上から垂れてきたと思ったけど、たぶん気のせい!」


 思いっきり声がうわずっていた。


 もうなんなんだよと笑う。


 颯太くんがこんな感じでいちいち大きな声で反応してくれるからまだちょっと恐怖が和らぐけど、それでもまだ少し怖い。



「由乃、颯太くんの隣行ったら?」


 ふたりには聞こえないようにコソッと話す。


 颯太くんはひとりで先頭を歩いてるだけだし、隣は空いてる。

 それに颯太くんの隣にいたら怖さも和らぐだろう。


「うん」


 由乃が颯太くんの隣に行ったのを見て、わたしはこっそりと伊織の隣に行く。




「よくできてんな」


 伊織は怖がるどころか飾りや凝ってるところを感心しながら歩いていた。

 すごいすごい、と興味深そうだった。


「ねぇ、伊織は怖くないの?」


「俺はお化けより怖いもの知ってるから、全然平気」


 なんだろう。

 お化けよりも怖いもの?

 わたしには検討もつかないけど、聞きたいとも思わないな。



 それから様々な仕掛けがあって、その度に声を出していたら疲れた。

 出口の光が希望の光かと思ったくらいだ。




「生きた心地がしなかった……」


 やっと現実に戻れた気分。

 長くて怖かったお化け屋敷の旅も無事終わって、そろそろ最後の乗り物かな。






「最後はやっぱ観覧車乗りたい!」


 由乃が大きな観覧車を指さす。

 そこに向けてみんなで歩き出す。


「颯太くんは伊織と乗りたい?」


「べつにだれとでもいいけど?」


 コソッと颯太くんに訊くと、素っ気なく返された。


 颯太くんがいいなら、みんなで乗るよりふたりでわかれたほうがいい。


「由乃。わたし、伊織と乗るから颯太くんとふたりで乗っておいでよ」


「うん」


 ありがとう、と由乃が小さく呟いた。




 観覧車の傍まで行くと「4名様ですか?」と観覧車のお兄さんに言われる。


「いえ、」


 ふたりずつでと言おうとすると、横で伊織が声を出し「ふたりずつでお願いします」と言った。


 わたしが由乃とこそこそ話してるの気づいてたのかな。


 先に乗った由乃と颯太くんを手を振りながら見送る。

 そしてわたしたちも観覧車の中へと足を運ぶ。


「伊織も由乃のために? ありがとね!」


「え……あぁ、まぁ、そう」


 曖昧な返事が返ってきた。



 さっきは由乃と颯太くんのためを思ってこうしたけど、よくよく考えてみたら伊織とふたりっきりなんだよね。


 しかも、結構長い!

 やっぱ4人で乗ればよかったかな。

 密室で男の子とふたりきりなんてはじめてでどうしたらいいのかわからない。


 意識したら、なんか緊張してきた。

 伊織のほうを見てみると景色を見ずに下に目線を下げていた。




「ねぇ、なんでなんも話さないの?」


 もう少しで頂上につくのに、伊織はずっと黙ったままだ。

 体調が悪いとかではなさそうだけど。


「葵。どうしよ、俺、観覧車だめだわ」


 いきなり手で顔を隠して俯き始める。


「そ、そんなこといまこんなことで言われても!」


 乗ってからもう結構経つし、なんならもう頂上に近い。

 観覧車は乗ったら長い間そこから出ることはできないし、苦痛でしかないよね。

 伊織、大丈夫かな?

 表情が見えないから、どんな顔しているのかわからない。



「前は乗れた気がすんのに久しぶりだとだめだわ」


 はぁ、とため息をひとつ零す。


「いまなら葵がお化け屋敷で生きた心地しなかった気持ちわかるわ」


「あはは、なにそれ!」


 つい、笑ってしまった。

 すると、伊織が少しムッとした顔をする。


「笑わないでよ」


「ご、ごめん。でも、いましか見えない景色を見ないと勿体なくない? ……なんて、観覧車だめな人にこんなこと言ってごめんね!」


 自分の思ったことを言ったけど、言わないほうがよかったな。

 伊織は怒ったかな? 呆れたかな?

 すると、目線を下から上にちょこっとあげた。


「……じゃあ、ちょっとだけ」


 そう言いながら、伊織は窓の外を少し見る。


「人ってあんな小さく見えるのな」


 伊織から出た感想は一言だけだった。

 それ以上はもうなにも言わないで、ただただ歩いている人たちを窓越しから見ていた。


 この景色、伊織目にはどう映ったのかな。




 長いような短いような観覧車の旅も終わり、地上へと着く。

 伊織はやっと地面に着いた安心感で笑顔になっていた。


「なぁ、葵! 見てこれ! 綺麗じゃない?」


 伊織が指さすほうには綺麗な夕焼けが見えた。


「いましか見えない景色だな!」


「うん、そうだね!」


 わたしが言った言葉をこういう風に使ってくれるのうれしいな。

 いましか見えない景色を目に焼きつける。



「俺、こういう空好きなんだよな……」


 わたしはそうやって笑う伊織の顔好きだな。

 笑顔だけじゃなくて、優しさも行動も全部好き。


 うん。

 自分の中で強く結んでいた紐がゆっくり解けていく感じがした。


 もう認めてしまおう。伊織が好きなんだって。

 伊織がまだ初恋の子が好きかもなんて関係ない。

 わたしはいま、伊織の隣にいる。

 ずっとそばにいたのはわたしなんだから。

 わたしの努力次第で、わたしのことを好きになってくれるかもしれない。


 今日、わたしはこの想いを認めた。

 伊織といるといつもたのしくて、それでいてドキドキさせられる。

 きっと、これが恋ってやつなんだ。

 




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