願いが叶うなら


「わたし、この公園好きなんだ。

 小さい頃からよく来たの」


 つぎに通ったのは星空公園。

 名前の通り星空が綺麗に見える公園だ。

 ブランコ、滑り台、鉄棒しかない小さな公園だから、あまり人も来ない。

 その静かさが逆に落ち着いて、わたしは好きだったりする。




「俺もここお気に入りの場所……だった」


 少し悲しそうに呟く。

 伊織は時々なぜかかなしそうな顔をする気がする。

 どこか切なく儚い空気を纏っているような。


 小6までこの街に住んでいたらしいから、もしかしてそのときになにかあったのかな。

 伊織の顔はなにかを思い出してるようだった。



「前は好きだったの?」


「うん。この場所がだいすきだった。でも……」


 でも、そのあとはなに?

 そう訊かなかったのは、伊織が「これ以上は訊かないで」と言いたそうな顔をしていたから。


 わたしは話を変える。

 言いたくないことを無理には言わせたりするのはよくない。

 だれにだって秘密のひとつやふたつあるのだから。



「ねぇ、もし流れ星見えたらなにを願う?」


「そうだなぁ」


 すぐに笑顔が戻って、なにかたのしいことでも想像してるみたいだった。

 よかった。いつもの伊織に戻った。


 我ながらいい話題だと思った。




「俺は時間を止めたい」


 おぼろげな空に向かって力強くはっきり主張する。


「まぁ、絶対叶わないんだけど……」


「時間か。でも、それいい!」


 本当に心からそう思う。

 時間を止めることができたら、ずっとこの場所にいられる。

 いまをこの瞬間を綴じ込められたらいいのにな。






「葵は?」


 今度は興味津々な目でこっちをうかがう。


「うーん」


 困ったな。

 伊織はわたしの答えをたのしそうにまってるみたいだ。

 そんな目で見られると、ちゃんと考えないと。


 わたしの将来の夢や目標を星に願うのはなんだか勿体ない。

 それは自分の努力次第では叶うのだから。


 あ、これだ。

 少し考えていい願いごとを思いつく。


「伊織がずっと笑顔でいられますように!」


「……っ。なんできみはいつも……」


 伊織は息を呑んでまっすぐこっちを見てる。



 なんで? って。

 そんなの決まってる。


「伊織の笑顔が好きだから」


 伊織はいつもわたしを笑わせてくれる。

 だから、伊織が悲しそう顔するときは、わたしが笑顔にしたいと思ってる。


 でも、わたしには伊織を笑わせることなんてできるかわからない。

 できたとしても表面だけ。心の中までは笑わせることはきっとできないから。


 伊織にはずっと笑顔でいてほしいな。



「いつでも他人優先だよな」


 俺には真似できないくらい、そう言いながらブランコに座る。

 わたしも隣のブランコに腰かけて「そんなことないよ」と苦笑いする。


「友だちや他人を大切にするのもいいけど、自分のこともちゃんと大切にしろよ?」


 はじめてだった。

 こんなこと言われたの。


 わたしは自分のこと好きじゃない。

 言いたいことを言えない、伝えたいことも伝えられない、こんな自分が昔から大っ嫌いだ。

 他人に流されて生きてるのだってわたしの悪い癖だ。


 だから、自分を大切にしようなんて到底思えなかった。




「俺の前くらい気抜いたら? 家でも我慢とかしてるんでしょ? 

 そんなの……つかれちゃうじゃん」


 べつに我慢してるわけではないけど、つかれるのは確かだ。

 たまに息がつまってしまう。

 だれにも弱いところなんて見せたくない。


「俺はずっと笑顔でいる葵が好きだよ。

 でも、無理して笑ってるのは見たくないな。

 だから、なんでも話してほしい。

 些細な愚痴とかでも全然いいからさ!」


「伊織……」




「え! ちょっとまって! 俺、なんか変なこと言った?」


 気づいたら頬が濡れていた。

 それを見た伊織はすごくあたふたしている。


 伊織はただ優しいだけじゃなくて、わたしの心を救おうとしてくれてるんだ。

 こんな人にはじめて出逢った。


「……ありがとう、伊織」


 涙を指で拭って感謝の気持ちを伝える。

 すると「俺のほうこそいつもありがとう!」と伊織が笑った。

 最初はわからなかったけど、この感謝の本当の意味はあとから知るようになる。




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