第2話
~~走れ走れ体が動かなくなったものから死んでいく~~
訓練場を走る黒髪の青年がいる。中肉中背の黄色人種でこれといった特徴のない顔つきだが唯一左目から灯火の騎士の証である青白い炎が揺らめき出ている。
「走れ走れ走れ!戦場では体力が無くなったやつから死んでいくぞ!」
がっちりとした体格の教官が頭頂部を太陽に光らせながら檄を飛ばす。
「一体何時間走らせるつもりだあのハゲ!」
走り始めたのはまだ太陽が東の山から頭を出し始めた時である。その太陽はすでに頭上高くにギラギラと輝いている。思わずユウトの口から愚痴が漏れる。
「ハゲでマッチョで声がデカい癖に、アレでめっちゃ可愛い奥さんいるらしいじゃないか。世の中不公平だ!」
隣を走るベルンハルトが息を乱しながら愚痴を言う。整った顔を紅潮させ息を乱す様は妙な色気があった。
「そこの二人!おしゃべりとは随分と余裕があるな!もう2周追加してやろう!他の連中は訓練終了だ!」
「了解しました。教官殿!」
げんなりした顔で答える二人。
「オマケに地獄耳と来た」
「うえぇ、汗が張り付いて気持ち悪い。早くシャワー浴びたいよ僕は」
追加の2周を走り終え、午前の訓練を終了させてシャワーを浴びる二人。冷たいシャワーが熱を持った肌を冷やしていく。
「そりゃ基礎訓練が大事だって理屈はわかるんだけどな。俺はシミュレーターを増やして欲しいよ」
「ユートはシミュレーターの成績が良いからね。かと言って実際の作戦じゃ十数時間戦闘状態ってのもあるんだし、こればっかりはしかたないかなぁ」
「確かにな。教官殿のありがたい愛ってわけだ」
「その愛とやらは奥さんに注がれるってわけだね」
教官より頭二つ分小さい彼の妻の姿を思い出す。
「犯罪臭がすげぇな。教官殿は少女性愛者だったのかね?」
「いや、奥さんの方が熱烈にアタックしたって聞いたことがあるよ。あれで熟年夫婦なんだから世の中わからないよね」
「にしても、お前ももうちょっと言い方どうにかならないのか。一応お貴族様だろ?」
「貴族って言っても貧乏子爵の三男坊さ。それにここにいれば口も悪くなるよ」
「確かに。ここは教育には悪いからなぁ」
軽口をたたき合いながらシャワーを浴び終え時間を確認する。
「おいやばい。飯食う時間なくなるぞ」
「了解。急ぐよ」
食堂に早足で入る二人。メニューを見て顔を顰めるユウト。コーウェンズ監視基地は歪神拠点の監視という目的上前線に近い位置に建設されている。その為、補給が滞る事は無いが潤沢と言うわけでもない。食堂を任されている軍属の料理人たちの涙ぐましい努力によって毎月各国のメニューを食べる事が出来る。毎週7日でメニューのローテーションが行われており、3日に一度だが嗜好品のコーヒーや紅茶も飲める。ただ、今回はレッドカレー、ジャスミンライス、トムヤムスープとユウトの苦手とするスパイシーなものが揃っていた。オマケに楽しみなるはずの嗜好品はホットムースという仕打ちである。
「あー......スパイシー系は苦手だったっけ?」
「正直味付けの濃すぎる物は苦手なんだよ。西国の味付けが懐かしい」
西国では出汁の文化が定着しており、他の地方の人間からすると薄味という評判だ。また、大豆の加工品が食事の大半を占めているという風評被害もある。本当に風評被害かは横に置く。
「西国はなんでも大豆だったよね」
受け取り用カウンターに並びながら喋る二人。
「いや、流石にそれは言い過ぎだぞ」
ベルンハルト・グッドフェローの順番が回って来た。
「綺麗なお姉さん大盛で!」
「あらやだねぇこの子は、こんなおばちゃんにお姉さんだなんて。ほら、たんとお食べ」
上機嫌でカウンターに大盛のトレイをカウンター越しに手渡す食堂のおばちゃん。山と盛られたレッドカレー、ジャスミンライス、トムヤムスープだが、ベルンハルトと言う男は軍人基準で細身だが何処に入るのかというぐらい良く食べる。
「あ、俺は普通でお願いします」
正直、舌への刺激が強すぎるのでカロリーは必要だから、食べはするが多く食べたいとは思えないメニューなのだ。
「何言ってるんだい!あんた等は体が資本だろ。しっかり食べな!」
「アッハイ」
「災難だったね」
「だったらおばちゃん煽るなよ。いや全部食べるけどさ」
苦笑しながら席に着くベルンハルト。顔を顰めながらスプーンでレッドカレーをかき回した後口に運ぶユウト。ベルンハルトは同じものを食べているはずなのにどこか上品な所作で真っ赤に染まったカレーを口にする。
「そういや観測対象の歪神拠点増殖の傾向がみられたんだって?」
「うん。観測部門の女の子に聞いたんだけど、このペースで増えていくと近日中に溢れるんじゃないかって言ってたね。そろそろ間引きを兼ねた実戦訓練があるんじゃないかな?」
「実戦訓練か。お互いヘマをしないように気を付けようや」
「うん。僕も君に止めを刺すなんてことはしたくないからね」
歪神眷属との戦闘中に撃破、擱座した騎体は軍規定で破壊する事と決まっている。歪神はあらゆる存在を取り込み、その技術を眷属へとフィードバックする特性があるのだ。故に鹵獲され技術が歪神の手に渡る前に友軍機が破壊する。その際は灯火の騎士の生死は問われることはない。
「こういう生き死にが間近にある環境だと女の子が余計に魅力的に見えてくるね」
雰囲気を変える様にベルンハルトから新しい話題が振られる。
「そういや、お前さっき観測班の女の子から話聞いたって言っていたけど、また違う女の子に手出したのか?」
「いや、シャーリーとは今も続いてるよ。リタとはまだお友達かな?」
「まだって言ったかお前。そのうち本当に刺されるぞ」
「でも、個人的にはツェツィーリヤ・ヴァルナフスカヤ少佐とか凄く良いよね。あの冷たい目で見られながら踏まれたい」
「え、マジで言ってんのこいつ。ちょっと付き合い方考え直すことにする」
食堂入り口が話し声が聞こえてくる。参謀達も昼食の様だ。その1人はユウト達を見た瞬間顔を顰め、露骨に視線を逸らす。参謀達、特に貴族出身にとって灯火の騎士たちは必要だけど、同じ人間というより兵器の一部だという見方をしている者たちもいる。
「兵器と同じ食事というのは聊か趣に欠けますな」
「いや、魔獣臭くていけませんな」
そう言っていやらしい笑みを浮かべて離れた場所に行こうとしたところで、彼らの肩を1人の赤い短髪に褐色の肌の女性が掴む。その左肩から青白い炎が揺らめき出ていることから灯火の騎士の1人であることがすぐに分かった。
「よーう、面白そうな話してるじゃないか。あたしも混ぜてくれよ」
アエラ・エイトスがいたずらが成功した子供のような笑いながら参謀たちの後ろから顔をのぞかせていた。背中に豊かな胸を押し付けながらも握られた参謀の肩から骨のきしむ音が聞こえる。
「いや、結構だ。我々も忙しくてね。昼食を早く済ませなければならないのだよ。手を放して貰えないかね?」
顔色を青く染めた参謀の言葉を聞いて、素直に手を放すアエラ。そそくさと食事のトレイを手に取り離れた座席へと移動していった。
「相変わらず陰口だけで根性のねえ奴らだな。鍛え方も足りねぇ」
離れていく参謀たちを見ながら鼻で笑う彼女はユウトたちの方に軽く手を振るとそのまま自分も食事をとる為にカウンターへ並んでいく。
「おばちゃーん。あたし大盛ね!」
「あいよー。相変わらず良く食べるわね」
「兵隊は食べるのも仕事だからねぇ」
そんなやりとりが聞こえてくる。
「おい、あの人って」
「アエラ・エイトス大尉殿だな。アックス中隊の中隊長様だよ。単騎で大型眷属を討伐したエースだよ」
「まじかよ。そりゃなんとも凄いな」
「まぁ、参謀部とも因縁のある人でね。彼女が大型を単騎で討伐する事になった経緯ってのが、参謀部が作戦手順ミスってアックス中隊だけ敵の群れの中に取り残された事があってね。中隊長が殿で大型を相手にして敵中突破したそうだよ。手土産に大型眷属を獲ったらしいね」
「いやー、おっかないな。そりゃ参謀殿たちも何も言えんわな」
「おや、そろそろ午後の座学が始まるよ」
「そうだな。取りあえずこれ片付くまで待ってくれ」
涙目になりながらレッドカレーを流し込むユウトだった。ホットムースはベルンハルトに譲った。貸し一である。
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