Sing a song

 横には僕の大学時代の後輩、C子が無邪気に歌っていた。僕たちは二人でカラオケに来ていた。僕は彼女の歌声を聴きながらビールを飲む。


 C子は歌い終えるとチューハイをストローで飲み、僕にもたれかかってきた。女の子っぽい匂いが鼻に入った。


「なでなでしてください」


 僕は言われるがまま、彼女の頭を撫でてあげた。


「私、トオルさんが社会人になってからずっと会えなくて寂しかったんですよ。どうして連絡先変えちゃったんですか」


 C子は僕に抱きついてきた。チラリと見える手首には何本か線が刻み込まれていた。


「そうだ! トオルさんのプレイリストに入ってた曲、私歌えるように練習したんでした」


 彼女は僕からぴょいと離れて機器に曲名を打ち込み、マイクを持った。モニターに映し出されたのはビートルズの「For No One」だった。


 彼女は表示される英字の歌詞をたどたどしく歌ってみせる。


「~ユーシンクシーニージュー」


 僕は聴き慣れた曲を口ずさみながら聴いた。


 C子が歌い終えると、僕は「良かったよ」と言って彼女の頭を撫でた。C子は飼い主に甘える子犬みたいで可愛かった。


「この曲、切ないですよね。別れた二人の曲。彼女のことが忘れられない彼氏と、きっぱり切り替えて生きる彼女。彼氏の女々しさがたまらないです」


 彼女の言葉は僕の心を強く突き刺した。


 僕は一体何をしているのだろう。


「私、トオルさんと別れちゃうことなんて考えただけで耐えられません」


 C子はまた僕に抱きつく。頭の中で「For No One」が流れ続けた。





 横には僕の彼女、サトミが座っていた。僕たちは二人でカラオケに来ていた。二人とも歌うこともなくただ隣から流れる歌声に耳を傾けながらモニターに流れる特集を見ていた。


 サトミはチューハイに口をつけ、僕にもたれかかってきた。女の子っぽい匂いが鼻に入った。


「撫でていい?」僕はそう訊くと、彼女は何も言わずに頷いたので、目の前にある頭を撫でた。


「サトミ、何か歌わないの?」


「歌ってほしい?」彼女はいたずらっぽく聞いてきた。


「歌わないと、ここに来た意味がないからね」


 僕がそう言うとサトミは「それもそうね」と言って、僕からそっと離れて機器に曲名を打ち込み、マイクを持った。モニターに映し出されたのはビートルズの「For No One」だった。


 彼女は表示される英字の歌詞の通りに歌う。


「~You think she needs you」


 聴き慣れない曲だったがサトミの歌声が聴きやすいメロディーに変えてくれた。


 サトミが歌い終えると、僕は「良かったよ」と言って彼女の頭を撫でた。サトミは撫でられ慣れていない様子で可愛かった。


「この曲、別れたカップルの話なんだよね」


 サトミが言った。


「そうなんだ。歌詞を全然読めてなかったよ」


「女性は上書き保存、男性は名前をつけて保存って感じの内容よ。巷でよく言われている気がするけど」


「何か聞いたことある」


「私もここで言う女性になりたいなって。どちらかというと男性側の思考なんだけど、そうじゃなくてきっぱり関係を断ち切るの。そして皆から忘れられない存在になる。これって素敵じゃない?」


 サトミがそう言って、僕は少し不安になった。彼女が僕の前からいなくなることを想像したくなかった。


「不謹慎だからやめてよ」


「冗談よ、冗談」


 サトミはいたずらっぽく笑って、また僕にもたれかかった。頭の中で「For No One」がぼんやりと流れ続けた。





 サトミは三年前に一家心中でこの世を去った。地元の新聞でそのことが大きく取り上げられた。サトミは僕に言うことはなかったが、新聞の情報によると幼少期に母親が他界してから、父親と新しくできた義母に「英才教育」と称して虐待を受けていたらしい。僕の推測だが、サトミが周りに溶け込むことや繋がりを大事にしていたのは、家庭環境によるものだったのではないかと思う。一家心中の真相は分からないが、僕は彼女の心の支えになることができなかったと後悔した。そして、今でも彼女の面影を追いかけてしまう。容姿や癖、考え方、心の脆さなど似ている要素を持った女はいたが、それは断片的であり、継ぎ接ぎに満たしているにとどまった。


 僕は彼女を永遠と引きずることになるだろう。サトミは全ての関係を断ちきり、僕にとって忘れられない存在となったのだ。


 今日も僕は彼女の面影を探しに女と出会う。

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【短編】For No One お茶の間ぽんこ @gatan

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