第38話 手紙
「汐斗くん……カバンの中に入っている遺書――いや、手紙を見て……、そこに書いてあることを伝えたい。声が無理なら文字という言葉で伝えたい……」
「分かった。でも、まだ明日を閉じちゃだめだろ! 約束したんだから。まだ、1ヶ月経ってないんだからせめてもう少し待ってくれよ! 自由にしていいのはそれからなんだよ!」
――うん、約束、必ず守るから。汐斗くんは私が約束を守ってくれるって信じてそういう約束をしてくれたんだから。そんなの、破るわけないじゃん……。私を信じてよ。信じてよ。
でも、それを声に出すことはやめた。本当は声に出してそう伝えたいけれど、無理をしてここで声を出してしまったら、明日を閉じてしまうかもしれないから。約束を破ってしまうかもしれないから。信じてくれた汐斗くんを裏切ることなんて、私はしたくない。
そんな言葉を聞くよりも、汐斗くんはこの世界で明日も人生を創ってくれる方が望んでいると思ったから。
でも、本当は言いたい。それを、汐斗くんの約束を守るためだと思い、人生の中でも一番辛いかもしれないけど、我慢した。そういう想いを込めて、私は目で汐斗くんに伝えた。それが伝わったのかを私に確かめる方法なんてないけど、汐斗くんはうんと大きくうなずいてくれた。
汐斗くんが、近くに転がっている私のカバンから封筒を取り出し、中のものを読み始めた。これは、今は遺書ではない――最後に贈りたい、私の想いが詰まった手紙だ。
この手紙、何度書き直したことだろうか。気持ちが変わるごとに書き直した。どんどんと世界を見えている……そんなことは自分でも感じられた。それは、汐斗くんのせいなんだろう。
この手紙を書いたときが蘇る。今、汐斗くんがゆっくりと、自分の瞳という部分を用いて、自分の心の中に少しずつ吸収しているものを書いたのは……数日前だ。これが、一番最近書いたもの。今に一番近い私が書いたものだ。
その時のペンを握る感触、紙に触れた手の感触、周りから聞こえてきた音を、今、私は感じている。これを書いているときと、全く同じものを。
『私にとって大切な存在の汐斗くんへ
これはもし、私が汐斗くんとの約束を破ってしまい、自分から明日を閉じてしまったときの遺書になるものだと思います(違ってたらごめんね)。
本当はこんなもの書く必要、ないと思います。だって、汐斗くんがどんな私でも明日を創ってくれるんだから。私の世界をともに歩んでくれているんだから。
でも、もし自分が明日を閉じてしまったとき、私の心にあるものをちゃんと伝えられないのは嫌なので、これを書いています。だから、その想いを伝えるために書きました。そんな私を許してください。許さなくてもいいから、この想いを受け取ってください。
汐斗くんは一言で言うなら私の世界に道を創ってくれた人です。それも、私だけが進むことのできる道を。
そして、本当に、本当に不思議な人です。明日に対して正反対の想いを持っている私に、ここまで関わってくれた。もしかしたら、明日の人生がなくなってしまうかもしれないのに――もしかしたら最後になるかもしれないのに、私にその人生を与えてくれた。そんな人を、憧れないわけありません。ずるいよ。そんな人とずっと離れたくないです。私のことを、仮にどんな世界にいるのだとしても、想ってほしいです。忘れないでほしいです。私を白野心葉として、ずっとずっとその名前を胸に刻んでほしいです。私も、絶対にそうするから。これは、どんなことがあっても約束するから。
本当に、汐斗くんと過ごせた日々は、特別でした。もちろん、その時間の全部が楽しいわけじゃなかったけど、全てに意味があると思えた日々を送れたのは本当に久しぶりでした。本当にありがとう。ありがとう。ありがとう……何度も言うよ。何度言っても、言い尽くせないよ。終わりなんかないよ。
そんな私が感謝してもしきれない汐斗くんの病気が完治に向かっていること、本当によかったです。それが、私の夢でした。最後にその夢を見ることができて、私はすごく嬉しかったです。汐斗くんがその姿でこの世界を創ってるところを見られないのは、少し残念だけど、そうだと願っています。でも、どこにいても、ちゃんと見ているから、悲しまないでください。私が言えることじゃないけど、君には自分の人生があります。その人生を輝かせてください。ずるいぐらい幸せになってください。私ができなかった分まで。約束してください。私の分まで生きてくれることが、たぶん汐斗くんと出逢えて一番よかったと思う瞬間になるんだと思います。こんなにも、失いたくない人、離したくない人、初めてだったよ。
最後に一つ。もしかしたら、これは書けないかもしれません。そしたら、ごめんなさい。でも、私はそのことをどこにいても思ってます。汐斗――
君との日々はずっと忘れない白野心葉より
PS さよならじゃないからね、信じてる。今までありがとう。私の人生はこれで終点です』
私の書いた文字はどう汐斗くんに届いているんだろう。
自分の想いは届くんだろうか。
どこにいても、きっと汐斗くんなら私の想い、感じ取ってくれるはずだ。
でも、まだあのことは書けなかった。手紙の最後の部分、書けなかった。汐斗――の続きが。書けなかった。
「こ、こ、は……」
私の名前を汐斗くんは噛み締めながら、その手紙に書いてあることを感じ取りながら、どんな声よりも美しい声で言った。でも、汐斗くんは泣いてなかった。たぶん、こんな私の前で泣いたら……とでも思ったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます