第39話 最後の文字

「最後のってさ……いや、無理ならいいや。ごめん。本当に、ありがとう。でもさ、泣くギリギリにいるんだ。こんなにこらえなきゃいけないの、初めてだよ……」


 やっぱり、そこが気になってしまったか。最後に書けなかった部分が。何を伝えようとしていたのか。


 汐斗くんはその手紙を私の近くにそっと置いてくれた。


 私は本当は、この手紙で汐斗くんを泣かせたかった。でも、汐斗くんは泣いてくれなかった。私のために心から泣いてほしかったけど、泣いてくれなかった。あの時みたいに泣いてほしかった。


 気を遣わなくてよかったのに……。何でだよ……。


「僕はもっと心葉のことを知りたいし、一緒に笑いたいし、見守りたいし、お互いを成長させていきたい……僕は明日を見えるようになって、心葉は明日を創りたいと思えるようになって……だから、終点じゃなくて、ここがお互いの始まりなんじゃないか。見つけた始まり、簡単になかったことにはできない。心葉、言ってなかったけど、辛いながらも一生懸命に生きる君は、僕の世界を変えてくれた。僕も憧れだったよ……。憧れの人がいなくなったらどうするんだよ」


 汐斗くんが私を泣かそうとしてくれる。でも、泣いたら負けだ。こらえたくないのに、こんなにもこらえなきゃいけないのは初めてだ。


 じゃあ、私は最後に君に泣いてもらうために、力を振り絞ろうかな。私が勝とうかな。負けたくないもん。君は嫌かもしれないけど、泣くという最後のプレゼントを渡そうかな。でも、もう声は厳しい。だけど、腕は少し動く。その腕を使って私は、近くに転がっていた唯衣花からもらったピンク色のペンを取る。これも、大事にできなくてごめんね、唯衣花。そして、海佳ちゃんもさよならを言えなくてごめんね。私を支えてくれたのに。


 いや、このボールペンは大事にできないわけじゃない。私が本当に伝えたいことを書く時に使うんだから……。


 ――皆、こんな私で本当にごめんね。


 私は、そのピンク色のボールペンで、あのときは書けなかった汐斗――の続きを書く。今なら書ける。伝えたい。伝えるのならもう今しかない。私の最後がこれで終われたら、きっとこの世界で一番幸せなんだろう。だって、最後まで君のことを思えるんだから。


 私は、ある文字を汐斗――の続きに書いた。崩れた文字で――最後に伝えたかった、たった2文字の言葉を。そのピンク色の文字が太陽の光で表すことのできないぐらいに輝いた。


 『すき』


 その瞬間、汐斗くんの泣く大きな声がした。


「心葉、まだ終わっちゃだめだろ、まだ約束の時間、終わってないんだから!」


 そう叫ばれた。本当に大きな声だった。その文字に汐斗くんの綺麗な雫が落ちた。私からも気づけば雫が垂れていた。この世界がその雫のせいで美しく見えた。いつかその雫だけで小さな水たまりができるんじゃないだろうか。


 それから、私は瞳を閉じた。これが、最後の力だったみたいだ。でも、幸せだった。


 ――こういう最後でよかったよ。最後は、引き分けだったね。


 汐斗くん――私の世界を最後まで変えてくれて本当にありがとう。最後に恋して終わったんだな。終わることが出来たんだな。

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