第35話 ボールペン
汐斗くんと最後に行く場所は、行けること自体が嬉しかったので本当にどこでもよかったけれど、遊園地に行くことになった。これは汐斗くんの提案だ。最後に思いっきり楽しもうということから、遊園地を選んでくれたんだろう。
ずっとずっと待っていたその日が来た。まだかなあと思っていたときもあったけれど、その日は当然のように来た。目覚まし時計を集合時間に十分に間に合うよう寝坊したときのためにも何回かセットしたはずなのに、その目覚まし時計が役にたたないぐらい早く起きてしまった。
今日は特別なんだから、普段はやらないけど少し化粧をしていこう。もちろん、自分の姿だと言える範囲で。
カバンに忘れ物がないか、何回も何回も確認する。そして、汐斗くんに渡すためのミサンガも忘れずに入れる。そう言えば、今日、汐斗くんも出来上がった染め物を最後に見せてくれるらしい。それも私の楽しみの1つだ。
でも、カバンに入っているこの紙――いわゆる遺書と呼ばれるものは今日で捨ててしまおう。書かない方がいいとは分かっていたけれど、私の未来の心は自分では分からない。だから、これを読んでもらう気なんてないんだけれど、もし、その時が来てしまったときのために私は親や友達、そして汐斗くんに書いていたのだ。最後に自分の想っていたことを言えずに明日を閉じてしまうのは嫌だったから。
でも、何度も書き直したこの遺書も今日が終わったら、破いて捨ててしまおう。前に描いていた世界とはもう、おさらばだ。こんな遺書は私にはもうきっと必要ない。そんなものがなくたって、きっと私は生きていけるはずだ。あの人と出会えたんだから。
ドアノブに手をかける。
「行ってきます」
この家にはまだお母さんも、お父さんも帰ってきていないはずなのに、そんな言葉を言ってしまう。でも、感じるのだ。
ドアノブに自然と力が入り、ドアが軽い力で開き、外の世界の空気を吸った。
――私は、人生を変えてくれた君と、もしかしたら関わることのできる最後かもしれない特別な日を創るために、家を出た。
少し、早かっただろうか。まだ、約束の20分も前だ。汐斗くんの姿はもちろんまだ見えない。
私の目の前に見える横断歩道から汐斗くんは私のもとに来るはずだ。
時々、車が私の近くを何事もなく通過していく。
汐斗くんが来るのを、私は特別な想いで待っている。
本当に、汐斗くん今までありがとう。ずっとずっと忘れられない……そんな大切な人。
一生、忘れたくない。
「あれ、心葉じゃん!」
「あっ、唯衣花! その格好はどこかにお出かけ?」
唯衣花が私の前を通ろうとしたところ、私に気づいたようで、唯衣花が私に声をかけてきてくれた。海みたいに爽やかな服装が、彼女を際立たせている。
「うん。友達と買い物に。心葉は好きな人でも待ってるの?」
「いや、そんなんじゃないよ!」
私は唯衣花の言ったことに対して慌てて否定した。私と汐斗くんの関係はそんなのじゃ――でも、ないとまでは言い切れないのかもしれない。だけど、考えると私の心のどこかを異常に反応させてしまいそうだからやめた。でも、その答えは私のどこかに眠っているはずだ。
「まあいいけど。それよりちょうどいいや。これ、お見舞いに来てくれたお礼! そんな高いものじゃないけど、プレゼント」
唯衣花が、ショルダーバッグから丁寧にラッピングされたものを出して、それを私に手渡した。縦に長く、横は短い。私は開けてもいい? と聞いて唯衣花がうなずいた後に、そのラッピングを丁寧に取る。この瞬間が、小さい頃サンタさんにプレゼントをお願いした時、何が届いているかみたいでドキドキしてしまった。
「心葉が好きなピンク色の、ボールペンだよ!」
「唯衣花、ありがとう!」
唯衣花、そんな小さなことまで覚えていてくれたのか。でも、唯衣花に渡したあのミサンガの色も私の好きな色で作ったと前に言ったから、覚えていてくれたのかもしれない。私が好きな色はピンク色だってことを。
「これ、大切にするね」
私は、そのボールペンをそっとカバンの中にしまう。普通のときにはもったいなくて使えそうにないから、本当に大切なものを書く時に私は使うことになるんだろう。でも、そのときはいつ来るのかまだ分からない。
「うん。心葉が使いたいときにでもそのボールペンは使ってよ。話変わるけどこの辺スピード出す車が多いから気をつけてね。じゃあ、バイバイ。応援してるよ」
そう唯衣花は言った後、手を振りながら私からゆっくりと遠ざかっていく。
――応援してるよ。
何をなんだろう。主語は一体何なんだろう。でも、あの笑顔。もしかしたら、私のことを唯衣花は少し分かっているのかもしれない。はっきりとではなくても少し感じているのかもしれない。
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