第34話 伝える
今から言いたいことは、ある意味マイナスなことだ。決してプラスではない。プラス極になんてこの日記を読んで引っ張られない。
さっきも思ったこと。
――何だよ、そんなときから苦しみを抱えてきたのに、なんで私なんかを気遣えるんだよ。
私たちは同じような立場だ。ただ、苦しみが何かが違うだけで。明日をどうしたいかというものが正反対なんだけで。苦しみを抱えた時期もほとんど同じ。その苦しみの強さも同じ――いや、汐斗くんの方が何倍も大きかったのかもしれない。私のは最悪の話、高校を自主退学すれば済む。でも、汐斗くんは何かをすればその世界から逃け出せるわけではないんだから。それに、いつきてしまうか分からないんだから。
「汐斗くん、君はある意味バカだと思う。自分も辛いくせに私のことを気遣ってるし、想ってるし。この日記でそれは十分分かったよ。自分の苦しみを知らなさすぎてる。自分のことを分かってなさすぎてる。自分を犠牲にしすぎてる。自分をもっと苦しめてる……。自分だって辛いんでしょ? 苦しいんでしょ? 本当は、正反対の私を見ることなんて普通の人間ならできない。でも。君はそうしてる。だからバカなの?」
私を支えてくれている人に対して言う言葉としては、最悪の言葉だと自分でも十分に感じている。汐斗くんに言う言葉じゃないと。酷いのは分かる。でも、言わずにはいられなかった。だけど、私が心を許してしまった彼に――彼だから本音を言いたかった。別にこれで関係が終わってしまったとしても、後悔はない。どんな形で終わるのか分からない私たちの関係においてはこういう風に消滅するのはむしろいいんじゃないか。
これが、言いたかった。私の大切な人だからこそ言いたかった。
「……そうか、僕はバカか。そうだな、うん」
少しの沈黙の後、そう喋った。汐斗くんの言葉からどんな感情を持ってるのかなんて、私には分からなかった。ただ、何か言いたいことがあった……それだけは分かった。
「確かに、僕は辛かったよ。この2、3年間辛かったよ。本当に辛かったよ。たぶん、心葉が思ってる以上に辛い時もあったと思う。色々な治療に分からないぐらい辛かったよ。普通なら、僕は心葉を気遣うことはできない。でも、心葉ならって思ったんだ。正反対だけど苦しみを抱える人なら、僕のことも分かってくれると思った。お互いにその世界を生きていけると思った。だから、自分の為でもあったんだ。それに、心葉ならと思った理由がもう一つある。心葉は明日を閉じようとしてるけれど、心葉の心そのものは温かいって知ってたし、感じてたから。だから……そんな人の力になりたかったから。それが僕のできることであり、大切な命を届けてくれた人たちへのお礼になると思ったから」
ゆっくりと、まるでスローモーションのように、私の見える景色が少しずつかすれていく。汐斗くんの顔がぼやけてくる。でも、汐斗くんの瞳からも輝くものが落ちてきた……私には分かる。
どちらも、心が反応してしまったんだ。
水溜りを作るようなものを自分で作り出してしまったんだ。
この世界をゆっくりと水の世界に変えてしまったんだ。
――私たちの心を反映させた、涙。
「今日、嬉しいことがあったはずなのに、何で泣いてるんだろう。本当だったら、ここで笑っているはずなのに。心葉をここに連れてきた理由は、2人で笑いあいたかったからなのに。君が明日を一所懸命に創ってくれたから、僕はこうなれたんだよって、お礼を言いたかったからなのに……なんで泣いてるんだろう。計画が潰れちゃったじゃん……」
私も、何で泣いているんだろう。汐斗くんの病気が完治に向かっているんだから、一緒に喜ばなきゃいけないはずなのに。よかったねって笑わなきゃいけないはずなのに。楽しまなきゃいけないはずなのに。ここまで、本当にお疲れ様と言わなきゃいけないはずなのに。友達として、いや、親友として――私たちの関係をどういう言葉で表せばいいのかは分からないけれど、それが役目なはずなのに。おかしいじゃん、私。
でも、私は逆に汐斗くんを泣かせてしまった。
見たくもない姿を見てしまったし、見せてしまった。
このことをなかったことにしたいのか……でも、私は覚悟を決めて、汐斗くんに伝えたはずだ。だから、それはないと思う。
じゃあ、私は、今、汐斗くんとどうしたいんだろうか。
どうやって、この世界を創りたいんだろうか。
たった1人の汐斗くんとどうやって歩んでいきたいんだろうか。
「ごめん、泣かせちゃって」
私は謝った。まだ泣いていたいけれど、その涙を止めた。でも、完全には止まらない。どこかがそれを拒否している。
私の感情は自分ではコントロールできないみたいだ。
「おい、謝るなよ。もっと僕を辛くさせる気かよ。別に計画なんて、潰れたっていいんだよ。それに、今日はいいことがあったとしても、必ずしも楽しいことだけで終わらせる必要はないんだよ。それよりも、大事なものをお互い見つけられたから。でも、泣いてばかりいても楽しくないだろ。まだ、約束の1ヶ月は終わってないぞ。今度さ、どこか行こう。最後に、君とどこかに行きたいな。そしたら、君の自由だよ。好きに生きてくれ、心葉の人生だ」
「うん、私も行きたい」
私の涙はこの言葉により、いつの間にか止まっていた。汐斗くんの涙も止まっていた。
何かが涙を止まらした。
それが何かは私には分からない。
でも、汐斗くんの言葉、少し嫌なことがあった。
最後という言葉を使っかったこと。
1ヶ月がもうすぐ終わってしまうこと。
それが、少し嫌だった。
でも、それより汐斗くんが私と、どこかに行きたいと言ってくれたことは素直に嬉しかった。どんなことよりも、今、求めていたのかもしれない。
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