第27話 願い

「ねえ、この近くにある神社行かない? 汐斗くんの体調がよくなるように」 


「いや、別に僕の体調のことはいいよ。数日経ったら医者に診てもらえるし。でも、たしかに心葉とどこか行きたいな」


「じゃあ、今からそこに行く?」


「うん、そうだな」


「じゃあ!」


 私は椅子から立ち上がり、荷物をまとめた後に、私が先頭に立って、この学校からもほど近い神社に向かった。その神社は車通りの多い大通りから少し離れたこじんまりとしたところにある。周りには、昔からこの地域に住む人たちの住宅が広がる。少し場所が変わっただけでも、街の雰囲気は大きく変わってしまうものだ。


 まるでそこにあることが運命かのように、堂々とそびえ立つ鳥居に入る前に一礼してから境内の中に入った。この神社は決して大きな神社ではなく、普通の日はあまり人は見かけないけれど、願いが叶うとこの地域では有名で新年には1時間近く待つこともあるそうだ。私も受験祈願のお参りはここでしたし、その前にも何回か本当に叶えてほしい大きな願いはここでお願いしてきた。その願いたちはどれも叶なっている。


「僕、神社来るの久しぶりだなー。受験期以来かな」


 私も受験祈願をした中学3年生以来。だから、少し神社というものが珍しいものに思えてくる。神聖な空気を肌で感じている。


「あっ……言っておくけど、別に僕の健康のこと願うなよ。それより、自分がこのまま変われるように願うんだぞ。明日を開こうと思えるようになってるんだから。あと言っとくと、神様に願うのは、1つだけだぞ。2つはだめ、欲張り過ぎだから」


 汐斗くんが急に思いついたような顔をしたから何だと思ったっけど、そういうことだった。確かに、自分のことを考えるのであればそういう願いをしたほうがいいのかもしれない。でも、私は汐斗くんの方を願いたい。だけど、自分のことを願わないと、汐斗くんに怒られてしまいそうだ。じゃあ、この方法なら――


「あ! 2人が幸せになれますようにとかもなしだぞ。ちょっとそれも欲張りすぎ。自分のが叶いにくくなっちゃうから自分のだけな」


 私の心を読んだのか、今、まさに考えていたことを目の前で否定されてしまった。


 ――明日を見る君が、見るんじゃなくて、本当に過ごせるように。そして、明日を閉じたい私は、明日に進みたいと思えるようになりますように、とでもお願いしようと考えていたのに。


 そこまでして、私に自分自身のことを願ってほしいんだろうか。私に明日をもっと開きたいと思ってほしいんだろうか。


「じゃあ、汐斗くんも自分自身のことを願ってね。私のことじゃなくて、自分自身の健康を、だよ」


 だったらと私も反撃した。そうしないと釣り合わない。


「何だよ、ばれたか」


 汐斗くんは微笑を浮かべた。どうやら私も汐斗くんの心を読んでしまったようだ。つまり、お互いの考えてることが分かってしまったようだ。もう、気づけばいつの間にかそんな深い関係になれているのか。でも、そう思うのは汐斗くんにとって少し失礼なのかもしれない。この関係だって私が変わればきっと簡単に切れてしまうのだから。私たちをつなぐ糸には期限があるのだから。


「汐斗くん、分かった?」


「うん、分かったよ」


 私たちはお互いに自分のことを願うと確認してから、お賽銭箱の近くまで来た。そこでお財布から25円を出して、お賽銭箱に向かって投げた。それぞれ3つの方向に別れたけれども、ギリギリそれらがお賽銭箱に入った。


 少し遅れて同じ行為を汐斗くんも行なった。


 私はどっちを願うべきなんだろう。自分自身のことか、汐斗くんのことか。本来の私の目的は汐斗くんの病気がよくなってほしいということで来たけれど、当の本人は自分のことは願わないくていいからと言われてしまってるし。


 じゃあ、自分の本当の願いはどっちなんだろう。


 自分がここで願いたいと強く思うのはどっちなんだろう。


 それで私は願うことを決めることにした。


 自分自身のことか。


 それとも、汐斗くんのことか。


 もちろん、どっちも私の大切な願いだ。でも、私の中で願う方が決まった。


 何が、私にとって――


 だから、その願いを強く願った。どうか、叶いますように。この願いが、叶いますように――。


 私の願いが叶いますように。


 私は最後にもう一度、強く願った。


 私は願い終わったあとに、次の人が並んでいたため、邪魔にならない場所まで離れた。


「ちゃんと願えた?」


 ごめん、汐斗くん。を願ってしまった。


「願ったけど、汐斗くんのことを願っちゃった。でも、約束まではしてなかったから許して」


 私は、やはり自分の想いが強い願いはこっちだった。自分の願うべきことはこっちだった。私は自分のことよりも汐斗くんの方が大事だった。仮に自分がまた明日を閉じようと思うぐらい追い詰められたとしても、汐斗くんの病気が治るなら私はいい。逆よりも何倍もいい。このことを、汐斗くんに怒られたとしても、願ってしまったのは事実だからそれで構わない。


「ごめん、心葉。実は僕も……、心葉のことを願っちゃった。でも、心葉が言った通り、約束まではしてないから許して」

 

 どうやら、汐斗くんも私を裏切ったみたいだ。お互い自分のことではなく、相手のことをお願いしたみたいだ。なんで、お互い自分のことを願わなかったんだろう。自分より、相手のことを大切にしてしまったんだろう。分かるけど、分からない……そんな問題だ。


「でも、お互いのことを願ったのは偶然じゃないのかもね。仮に何度人生を繰り返したとしても、そう願ってしまうのかもね」


「素敵なこと言うな。じゃあ、お互いのためのお守りでも買っていかない?」


「うん、そうだね、買おうか」


 汐斗くんの提案により、お互いにお守りを買うことにした。縁結びや金運など沢山の種類が売られているが、汐斗くんに買うべきお守りは1つしかない――健康祈願だ。だから、私は迷わずにそれを買った。でも、この中から汐斗くんは私にどれを買うんだろうか。汐斗くんに買うべきお守りを買うのは簡単だけど、私の悩みにあったお守りを探すのは難しいんじゃないだろうか。私が買った後も少し悩んでいた。もし、私が自分のために買うのならどれを買うんだろうか。


 少し経ったところで、汐斗くんもお守りを買えたみたいだ。でも、私はどれを選ぶのか楽しみな部分もあって、そのお守りを見ないように離れたところで待っていたので、汐斗くんが何のお守りを買ったのかはまだ分からない。


 今から交換会だ。私は汐斗くんに買ったお守りを汐斗くんに。汐斗くんは私の為に買ってくれたお守りを私に。


 私は小さな紙の袋からそのお守りを取り出した。


 ――幸せ。


 汐斗くんが私に買ってくれたのは、幸せになれるようにという想いが込められたお守りだった。私はあの中だったら安全祈願のお守りでも買ってくるのかなと思っていたが、それ以上に上のものだった。


「汐斗くん、ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうな。これで元気になれそうだよ」


「私も、幸せになれそう。私、もう1回、自分の趣味だったアクセサリー作り、再開してみようかな。時間も少し取ることができそうだし」


「いいんじゃない。というか、何でアクセサリー作りやめちゃったの? 確かあのときの発表では中学2年生の夏頃までやってたって言ったじゃん? でも、心葉が受験勉強を始めたのって中学3年生とかだったから少し疑問に思って。なんかあったの?」


「……あ、まあ少しあってね。じゃあ、帰りながらそれについて話すよ」


 私は、あまりいい話じゃないけどという前置きを置いてから、その過去のことについて話し始めた。


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