第26話 報告

「心葉、じゃあねーまた明日」


「私も部活行ってきまーす」


「2人ともバイバイ」


 私は、唯衣花と海佳ちゃんに手を振る。教室にいた人たちが、皆部活だったり家に帰えるために出ていき、さっきまでは楽しそうな笑い声も聞こえたこの空間が一瞬にして変わってしまった。森の中みたいに静まり返っている。

 

 今、この教室には私と汐斗くんしかいない。


「皆行っちゃったな。というか、唯衣花、学校に来られてよかったな。体調が悪いようにも見えなかったし」


 窓からの景色を眺めていた汐斗くんだけど、皆のいなくなった途端に私の方に寄ってきた。私は今、自分の席に座っている。


「うん、唯衣花はすっかり元気になったって。親に土日は寝かせられてたって言ってたけど、元気になってたから暇だったみたい」


 金曜日に体調を崩してしまった唯衣花は土日はお母さんに寝てなさいと言われて寝てたみたいだけど、もう土曜日には完全にいつも通りの体調に戻っていたみたいだ。その日は大人しく横になっていたけど、日曜日はこっそりとバレないようにベッドでユーチューブを見てたらしい。


「そうか、ならもう大丈夫そうだな。まあ、俺もいつかこの体調悪いのも治るよ。そんな心配するなよ」


「……汐斗くんがそう言うなら。でも、無理しないでよ」


 汐斗くんは相変わらず体調が少し優れないらしい。これと関係があるのかは分からないけれど、今日も何回か少し苦しそうな姿を見てしまった。体育の時間、いつもより息が切れていたりとか、休憩時間に貧血かのように少し倒れそうになっていたところとか。


「で、今日の英語の小テスト、どうだった?」


 汐斗くんが話しを小テストの話題に持ち込む。今日、ここに残ったのは、汐斗くんとそれについて話すためだ。落ち着いた結果、本当に成果が現れたのかどうなのかというところ。


「どうだと思う……?」


 ためるほどの内容ではないと思うし、それに今の私の表情から結果は明らかだと思うけど、私は汐斗くんに意地悪な問題を出した。汐斗くんならこんなしょうもないことに乗ってくれると思ったのだ。


「んー、その表情からいつもよりいい!」


 やっぱり、汐斗くんは当ててしまった。その通りだ。


「うん、それも初めて満点だった! 他にも日曜にやったオンライン模試も落ち着いてやったっていうのもあっていつもより格段によかったし、家で勉強した範囲の歴史の問題集も解いたけど、いつもより解けたし……本当に、汐斗くんのおかげだよ!」


 私が今言った通り、英単語テストで初めて満点を取れたし、オンライン模試も、問題集の正答率もいつもよりかなりよかった。オンライン模試については結果がすぐに出るのだけど、その結果を見て本当に自分の点数なのか疑ってしまったぐらいだ。私はその模試の結果をちらりと見せたけれど、その点数を見て汐斗くんが目を大きく開いていた。


「おー、これ勉強したの?」


「落ち着いてこの範囲を勉強をしたのは金曜と、土曜に少し復習がてらに勉強したかな」


「おー、そうか。この点だったら伸びしろもあると考えると、この高校じゃなくても、もっと上に……って今では思っちゃうよな」


 汐斗くんはこの高校じゃなくても、もっと偏差値の高い高校にでも行けたんじゃないかという意味でそういったんだと思う。たしかに、私は落ち着ければもう1つかもう2つ上の高校に入ることもできたのかもしれない。


「――いや、仮に落ち着けばできるって分かってても、私はこの高校に来られてよかったと思う」


 だけど、そうだとしても私はこの高校に入ってしまうんだと思う。この高校に入学するという選択肢が私にとって一番だと思った。だって、もし、この高校じゃなきゃなかったら――


「――だって、もし、この高校じゃなかったら、汐斗くんに会えなかったじゃん。私にとって汐斗くんは必要な存在なんだから」


 私は本当の気持ちを言っただけなのに、汐斗くんは少し止まっていた。まるで、時間が止まったかのように。何も、変なことは言っていないはずなのに、自分の心から思ったことを言っただけなのに、なぜか汐斗くんは、いつもの汐斗くんではなかった。


 少し強い風が吹いたのか、カーテンが棚引いた。カーテンが音を立てる。そして私の髪の毛を揺らす。


「ど、どうしたの?」


 別にこれが体に異変があって止まっているわけではないということは見て分かっていたけれど、私は気になって声をかけてしまった。それでも反応がないのでおーいという意味も込めて、汐斗くんの瞳の周りで手を振ってみた。


「あ、ごめん。なんか、単純にそう言われたのが嬉しくてさ。こんなに誰かに必要とされたの初めてだったから。だからだよ……」


 そんなに私の言ったことが意味のあることだったのかは分からないけれど、少しでもその心が力になったのなら私は嬉しい。こんな私でも、誰かを嬉しくする言葉を言うことができるんだ。


 私にも、価値があるんだ。


 そんな私は、汐斗くんと少し行きたい場所があった。私を変えてくれたのだから。汐斗くんみたいに大きくその人の世界を変えることはできないのかもしれないけれど、少しでも汐斗くんの体調がよくなるように私にできることをしたい。少しでも汐斗くんの力になりたい。


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