第24話 やり方
「あのさ、心葉、一旦いいかな?」
「ん?」
本当はやっているところで声をかけてほしくはなかったけど、その声を流石に無視することはできない。だから私は一旦手を止めた。でも、なんだろうか。変なことしただろうか。
「僕、今もそうだけど、前のも含めて思ったことがるんだよ」
汐斗くんの顔はいつにもなく真剣な顔だ。
――思ったこと?
「心葉ってさ、点を取らなきゃなとか、覚えられないなとか自分を追い詰めすぎてるから本来の力を出せないんじゃないかな? いつも心葉が勉強してる時って、自分を閉めちゃってる気がするんだよね。もちろん、それを変えたからといって点数が上がる保証ができるわけでもないけど、もう少し落ち着いて、自分を信じてみればいいんじゃないかな。そうすれば、もしかしたら――」
私は汐斗くんの言葉にはっとなった。私の瞳が大きく開く。心が狙撃される。全体がなにかよく分からない空気に包まれる。
汐斗くんの言っていることに、私は強く共感したのだ。もしかしたら、私の原因はそこなのかもしれないと。
私のこの生活が始まった中学3年は親が私の持っている学力よりも上に学校を選んだし、期待も大きかったから。だから、私はどうしても合格しなければいけないということに縛られていたし、自分で迫る壁を作って怯えていたんじゃないだろうか。それに、もし合格できなかったときの恐怖も大きかったと思う。
そして、高校生で始め方にあった成績には入らないみたいだから親には見せなかったけれど、新入生の入学テストではかなりの酷い点を取ってしまったし、その後の小テストでもかなり悪い点を取ってしまった。だから、私は4月が終わり頃には受験期と同じぐらいの勉強をしなきゃいけないんだと思って、それをやっていた。もし、このまま成績が上がらずに留年したらどうしよう。大学に行けなかったらどうしようとそう毎日毎日考えてしまい、それも中学3年生と同じような苦しみとか壁とか、縛り付けをしていたんだと思う。
今も、今度いい点数をこの小テストで取れなかったどうしようかと、自分を責めている。追い込んでいる。
――全部、勉強をするときにはそういう共通点があった。
「そうかもしれない。だから私の成績は伸びなかったのかも。自分の力を出せなかったのかもしれない」
本当にそうかも知れない。だって、中学1、2年生のときはもちろん少しはやっていたけれど、ほとんど勉強をやっていなかった。でも、こんなに勉強してないのにこんなに(その当時の私にとって)いい点数が取れるのって何度も思った。その時の勉強は何も苦しめるものはなかった。ただ、したいように勉強していただけだ。
だから、私は自分に余裕を持たせて勉強すれば、もっと点数が伸びるのかもしれない。
「うん、じゃあ試しにやってみる。少し怖いけど、落ち着いて……」
私は試しに次の小テスト範囲のまだ勉強してない部分の英単語30個を15分ぐらいで暗記してみることにした。それからいつも通り、自分でテストしてみる……それを落ち着いてやってみることにした。だから、もし、これでも変わらなかったらとか考えるのも禁物だ。
――よし。
私は大きく深呼吸した後に、英単語を暗記し始めた。この15分間は本当に集中して取り組むことができた。目の前にある英単語だけを考えることができた。だから、汐斗くんがどんな表情で私を見守ってくれてるのとかを見ることはできなかったけれど、汐斗くんはきっと、優しく見守ってくれている。
時間になる。15分がたった。感覚としては難しい単語なのに、いつもよりも覚えられた感じはする。私はすぐに自己テストするのではなく、少し時間を置いてから覚えてるかを確認することにしたので、それまでの30分ぐらいは他の勉強をやった。こっちもさっきとは違う何かを感じた。自分が自分じゃないみたいに。
30分ぐらい経ったところで、いつもみたいに自己テストをしていく。いつもと同じ量を、いつもと同じ時間で。いつもと同じ条件なのに、書けている気がする。覚えることができている気がする。
解き終わって、簡単な見直しも終えると、次は丸付けの時間だ。いつもよりも、丸つけが気持ちい。
このペンで丸をつけていく感触が気持ちい。
「汐斗くん、やったよ!」
最後まで私は丸付けを終えた。私の自己採点の結果、いつもの2倍までは行かないけれど、いつもより確実に正解数は多かった。正直、ここまで効果があるとは思ってもなかった。もちろん、たった1回の結果だけで自分の心の状態が自分の本来の力を出せなくしていたとまでは結論づけられないけれど、もしかしたらそうなのかもしれない。
「おー、そうか! じゃあ、これからもこうやってやったほうが点数、伸びるんじゃないかな? 僕の家に来たときも落ち着いてたし、点数も取れてたから……。もちろん、テストとか、大学受験とかが近づいたときはまたそうしたくなるかもしれないけど、そのときは自分を信じて」
「うん、汐斗くん本当にアドバイスありがとう!」
もしかしたら、これが汐斗くんが送ってくれるある意味一番の贈りものなのかもしれない。私の姿を見つけてくれたのかもしれない。
「よかったな。少しこの感じで続けて、小テストとかの点がよくなったりしたらそういうことよ。そしたら、今まで過ごせなかった分の青春を過ごすんだぞ」
「うん、もちろん」
私は、集中できていたので、もう少しここで勉強を続けた。なんで、私は今まで気づけなかったんだろうか。どうして、自分を締め付けていたんだろうか。こうすれば私は本来の力を出すことができるのに。もしかしたら、普通のどこにでもいる高校生として楽しい青春を過ごせるかもしれないのに。
最後に私は残っていたオレンジティーを一気に飲んでから、今日はそれぞれが飲んだ分を払ってお店を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます