第23話 教えて

 昨日の約束通り、お昼を適当に家にあるものを食べてから、汐斗くんと勉強するために、この前のカフェに向かう。今回は休日なので、私服姿になるから少し高めの私服をチョイスした。見られるのなら、そこらへんでお母さんが適当に買ってきてくれたバーゲンのTシャツよりも、おしゃれな方がいい。別に、汐斗くんに服装を褒めてほしいとかそういうわけではないけれど、私は少しだけ期待してしまった。


 いや、期待しちゃだめだ。他のことに頭を使ってはいけないんだ。そう思って、私はそのことを考えるのをやめた。


 本当はもう少しお化粧したりしたかったけれど、それが私の成績を下げる原因になるし、また明日を閉じようとしてしまう要因にも繋がってしまうんだと思い、髪を気に入っている髪ゴムで結んでいくだけに留めておいた。


 電車に乗っても、やはり勉強は欠かせない。休日の昼間ということもあり、電車の中は空いていたので、席に座ることができた。私の前に座っている私と同じぐらいの年齢の人は何か本を読んでいるみたいだった。カバーで隠されているのでどんな本なのかは分からないけど、最近、というかここ数年ちゃんと本を読んでいない。読んだとしても、入試の過去問に出てくる小説の一部を問題を解きながら読むぐらいだ。

 

 ――私もいつか、あんな風に生きることができるだろうか。


 勉強をしているといつの間にかカフェの最寄りの駅についていた。カフェに着いたときにはもう汐斗くんは席についていた。席は半分ぐらいはまだ空いてるから、勉強をしていても特別邪魔になることはなさそうだ。さらに、この店の入り口には『勉強での使用歓迎!』と書かれていたので、のびのびと勉強できそうだ。


「おう!」


 そうやって私に挨拶してくる。声はいつも通りだけれど、少しだけ顔色を見ると私が気にしているからそう見えてしまうだけかもしれないけど、少し悪いようにも思える。でも、昨日汐斗くんからは過度には心配しないでほしいと言われているから、私は顔色悪いよ、大丈夫? ではなく、体調はどう? と聞いた。


「あー、昨日話したようにちょっとあれだけど、ぼちぼちかな。そんなに気にする必要はないからね。気にするなら自分の心配をしなよっていうね」


「うん、分かった」


 会話はいつも通りだ。だから、少し悪いんだとしてもそこまで体調が悪いとかそういうのではないんだろう。私はお米5キログラムと大して変わらないんじゃないかと思うぐらいの勉強道具が入ったカバンを椅子に置き、汐斗くんと対面になるようにして座った。


「じゃあ、先ず頼んじゃおう」


「んー、じゃあ私は前少し気になってた、このオレンジティーで。期間限定みたいだから」


 私はメニュー表から前にたときは飲まなかったけれど、少し気になっていたオレンジティーにすることにした。元々期間限定には弱いけど、家からほとんど出なくなったあの時から更に期間限定に弱くなった気がする。だから、例えばお母さんがハンバーガーを買ってきてくるけど何がいいかと聞かれたときには、決まって期間限定のものをお願いする。


「いいね。じゃあ、僕は、また前回と同じコーヒーでいいかな」


 お互いが飲み物を決めた後に、汐斗くんは呼び出しベルを鳴らし、その2つを注文した。


「そう言えば、心葉の私服姿を見るの初めてかも。気分悪くしたら申し訳ないけど、心葉、遠足とかもあれだったしね。すごく似合ってるよ。褒め方がおかしいけど、その姿で学校来てほしいぐらい」


 確かに、遠足は私は勉強のために参加していない。ただ、お母さんには仮病を使った気がする(だからといって行事の日に限って何度も仮病を使うと流石に怪しまれるので、体育祭とかは仕方なく参加した)。そういうこともあってか、汐斗くんに私服姿を見せたことはなかったかもしれない。


 でも、似合ってるという単純な言葉が、私の顔を自然とゆるくしていく。


「ありがとう。少し独特な褒め方もあったけど嬉しいよ」


「そうだよな、結構独特な褒め方だよなー」


 私は少しくすっとなってしまった。また、今日も、汐斗くんが私を楽しくさせてくれた。


 でも、やっぱりと思い、私はここに来た目的である勉強を始める。いつの間にか気づかないうちに飲み物も来ていたようで、私は来ていた飲み物に手をかけた。そして、それをこぼさないようにして飲む。


「あちっ!」


「ん? 大丈夫?」


「うん、大丈夫。私、猫舌だから」


 どうやら私にはまだ熱かったようで、ふーふーをしてから再び飲んだ。これなら大丈夫だろう。少し子供みたいだなっ、と私とは違う科目を勉強していた汐斗くんが少し笑っていた。でも、味はやはり期間限定を裏切らない、そんな味だった。余韻の残る小さなプレゼント付きで。


 そのプレゼントを糧に更に勉強を進める。今は数学の虚数とかをやっている。私はある問題を見て手が止った。さっきまでは基礎問題だから解けていたが、急に難易度が上がったのか、どう解けばいいのか分からない。どうやら、私の今考えている方法では解けそうにない。


「ん? どうした? 分からないところでもあったか? 一応僕、理系だから教えられるかもよ」


「じゃあ、ここ教えてくれる?」


「ん?」


 声までかけてくれたし、そう言ってくれるならと思い、私が汐斗くんに分からないところの問題をお願いすると、問題を見始め、数秒経った後にあー、そういうことねと理解したような顔をした。私には一ミリも分からからなかったのに、いとも簡単に汐斗くんには解けてしまったようだ。流石、汐斗くんだ。尊敬してしまう。


「ここは、ねー、ノート少し書いてもいい」


「あー、全然」


 汐斗くんは答えは教えずに、解き方をノートに書いてくれた。あーと私は納得してしまう。そうやるのか、分かりやすい。納得だ。私は早速、汐斗くんが教えてくれたやる方でそれを解いてみると、見事に答えに載っているものと一致した。私が悩んでいたのが恥ずかしいぐらいだ。


「まあ、段々慣れていけばいいんだよ。すぐに分かる必要はないから。人生と同じだね」


 私が今思っていることを読んだのか分からないけれど、私の考えを上書きしてくれた。


 数学の今やりたかった部分までやることはできたので、次はまた月曜日にテストがある英単語の勉強を始めることにした。前回は勉強したのにも悲惨な点数だったから、今回はいい点を取らなければならない。だから、英単語の勉強量をいつもの1、5倍ぐらいにして望みたい。早速、英単語帳を開いたが、今回も覚えにくそうなものばかりだ。それが私の頭をパンクさせようとしてくる。


 でも、私はノートに何度も書き続ける。だけど、数分経てばそれはすぐに忘れてしまうのが、私の現実だ。だからといって、書かなければ私は覚えることができない。


 今回は前回以上に難しいかもしれない。それが私を焦らせる。また、あんな点数を取らないかと。店内は涼しいのに私の腕から汗が流れてくる。






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