第21話 2度目のさよなら
少しの時間しか経っていないから、外の風景はほぼ私が唯衣花の家に入る前と同じだった。でも、私の心はそうではない。お母さんが手作りクッキーを渡してくれたのは嬉しいけれど、それはあっちの世界で食べよう。ここで食べたら、私の心が停止した理由がクッキーだと思われても困るから。他人を巻き込むことは私はしたくない。だから、この展望台みたいに様々な景色を見ることができるマンションから落ちるのも危険だ。疑いが唯衣花たちに向いても困るから。
だから、私は場所を変えることにした。せめて、最後ぐらいはいい景色を瞳に収めてから、この人生を終えたい。この辺にはちょうどよくそんな景色がある場所があるみたいなので、自転車に再び乗ってそこに向かった。この自転車を漕いでる力は一体どこから出ているのか、私には分からない。ただ、さっきより吐く息が荒い。もう、終わるんだから何でもいいんだ……。私はそう思ってさらに漕ぐスピードを上げる。
自転車を走らせてから少し経ったところで、その目的の場所についた。最後だからといって、疎かにすることはできない。自転車をその辺に投げ捨てると、事件に巻きこまれたのではと思われる可能性があるので、ちゃんと自転車置場にそれも、あまり人が置かない端っこに止めた。
ここからは歩いて向かう。私に運が向いていたのか、周りから音が聞こえることはない――人がいそうにはない。
「ふーっ。ふーっ」
私は美しい景色が見られると調べた時に書いてあった少し小高い丘のような所まで来た。私はその景色を一気に見た。
――はっ。
普段なら一点しか見えない景色が、ここからキャンパスをはみ出して広がっていた。
私の目が奪われる。
私の瞳が大きくなる。その瞳がまるでカメラのようになって景色を映しだていく。
きれいだ。この言葉が一番ふさわしい。
多くが私の今見ることができている場所で今日も人生を歩んでいる。普通の日常を歩んでいる。
でも、私はその人々の歩む街を上から見下ろしている――それが今から、現実となる。
私にはここからもう、先の世界が見えてしまったのだ。
ほら、この先に広がる空が私を誘導している。このどこまでも同じ色である空の道を通って私はその次の世界に行かなくてはいけないのだ。
怖くはない。だって、体は震えてないし。
でも、申し訳ない気持ちはある。
仲良くしてくれた唯衣花や、海佳ちゃん。それに、私を支えてくれた、明日を見たい汐斗くん。
もっとたくさんの人に申し訳ない気持ちがある。
人生は自分のものだ。でも、それは決して人生を自分の好き勝手にしていいわけではないということをこの少しの期間で私は学んだはずなのに。
そして、悔しかった。こんな自分が。こんなこと考えるようになってしまった自分が。唇を噛む。痛い。痛い。
それに、汐斗くんはもっともっと恨まれるだろう。自分がこんな立場なのに、君はそれを見捨てるのか、約束を破るのか、僕との日々を無駄にする気かと。たぶん、葬儀に汐斗くんは来てくれないだろう。もしかしたら、唯衣花や海佳ちゃんも呆れてこないかもしれない。でも、そんなのどうだっていい。
自分が一番いいと思える決断が、これなのだったら。もし、違うのだとしたら誰か私に答えを教えてよ。
私は、ここから落ちるために前に進む。念のために私は周りを見渡したが、何も感じられなかった。邪魔するものはなにもない。完全に自分だけの世界だ。だから、自分のタイミングで最期を迎える。
でも、こんな私でごめんなさい。そして、こんな私と関わってくれた人、本当にありがとう。
自分の人生は色々あったけれど、決して意味のない人生ではなかった。それだけは、分かってほしい。
――私は、今、明日を閉じるのだ。
さようなら。
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