第20話 お見舞い

 私はまた、こんな自分が嫌になり、急に明日を閉じたくなってしまった。とはいっても、唯衣花のお見舞いぐらいはやらないといけない。実行するとしても、その後なんだろう。


 だから放課後、自転車で近くのスーパーに行き、風邪の時に食べやすいプリンとかゼリー、果物を少し買った。それから、唯衣花の家へお見舞いに向かった。家の場所は聞いてはいるけれど、実際に行くのは初めてなので、少し迷ったが、なんとか唯衣花の家を見つけることができた。でも、私はもう少し時間が経ったら本当にあの時みたいに明日を閉じてしまうのだろうか。自分のことなのに自分でもよく分からない。そんな未来のことなんか。


 ――ピーンポーン。


 ちゃんと表札の名前を確認してから、インターフォンを押す。

 

 古びたトロッコ電車のように少し音が鈍い。


「はーい」

 

 少し経ってから、インターフォン越しに唯衣花のお母さんと思われる人の声がした。


「あの、唯衣花ちゃんと同じクラスの白野心葉といいます。お見舞いに来ました」


「あっ、心葉ちゃん。わざわざ唯衣花の為にありがとう。分かった。今、開けるね」


 そうお母さんらしき人が言ってから、ドアが開いた。それから、唯衣花の病気は特に人に伝染るやつではないということで、唯衣花の部屋に案内された。今の状況はさっき寝たおかげもありそこまで悪くはないそうだ。悪化してないことに安心した。


 唯衣花の部屋に入ると、毛布をかけて横になっている唯衣花の姿があった。お母さんが唯衣花、心葉ちゃんが来てくれたよと言ったところで、唯衣花が私の方を向いてくれた。確かに、学校で見たときよりも顔色はよくなっている気がする。この調子ならあと1日ぐらい寝てればよくなるんじゃなだろうか。よかった。


「あ、心葉、わざわざ来てくれてありがとう。嬉しい」


「別にそれぐらいいよ。海佳ちゃんはどうしても外せない用事があるらしくて来れなかったけど。あと、いらなかったら全然食べなくていいんだけど、食べやすいプリンとかゼリーとか、フルーツも買ってきたから、ここに置いとくね」


 私は、持っているエコバッグに入っているものを1つ1つ見せた後に、もう1回元のようにしまった。病状が悪かったら余計だったかなとも思ったけれど、この様子だと、これぐらいのものは食べられそうだ。


「ありがとう、助かる。じゃあ、お母さん、心葉が持ってきてくれたりんごを食べたいから皮を剥いてくれる?」


「分かった。ちょっと待っててね」


 唯衣花がそうお願いしていたので私はお母さんにりんごを1つ渡した。お母さんはそれを持ってキッチンの方へ向かった。りんごには様々な栄養要素が含まれているから少しでも元気になってもらえたらいい。


「ねえ、心葉、違ってたらごめんね……」


 唯衣花が私の方に少し動いてきた。なので私も唯衣花の方に寄る。そして、唯衣花が私の耳元にこう呟いた。


「――少し元気ない?」

 

「えっ?」


 私の顔色も悪いんだろうか。特に体に異常は感じられない。疲れているわけでも、どこかが痛いわけでも……。


「体というより、心がってこと……」


 私は、唯衣花の言葉にはっとさせられた。確かに、私は今、元気がないのかもしれない。また苦しくなって明日を閉じようとしているし……。そんなことを、唯衣花はいとも簡単に読み取ってしまった。


 それから唯衣花は私の心臓の部分に耳を当てた。私の心臓の音を聞いているかのようだった。ドクンドクンと立てる心臓の音を。この音から、唯衣花はどんなことを感じているのだろうか。まさか、この音だけで今の私の心が何色かを見ているんだろうか。そんなの、人間にできるはずないのに。


 でも、そんなことをばれてはいけない。自分の本当の心を知られてはいけない。まだ、知られてもいいんだとしたら、私の本当の姿を知っている汐斗くんだけだ。


「……何か、分かったの?」


 何かを感じられてたらどうしようかと少し怖かったが、私は恐る恐る唇を震わせながら唯衣花に聞いてみた。


「もちろん、分からないよ」


 マショマロとかみたいなそんな風に柔らかい声だった。じゃあ、なんでまだ私の心臓の音を聞いているんだろう。何かを吸い込むかのように。


「でも、なんかあったらいつでも言ってね」


「うん、分かった……」


 本当に唯衣花は何も分からなかったんだろうか。少しだけ何か吸いこまれた気がするのに、私の姿を何か気づかれたような気がするのに。でも、私は唯衣花には決して言うことができない悩みを抱えている。だから、今、私は嘘をついた。酷いことは承知している。でも、唯衣花には言えない。本当は言いたいのかもしれない。でも、言えない。


「できたよー」


 どうやらお母さんがりんごを切り終わったようだ。近くにあった小さな丸いテーブルに置いてくれた。それから、お母さんは部屋を出ていった。それと交差するかのように唯衣花はベッドに座り、楊枝にりんごを1つ刺して口の中に運んだ。食べている音が響く。シャリ、シャリ。ごっくん。


「うん、みずみずしくて美味しい」


「よかった」


 どうやら、りんごぐらいなら食べられるみたいだし、ただ買っただけなのに美味しいと言ってくれて素直に嬉しかった。


「楊枝もう一本あるから、心葉も少し食べてよ」


「私も?」


「うん」


「じゃあ」


 私はそう言われたので、構わずに楊枝でりんごを一つ指して口に運んだ。これが、私にとって最後の食事になるかもしれないからいつもよりもそのりんごの味を噛み締めた。普段ならここまで感じないけれど、噛みしめるとりんごの味って意外と深いんだな、甘さがゆっくりと広がっていくんだな……そう思う。


 この味に少し目から雫が出てしまいそうだったけれど、流石にここで涙を流したら怪しまれる。唯衣花なら確実に私の心を読み取ってしまう。だから、必死に我慢に我慢した。そのためか、さっきから体が小刻みに動いている。


「うん、美味しい」


 私は唯衣花に真の心を悟られないために、必死に作り笑顔を見せる。作り笑顔をするのは私はある意味特技だ。親に何度も見せてきたんだから。


「よかった。今日はお見舞いに来てくれてありがとうね。すごく嬉しかったよ」


「いいよ。唯衣花が早くよくなりますように」


「うん、早くよくなるように私も頑張るよ」


「じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな。唯衣花の顔も見られたし」


 立私はゆっくり立ち上がる。足が少し痺れた。


「うん、気をつけて帰ってね。また明日」


「うん、そうだね……」


 私は急いで帰える準備をする。私は唯衣花にまた明日、とは言えなかった。だから、言葉を濁した。少しずるい。


 私は準備を終えると、唯衣花のお母さんにありがとうございましたを言った。すると、お見舞いに来てくれたお礼と言って、手作りクッキーを渡してくれた。だから、もう一度きちんとありがとうございますを言ってから唯衣花の家を後にした。

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