第19話 再びの
――学校の保健室は、少し病院みたいな独特な匂いがする。それが少し嫌いだ。そして、この雰囲気も同じぐらい……いや、それ以上に嫌いだ。
「あー、なんか熱、高いね」
唯衣花の脇に入れていた体温計を保健室の先生が見て心配そうな口調でそう言った。
どうやら唯衣花は私みたいに自分で明日を閉じようとしている――そういうことではなく、体調がよくなかったみたいで、フラフラしてしまっていたようだ。確かに、自分で明日を閉じようとしているのなら、すぐにあそこから落ちるという選択肢を取るだろう。本人には言ってないけれど、そうかもしれないと少し疑ってしまったことが申し訳ない。普通の人はそんなことしないのが、当たり前なのに。それぞれが、自分の得意なことを活かして助け合いながらこの世界をよくしていく……そうやって今日も明日も生きていくというのが本来の姿なのに。
「でも、さっきよりは楽になりました」
唯衣花の言う通り、さっきよりは顔色もよくなっているし、少しだけ動けたりしている気がする。でも、まだ熱は高いし、いつもの唯衣花の表情ではない。
「心葉、落ちそうだったとこを助けてくれてありがとうね。海佳も先生に言ってくれてありがとう」
「うんん。唯衣花、本当に危なかったんだからね! もう少しで落ちそうだったよ!」
「私はそのときは見てないけど、本当に無事でよかった」
私が唯衣花を後ろから抱きかかえた後、ちょうどトイレから出てきた海佳ちゃんに先生に伝えるようにお願いしたのだ。
「あと、汐斗も……ありがとう。色々気遣ってくれて」
「別に、僕は」
保健室のドアのところには、ポケットに手を突っ込んだ汐斗くんが寄りかかっている。汐斗くんは遅いなと思って私たちのところに来てくれたようで、その時に後ろから抱きかかえられている唯衣花を見たから、すぐさま駆けつけてくれた。そして、私にどういう状況かを聞いた後に、この体勢の方がいいとか色々と対応してくれたのだ。でも、こういう対応方法を知っていたのはやはり、自分自身が病気を持っているからだろう。その後に、先生が来てくれて、先生の車で学校まで帰るということになったのだ。
「照れないでよ」
「別に、そんなのじゃ……」
唯衣花は微笑ましく笑った。確かに、汐斗くんは少しだけ照れていた。こんな顔、汐斗くんでもするんだ。あのときの汐斗くん、なんかかっこよかった……。
「まあ今は落ち着いてるけど、一応早退した方がいいかな。親の人とか誰か来られそう?」
「はい、たぶんお母さんなら大丈夫だと思います」
「分かった。じゃあ、電話してくるから少し待ってて」
「はい、ありがとうございます」
先生は、唯衣花のお母さんの電話番号を書類で確認した後に、電話をかけ始めた。
「唯衣花、なんか元々少し頭が痛かったんだっけ?」
私はそう言えばの話を思い出して、唯衣花に聞いてみる。確か、公園で青い鳥を見た時にそんなことを言っていた気がする。
「気遣えなくてごめんね」
「うんん、そんなことないよ……。2人も色々気をつけてね。いつ何が起こるか分からないから」
私と、海佳ちゃんはその言葉にうんと大きくうなずいた。少し経ってから、先生が電話を終え、30分後ぐらいには来てもらえるという報告を受けたらしい。私たちはもうすぐお昼になるからと言われて、汐斗くんとともに教室に返された。
さっきの時よりは症状は落ち着いたとは言え、少し心配だ。放課後にお見舞いにでも行こうかな。唯衣花は前から知っているけれど、体を壊すことはよくあった気がするから。体の心配と言えば、汐斗くんも……。どうか、2人がよくなりますように。
お昼は今日は少し寂しいけど、海佳ちゃんと2人で食べることにした。誰か欠けるというのは、こんなにも大きいものだったのかと今知らされる。ぽつんと大きな隙間が空いたようだった。お昼の時間に話した内容はほぼ全部が唯衣花のことだった。たぶん大丈夫なんだろうけど、余計に心配してしまう。
お弁当を食べ終えると、早速英単語の練習に取りかかった。公園に行ったり、唯衣花の件があったりして色々と頭の中は渋滞しているけれど、このことは忘れるわけがなかった。でも、海佳は忘れていたみたいで、今日の英単語難しいよねと話していたところ、今日の英語って小テストあるのと言われてしまった。
お昼休みが終わることを知らせる予鈴のチャイムも鳴り、今は気づけば5時間目がもうすぐ始まるところだった。私はギリギリまで英単語帳に目を通す。前回はいつもほんの少しだけよかったから、そのペースを崩さないようにしたい。ただ、そう考えれば考えるほど自信がなくなってくる。
もうすぐ、小テストの時間になってしまう。時計の秒針が私の耳の中を刺激する。小テストなんて今までに何回も何回もやって慣れているはずなのに、今日もまた、このような錯覚に襲われる。
ついに、チャイムが鳴ってしまった。本当のことを言うのならもう少しだけ待ってほしかった。先生の指示でクロームブックと言われるいわゆるパソコンを開く。このクロームブックで、先生の指示でテストの部分に進む。
全員がテストを開けて、名前なども打ち終わったところで、先生がタイマーを押し、英単語のテストが一斉に始まる。問題数は全部で20問で20点満点だ。私の平均はだいたい16〜17点ぐらい。だから、8割前後はいつも正解している。
でも、今日はなんだか少し手こずっている。多分こうなんだろうなとは思うが、なんだか少しスペルミスとかをしてる気がする。勉強の量はいつもとあまり変わらないはずなのに、出来はいつもの半分ぐらいだ。なんでだろう。なんで、できないんだろう。
制限時間が残り一分になったところで私はテストを終了した。クロームブックでやっているから、結果はインターネットがやってくれるので、すぐに出る仕様になっている。
私は出来が悪かったこともあり、少し心臓がバクバクしている。震えた手でスコアの部分を押した。
――7点。
私は目を疑った。間違ってるのではないかと思い、どの問題が間違えてしまったのか確認したがやっぱり7点だ。今までで一番悪い点だった10点を3点も更新してしまった。10点だったときは体調があまりよくない状況で受けたものなのでしょうがない部分もあるが、今は体調が悪いわけでもないし、勉強を怠ったわけでもないのになんで……。
この点数が私の心を苦しめた。悪い点ぐらい1回ぐらいいいじゃないと思うかもしれないけれど、私にとってはかなりのことだし、テストであまり点が取れない私にとって小テストでの低得点はかなり痛い。
最近、私の心は満たされていたはずなのに。明日を閉じようとするのをやめようとしていたのに、人生って楽しいって思ってきた矢先なのに。
やっぱ私は楽しむことをしちゃいけない人なんだ。この自分よりも高い学校に入ってしまったのなら、断ることができなかったのだから、私は勉強以外してはいけないんだ。
苦しい。
苦しい。
この点数のことがあって後の授業は頭に全く入ってこなかった。確かに英単語の勉強時間は変わらなかったかもしれないけれど、色々と最近楽しんでしまったことで、それで頭がいっぱいになり勉強した内容が十分に入らなかったんじゃないか。……そうだ、そうに違いない。やっぱり私は楽しむことをしてはいけないんだ。きっと支配されているんだ。
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