第17話 ロマンチック

 さっき2人が言った通り、まだ私たちの乗った電車はいくらか早かったようで、公園には先生と少しの生徒しかいなかった。でも、この太陽を独り占めできるような開放的な空間が気持ちいい。私の心を温めていく。私たちは少しの間、空に向かって大きく手を広げた。この気持ちよさは皆がいると感じにくいので、早く来て正解だったかもしれない(汐斗くんがそうしたんだけど)。


 でも、あの時に汐斗くんがなんと言ったのかが無性に気になる。『違うよ』とか『そうだよ』みたいに一単語ではなく、少し文になっていた気がする。でも、なんと言ったか聞くのは恥ずかしくてとてもじゃないけどできない。それに、あそこで言ったことが本当だとも限らないし。


 時間が経つにしてまるでそれに比例するかのように人が増えてきた。なのであっという間にこの集合場所となってる臨時駐車場はお祭りでも開催されるかのように人で埋め尽くされた(臨時駐車場なので今日は特に車は停まっていない)。


 集合時刻になると、私たちは人数確認のためにクラス順かつ出席番号順に並んだ。私の名字は白野なのでちょうど真ん中の方だ。先生が休みの人がいないかなどの確認を終えると自由行動だ。特に誰と巡ってもいいので、私は海佳ちゃんと唯衣花と巡ることにしている(汐斗くんも誘ったが、3人で楽しみなよと断られてしまった。まあ、しょうがないか)。


「そう言えばこの公園に新しく、鳥がいる施設ができたんだって!」


「あー、なんかこの市で配布してる広報で見たかも。もう出来てるんだ。じゃあそこに行こう!」


「へー、そんなのできたんだー。行きたい!」


 私は今朝、汐斗くんからアドバイスされた鳥ゾーンに行かないかと提案すると、2人もそれに賛成してくれた。その場所を近くにあった園内マップで見つけ、早速そこに行くことにした。もうすでに、生徒たちがその鳥ゾーンにはいたが、まだ最近できたばかりで知ってる人はそこまで多くはないようで入れないほど混んでいるわけではなかった。


 私たちはそのドームに鳥が逃げないように少し気をつけながら入った。そのドームみたいなところに入ると、様々な鳥がすぐに私たちの世界を創っていく。


 ――チュンチュン。


 そんなような鳥の声が私たちにとっては一つの音楽のように聞こえる。私たちの心を優しく包んでいく。目をつぶってしまえば、もう、そこはどこかの広い草原にいるかのようだった。


「なんか、癒やされるよねー」


「分かる、わかる」


 2人の言うように、ただこの空間にいるだけでも、私の心の色が少し変わっているような気がする。一体、何色だろうか。ただ言えるのは、汐斗くんがアドバイスしてくれたここは大正解だったっていうことだろう。


「――私もこんな風に、鳥になりたいな」


 私の心の声が漏れる。何の偽りもない本音だ。子供みたいなこと言ってるかもしれないけれど、もし、鳥みたいに世界を駆けることができたら一生、明日を閉じたいなんて思わなくなるんじゃないか……そう思ったから。


「確かに、分かるかも宿題とかないしね!」

 

 海佳ちゃんは私の言ったことに対して反応した。でも、私はそこっ!? と思ったし、私が考えてる理由と全然違くて少し笑ってしまった。それを少し不審に思われたみたいなので、何でもないよと返した。


「私も少し頭が痛いから、鳥になったら痛くなくなるんだろうな。けど、これもよく言うけど、鳥も大変だからねー」


 唯衣花が正論をぶつけてきた。その通りなのだけど、私は鳥じゃなくてもいいから、羽ばたける――そんな人になりたい。


「っていうか、唯衣花、頭痛いの?」


「あー、うん。でもまあちょっとだけだから心配しないで」


「まあ、無理しないでね」


 少しだけなら特別心配するようなことはしなくてもいいかもしれないが、やっぱり無理は禁物だ。と言いながら、私は無理をしてしまうのだけれど。

 

「あれ、青色の鳥じゃない?」


 私たちの前を青色の鳥がゆっくりと通過した。私は鳥について詳しくないので、なんという名前の鳥なのかは分からないが、なにか不思議な力を持っているようなそんな風に思えた。ただ単純に、特別言葉を飾る必要もないぐらいに美しかった。


 何の鳥なのかを気になったのか、唯衣花がスマホで何かを検索し始めた。その調べた結果を私たちにも報告する。


「どうやら、青色の鳥は幸せを呼ぶって」


 確かに、どこか海外の童話でも青い鳥が幸せを呼ぶということで使われてた気がする。


「おー、ロマンチックじゃん!」


「汐斗、さっきの人と来ればいいのにね」


「そうだよねー」


 さっきの人って、まさか、カフェに一緒に行った人のことだろうか。あの時、聞けなかった、友達以上、恋人未満とか思ってるかを2人に聞くチャンスだ。


「ねー、あのとき、汐斗くん、その人のことを『友達以上、恋人未満』とか言ってた?」


「どうした、心葉、急に? なんか近くない?」


 どうやら私は、そのことについて気になりすぎていたせいか、2人に近づき過ぎていたみたいだ。少し恥ずかしい。それに少し、大げさみたいな声の出し方だったし。


「あー、確かに、心葉ちゃん先にドアの方行っちゃったから聞こえてなかったんだろうね。でも、そんなに気になるの? もしかしてだけど、汐斗くんのことが……とか?」


 海佳ちゃんの言ったことに心が揺らぐ。あくまで、海佳ちゃんは「ことが……とか」と好きとかとは断言はしなかったけど、そういうことが言いたかったんだろう。確かに、こんなにも興味があるということは好きと言ってるようなものなのかもしれない。正直に言えば、汐斗くんは優しいし、気遣いもできるし、何よりも今の心の支えは汐斗くんだ。


 でも、恋をしているのかなんて分からない。してないとも、してるとも断言できないから、その可能性もなくはない。でも、私は恋をすることは考えてないと思う。正反対のことを持つ人が恋をするのは違う気がするし、それに仮に一方的に恋をしたからって、こんな私を認めてもらえるはずもない。だから、本当のところ、どうなんだろう――


「まあ、とりあえずいいや。汐斗はね、その人のこと、『友達以上、恋人未満』とかとは少し違うって言ってたかな。でも、なんか一緒にいたい人とか言ってたよ。つまり言うと、分からないが本音らしい」


 どうやら、汐斗くんも私と同じことを考えているみたいだった。必ずしも人との関係にこういうのだってつけなければいけないわけではないけど、もし、つけるのだとしたらどういう関係になるんだろうか。


「そうなんだ」


「なんか、心葉ちゃん、興味深そうだね」


「いや、そんなことないよ!」


 それは、その人物こそが私だから、興味深いのは当たり前だけど、その事実を2人は知らないので、否定した。


「そうかなー」


 でも、海佳ちゃんは少しニヤリとした表情で私を見てきた。どうやらまだ、疑われてるようだ。


「まあ、次、行こうか!」


 私が何かかわいそうだとでも思ったのか、唯衣花がそう言ってくれたので、事なきを得た。でも、2人とも汐斗くんに対して私が何かを感じているのは悟ってしまったんじゃないだろうか。


 この後は、様々な色がまるでどこかおとぎ話の国にいるかのように咲いている花の世界に入り込んでそこでちょっとだけ萌え要素の入った写真を撮ったり、持ってきたメモ帳と鉛筆でその美しい景色を(絵はど下手なのだけど)スケッチしたりして集合時間まで過ごした。

 

 少し面白かったのが、花を見ている時に蜂がいて、それを無性に唯衣花が怖がっていたことだ。私の知ってる唯衣花は強い子というものが頭の中にあるので、蜂を怖がっている姿は節分の時に鬼から逃げる小さな子供のようで少しだけ面白かった。もちろん、そのまま放っておくわけにもかないので、私たちと海佳ちゃんで唯衣花を蜂のいないところまで連れて行った。 





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