第12話 今の中の昔

 お弁当をカバンの中に入れてから、最後にもう一度鏡で身だしなみが整っているかを確認して、汐斗くんとともに学校に向かう。今日はこの時期としてはかなり気温が上がるらしく、すでに朝からむっとするほど暑い。少し歩いただけなのに汗をかいてきた気がする。そんな中だけれど、周囲を見渡せばスーツ姿の男の人やもちろん女の人もいたり、なにか仕事で使うんだろう大きなものを持って大変そうに歩いている人や、小さな子供を抱えている人……そんな感じに様々な人がこの道を歩いていた。私は普段、自転車で登校しているのでこんなにも周りの人たちがどんな人なのかを見ることはなかった。だから、こういう人たちがここら辺を歩いているんだなと少し新たなことを知れたようで新鮮な感じがしてしまう。


 昨日も乗った電車に乗り込み、最寄り駅で降りる。学校が近くなると、私に気遣ってか、汐斗くんは私と少し離れた位置で歩くようになった。まあ、そういう年頃だからなと思い、私は特にいじったりすることはしなかった。


 教室に着くとまだ朝のホームルームまでは少し時間があったので、いつも通り朝勉強をする。今日は古文単語の勉強をした。


 ホームルームの時間が近づくにつれ、クラスメートの数も増えていく。クラスメートの話し声をBGMにしながら勉強を進めていく(最初のうちは話し声は雑音に聞こえて嫌だったが、もうこれを何年もやってるので、知らないうちに慣れていた)。


 いつの間にかチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。先生はいつものように出席確認をしたり、連絡事項を言ったりしてそれはあっという間に終わった。


 午前の授業もあっという間に流れていく。先生の言った大切なことをノートや教科書に書き込みながら、今日も知識を頭の中に吸収させていく。


 午前中最後の授業は古典の授業だ。


 今、古典の授業では平安時代の作品を扱っているため、平安時代の暮らしや恋愛事情などを先生が黒板に板書したり、モニターをうまく使いながら教えてくれている(今の時代の授業ではモニターを使うことが多い)。


 私自身、中学では文芸部だったし、今も文系なので古典という昔の言葉が作り出すものについてはかなり興味がある。同じ国でできたものなのに今とは違う意味だったり、今の人は学ばなければ分からない言葉も多いけれど、その奥に昔の人が込めた想いだったり、情景が見えてくるのだ。


「では、宿題で調べてきてもらった今と平安時代で変わらないところをなんでもいいので発表してください。発表の仕方は自由です。では、今日は一番前の皆さんから見て右端の人からいきます。その後は、後ろにいきましょう。では、お願いします」


 あ、これ、私当たる……それも最後に。というのも、私の今の席は一番後ろの、それも右端なので、これは当たる流れだ。前には5人いるので(でも今日は前の子が休みなので4人)、まだ少し時間に余裕はあるが、こういうのにあまり慣れていない私にとっては身が引き締まる。


「はい。自分のエピソードも入りますが、僕は、小さい頃に今までにないぐらいの熱が出た時があって、でも、お正月ということもあり病院がやってなかったんです。熱冷シートを貼ったりしても熱は下がりそうになかったので、親が神社で病気がよくなるようにお参りしてきてくれました。それが効いたのかは分かりませんが、病気があっという間に治っていったんです。平安時代も神や仏に祈ったりして病気が治るようにということをしていたので、神様や仏様の力を借りる部分は今も同じだと思いました。以上です」


 教室を包み込む拍手が起こる。普通のことをいってるはずなのに、少しだけ私の心に刺さる。病気がよくなるようにお参りした……。今でも神様や仏様の力を借りる……。汐斗くんの病気も、もしかしたら、神様や仏様の力を借りる……そうすれば治るのかもしれないなんてそんなことを考えてしまった。そんな軽い気持ちじゃ治らないはずなのに。


「はい、そうですね。私も神社でよくお参りします。私の願い事の大体は旦那が浮気しませんようにです」


 少しだけ先生の話がうけてこの空間が温まった後に、次の人が発表する。


「はい、言葉の大切さは平安時代も今でも変わらないと思いました。平安時代は皆さんご存じのように、和歌で恋愛感情を伝えていました。今でも大切なことの多くは言葉で伝えられます。私自身も最近、数年ぶりに会ったおばあちゃんとおじいちゃんにいつも誕生日プレゼントを贈ってくれてありがとうだとかの感謝の気持ちを伝えてきました……その時やっぱ言葉って大事なんだな……そう思えました。以上です」


 さっきのように拍手が起こる。その通りだ。言葉の大切さは私も日々感じている。でも、その言葉が私を追い込むみたいに苦しめることもある。仮に悪気はなかったとしても、人によっては辛い言葉だってこと、そこだけは私自身も頭のどこかに置いておかなければいけないのかもしれない。言葉というのは私たちが知らない力が宿っている。


「うん、素敵なエピソードもありがとうございます。どんどんいきましょう」


 前の人たちの発表が続々と終わっていく。1人が戦争がない時代だったという平和な面を述べていたが、もう1人は災害があるというさっきとは反対の面を述べていた。


 ついに私の番だ。もちろん宿題はやってきてはいるけれど、少しドキドキしている。でも、これごときでそこまで緊張する必要もないと思い、私は少し深呼吸をした後に、席を立った。


「皆さんの発表の後にこんなのであれなんですけど、」


「自分の調べてきたやつで全然大丈夫ですよ」


「はい。私は今も平安時代もおしゃれを気にする部分は似ていると思いました。平安時代はもちろん身分の関係でおしゃれができない人も多くいましたが、髪飾りなどをつけている人もいました。現代でも髪飾りなどをつけておしゃれする文化がるため、ここが似ていると思いました。余談で、今はやってませんが私は中学2年生の夏ぐらいまではアクセサリーを作るのが好きで、よく作っていました。以上です」


 少し恥ずかしいけれど、余談も添えて私は、話を終えた。ゆっくりと席に座る。さっきと変わらないような温かい拍手が包み込んでくれる。こよばゆい。でも、やっぱり嬉しい。自分のことを言うと自然と緊張も消えていた。


「おー、そうなんですね。アクセサリー作りが趣味だったんですか。素敵ですね」


「ありがとうございます」


 私は先生に向かってお礼をした後に席に座った。


 それから、先生は少し補足したり、今やっている教科書本文の解説をしたりしていつの間にかこの授業は終わっていた。

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