第11話 朝の光

 「……こ、こ、は」

 

 誰かが私の名前を呼んでいる。一音一音大切に文字を口から出しているかのような。その声が音楽かのような。私を求めているような。


 ――私のお母さん?


 でも、私のお母さんは遠くに出張中。というか、昨日は少し違う体験をした気がする。私、昨日はどこで寝たんだっけ……?


 ――そうだ、汐斗くんの家だ。


「心葉、朝だよ」


 なんでこんなにも小鳥のようなさえずりに聞こえるんだろう。でも、私は起こされているのだ。もう朝だよと。


 まだこのベッドで寝ていたいという気持ちも少なからずあるけれど、その声で目を覚ました。


「おはよう」

 

 やっぱり、その安心する声は汐斗くんだった。なんか、不思議な感覚。間違ってるのかな、私は。少しだけ朝のまだ眠たそうな感じの残る汐斗くんが新鮮に見えた。


「もう……朝?」


 私はそう問いかける。もしかしたらまだ夢の中にいるのかもしれないから、確認のためにもそう聞いた。


「うん、今日も学校だしね」


 私が完全に目を開けると、眩しい太陽の光が瞳にも差し込んだ。隣りにあったデジタル時計には6時40分と表示されていた。電車に乗って学校に行くことを考えれば、準備とかもあるしもうすぐ起きないといけない時間になっているだろう。


 私はまだ夢の続きを見ていたい気持ちもあるけれど、体を起こした。いつもなら朝起きることは精神的に辛いと感じる部分もあるけれど、今日はそんなことなんてなく、むしろ起きるのが気持ちいぐらいだ。


「どう、僕のベッドでよく寝られた?」


「うん、10時間ぐらい寝られたときの爽快感……? みたいなのを感じる気がする」


「それならよかった。朝は太陽の光を浴びるといいって言うから、窓開けて少しそれやったら下に来な」


「うん、分かった」


 汐斗くんの言う通り、まず部屋にあった窓を開けて、私は太陽の光をかき集めるように、太陽の光に当たった。朝、太陽に浴びると色々なホルモンだとかが増えるみたいだけど、そんな気がする。朝の太陽ってこんなにも気持ちいいんだ。自然の力ってすごいなと単純に思ってしまう。


 太陽の光を十分に浴びてから、この姿で人の前に顔を出すのは失礼だし、思春期の私には恥ずかしいので、顔を洗って目やにを取ったり、少し整えてから、皆の前に顔を出した。


 昨日と全く変わらないような光景が食卓には広がっていた。昨日と同じように汐斗くんの家族と話しながら朝食を食べた。やっぱりこの空間好きだ。


 昨日と違うのは朝食を食べ終わり、自分の支度が全部終わった後、朝食の後片付けを行なった。お母さんにはそこまで気を使わなくていよと言われたが、お世話になってるだけではいけないからということを言って、お母さんとともに洗い物をしている。泡がなくなってきたので、スポンジに追加で洗剤をつける。


「おー、早いし、きれいに洗ってくれてるね。ありがとう」


「一応親が出張だったりするして、家でもやって慣れてるので」


「あー、そう言えば昨日そんなこと言ってたね」


 それに小さい頃、お母さんに家事を色々やらされたのでその感覚もきっと残っているんだろう。


 お礼の気持ちも込めて私は洗い物を続ける。水道から出る水で泡を流す音が耳の中に入る。シャー。


「1日だったけど、私たちは心葉ちゃんがいて楽しかったよ。家族が多いから騒がしかったり、狭かったりして色々不便なところもあったと思うけど……」


「いえいえ、そんなことないです。すごく心が休まりました。皆さんが優しくしてくれたので、とっても過ごしやすかったです。ちょっと悩んでたことがあるんですけど、その悩みが薄れた気がします」


 もちろんこれは事実だ。こんな経験初めてだったけれど、私の心はなにも邪魔するものがない大地にずっと寝そべっていたんじゃないかと思えるぐらい休まった。それに、おばあちゃんが折り紙をくれたり、お姉さんが相談にのってくれたり、汐斗くんは私のことを色々気遣ってくれたり、他の人も私に話しかけてきてくれたり……これが世の中の見本なんじゃないかって思うほどいい人たちだった。


 その環境により、私はほんの少し明日をまだ見てみたいと思えるようになった気がする。でも、まだ完全にではない。悪い自分をこの1ヶ月間で私は汐斗くんと一緒に崩していきたい。


「それならよかった。これからも、汐斗のことをよろしくね」


 お母さんは少しニッコリとした優しい笑顔をしてから、そう言った。


「はい」


 私はそう答えたけれど、でも本当は逆なんじゃないか。私が汐斗くんによろしくとお願いするべきなんじゃないか。だけど――


「よし、これで全部終わり。心葉ちゃん、本当にありがとう」


 お母さんが最後のを終えた。いつの間にかお皿はどれも元の使う前の姿に戻っていた。水切りラックに立てられたお皿から水が下に落ちていく。その水が窓から漏れ出す光に映し出されていた。


「あ、そうだ。手伝ってくれたお礼とかとは関係ないんだけど、お昼のお弁当。お弁当箱は返さなくていいから、もしよかったら食べて。コンビニとかで買うならこっちのほうが節約にもなるかなと思って」


「えっ、いいんですか? わざわざありがとうございます」


 どうしてそこまでしてくれるのか。これがこの人にとっては当たり前なのか。そんなことは私には分からないけれど、ありがたくそのお弁当をいただいた。そして、ペコリとお辞儀した。





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